追放された天才魔導具師、辺境から星の海へ〜魔法と科学で港町を世界一の宇宙港へ成り上がらせる〜

黒崎隼人

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第5話「絶望を焼き尽くす執念と、予測の壁」

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 初号機の無惨な空中分解から数時間後。
 キイの町の海岸線には、黒焦げになった機体の残骸が波に打ち上げられていた。それを回収する作業員たちの顔には一様に暗い影が落ち、町全体が深い喪失感に包まれていた。
 あんなに希望に満ちていた「星のまち」の夢が、わずか5秒で海の藻屑と消えたのだ。無理もないことだった。

 しかし、アストラル・ワンの拠点である薄暗い会議室の中だけは、外の空気とは全く異なる異様な熱気に満ちていた。
 机の上には、回収された残骸の一部と、膨大な魔力記録が記された羊皮紙が山のように積まれている。

「どういうことだ、レオン! 俺が調合した固形魔力結晶の燃焼速度は、地上の試験と全く同じだった! 推進炉に欠陥はなかったはずだ!」

 目を血走らせたガルドが、机を叩いて声を荒らげた。彼のプライドはズタズタに引き裂かれていた。推力不足が原因で機体が自律破壊された以上、推進炉の責任者である彼に非があると言われているようなものだからだ。

「落ち着いてください、ガルドさん。あなたの魔力結晶は完璧でした。問題は、それを評価した『俺の予測モデル』の方にