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第8話「決戦は調理場で」
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雨の夜の誓いを交わした翌日、事態は思わぬ方向へ動き出した。
王都の広場に、一枚の大きな布告が張り出されたのだ。
『来る収穫祭にて、王都一の料理人を決める料理コンテストを開催する! 優勝者には、王家御用達の称号と莫大な賞金が与えられる!』
毎年恒例の収穫祭の、目玉イベントの一つだ。しかし、今年の布告には、例年にはない一文が付け加えられていた。
『特別審査員として、美食家として名高いゲルハルト辺境伯閣下をお招きする』
ゲルハルト辺境伯。それは、バルドの父親の名だった。
「……どういうことだ?」
布告を見てきた騎士の一人が、店で苦々しくつぶやいた。
「間違いありません。これは、バルドの奴がリョウさんを公の場で叩き潰すために仕組んだ罠です」
アリアも、厳しい表情でうなずく。
「審査員に父親を据え、自分に有利な状況を作り出した上で、リョウに挑戦状を叩きつけるつもりだわ。もしリョウがこの勝負を受けなければ、『王都一を競う場から逃げ出した臆病者』と吹聴するでしょう。受ければ、八百長の舞台で屈辱的な敗北を味わわされることになる」
どちらに転んでも俺には不利な、あまりにも姑息で悪辣な手口だった。
案の定、その日の昼過ぎ、店の前に一台の豪華な馬車が止まった。降りてきたのは、勝ち誇ったような笑みを浮かべたバルドその人だ。
「やあ、場末の料理人。布告は見たかな?」
彼は店に入ってくるなり、俺を見下して言った。
「君の料理の腕前には、私も常々感心させられていてね。ぜひ、収穫祭のコンテストという晴れの舞台で、その腕を披露してもらいたいものだ。もちろん、私も参加する。正々堂々、どちらの料理が王都に相応しいか、決着をつけようじゃないか」
その言葉とは裏腹に、彼の目は「お前に勝ち目などない」と嘲っていた。
俺が何も答えずにいると、バルドはわざとらしくため息をついた。
「おや、もしや怖気付いたかな? まあ、無理もない。君のような平民が、私のような貴族に勝てるはずがないのだからな。だが、もし君が参加するというのなら、私がこれまで君にしてきた『ささやかな忠告』は、すべて取りやめてやってもいい」
紛れもない最後通牒だった。この勝負を受け、衆人環視の中で俺の名誉を地に落とすか。それとも、このまま嫌がらせを受け続け、店が潰れるのを待つか。
逃げるか、戦うか。
選択肢は二つに一つ。そして、俺の答えは、初めから決まっていた。
「わかりました。その挑戦、お受けします」
俺がはっきりと告げると、バルドは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに満足げな笑みを深めた。
「愚かながら、威勢だけはいいようだな。せいぜい足掻くがいい。君の絶望する顔を、特等席で見物させてもらうよ」
捨て台詞を残し、バルドは上機嫌で店を去っていった。
「リョウ! なぜ受けたの! あれは罠よ!」
アリアが詰め寄ってくる。
「わかってます。でも、ここで逃げたら、あいつの思う壺だ。それに、俺はもう逃げないと決めたんです」
俺はアリアの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「それに、勝算がないわけじゃない」
「え……?」
「料理の勝負は、食材の値段や見た目の豪華さだけで決まるもんじゃない。どれだけ、食べる人のことを想って作れるか。その気持ちが、味に出るんです。俺は、そう信じてる」
俺の言葉に、マードックが深くうなずいた。
「そうだ。リョウの言う通りだ。わしらには、わしらの戦い方がある」
リナも、小さな拳を握りしめる。
「リョウの兄ちゃんの料理は、世界一だもん! 絶対に負けない!」
仲間の温かい言葉が、俺の心を奮い立たせる。そうだ、俺は一人じゃない。
コンテストまで残された時間は、一週間。俺たちはすぐさま準備に取り掛かった。
コンテストのテーマは、『誰もが笑顔になる料理』。
バルドはきっと、トリュフやフォアグラといった、この世界でも最高級とされる食材をふんだんに使った豪華絢爛な料理で挑んでくるだろう。だが、そんなものは、一部の金持ちしか笑顔にしない。俺が目指すのは、もっと素朴で、温かくて、誰の心にも届くような料理だ。
俺は、何度も試作を繰り返した。王都の外れの農家から仕入れた、甘みの強いポポイモ。猟師が届けてくれた新鮮な猪のひき肉。そして、近所のパン屋が特別に焼いてくれた、少し硬めの黒パン。
これらを使って、俺はある一つの料理を完成させようとしていた。前世の日本で、老若男女に愛された、あの黄金色の揚げ物だ。
アリアや騎士たちも、自分のことのように協力してくれた。情報収集に走り回り、バルド側の動向を探ってきてくれる者。試作品の味見役をかって出てくれる者。みんなの想いが、俺の力になっていく。
決戦の舞台は、調理場。使える武器は、己の腕と、仲間との絆。
相手は、強大な権力を持つ貴族。だが、俺は一歩も引くつもりはなかった。
最高の笑顔を咲かせるための、最高の料理を。
収穫祭の日が、刻一刻と近づいていた。王都の喧騒の裏側で、二人の料理人の静かな、しかし熱い戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。
王都の広場に、一枚の大きな布告が張り出されたのだ。
『来る収穫祭にて、王都一の料理人を決める料理コンテストを開催する! 優勝者には、王家御用達の称号と莫大な賞金が与えられる!』
毎年恒例の収穫祭の、目玉イベントの一つだ。しかし、今年の布告には、例年にはない一文が付け加えられていた。
『特別審査員として、美食家として名高いゲルハルト辺境伯閣下をお招きする』
ゲルハルト辺境伯。それは、バルドの父親の名だった。
「……どういうことだ?」
布告を見てきた騎士の一人が、店で苦々しくつぶやいた。
「間違いありません。これは、バルドの奴がリョウさんを公の場で叩き潰すために仕組んだ罠です」
アリアも、厳しい表情でうなずく。
「審査員に父親を据え、自分に有利な状況を作り出した上で、リョウに挑戦状を叩きつけるつもりだわ。もしリョウがこの勝負を受けなければ、『王都一を競う場から逃げ出した臆病者』と吹聴するでしょう。受ければ、八百長の舞台で屈辱的な敗北を味わわされることになる」
どちらに転んでも俺には不利な、あまりにも姑息で悪辣な手口だった。
案の定、その日の昼過ぎ、店の前に一台の豪華な馬車が止まった。降りてきたのは、勝ち誇ったような笑みを浮かべたバルドその人だ。
「やあ、場末の料理人。布告は見たかな?」
彼は店に入ってくるなり、俺を見下して言った。
「君の料理の腕前には、私も常々感心させられていてね。ぜひ、収穫祭のコンテストという晴れの舞台で、その腕を披露してもらいたいものだ。もちろん、私も参加する。正々堂々、どちらの料理が王都に相応しいか、決着をつけようじゃないか」
その言葉とは裏腹に、彼の目は「お前に勝ち目などない」と嘲っていた。
俺が何も答えずにいると、バルドはわざとらしくため息をついた。
「おや、もしや怖気付いたかな? まあ、無理もない。君のような平民が、私のような貴族に勝てるはずがないのだからな。だが、もし君が参加するというのなら、私がこれまで君にしてきた『ささやかな忠告』は、すべて取りやめてやってもいい」
紛れもない最後通牒だった。この勝負を受け、衆人環視の中で俺の名誉を地に落とすか。それとも、このまま嫌がらせを受け続け、店が潰れるのを待つか。
逃げるか、戦うか。
選択肢は二つに一つ。そして、俺の答えは、初めから決まっていた。
「わかりました。その挑戦、お受けします」
俺がはっきりと告げると、バルドは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに満足げな笑みを深めた。
「愚かながら、威勢だけはいいようだな。せいぜい足掻くがいい。君の絶望する顔を、特等席で見物させてもらうよ」
捨て台詞を残し、バルドは上機嫌で店を去っていった。
「リョウ! なぜ受けたの! あれは罠よ!」
アリアが詰め寄ってくる。
「わかってます。でも、ここで逃げたら、あいつの思う壺だ。それに、俺はもう逃げないと決めたんです」
俺はアリアの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「それに、勝算がないわけじゃない」
「え……?」
「料理の勝負は、食材の値段や見た目の豪華さだけで決まるもんじゃない。どれだけ、食べる人のことを想って作れるか。その気持ちが、味に出るんです。俺は、そう信じてる」
俺の言葉に、マードックが深くうなずいた。
「そうだ。リョウの言う通りだ。わしらには、わしらの戦い方がある」
リナも、小さな拳を握りしめる。
「リョウの兄ちゃんの料理は、世界一だもん! 絶対に負けない!」
仲間の温かい言葉が、俺の心を奮い立たせる。そうだ、俺は一人じゃない。
コンテストまで残された時間は、一週間。俺たちはすぐさま準備に取り掛かった。
コンテストのテーマは、『誰もが笑顔になる料理』。
バルドはきっと、トリュフやフォアグラといった、この世界でも最高級とされる食材をふんだんに使った豪華絢爛な料理で挑んでくるだろう。だが、そんなものは、一部の金持ちしか笑顔にしない。俺が目指すのは、もっと素朴で、温かくて、誰の心にも届くような料理だ。
俺は、何度も試作を繰り返した。王都の外れの農家から仕入れた、甘みの強いポポイモ。猟師が届けてくれた新鮮な猪のひき肉。そして、近所のパン屋が特別に焼いてくれた、少し硬めの黒パン。
これらを使って、俺はある一つの料理を完成させようとしていた。前世の日本で、老若男女に愛された、あの黄金色の揚げ物だ。
アリアや騎士たちも、自分のことのように協力してくれた。情報収集に走り回り、バルド側の動向を探ってきてくれる者。試作品の味見役をかって出てくれる者。みんなの想いが、俺の力になっていく。
決戦の舞台は、調理場。使える武器は、己の腕と、仲間との絆。
相手は、強大な権力を持つ貴族。だが、俺は一歩も引くつもりはなかった。
最高の笑顔を咲かせるための、最高の料理を。
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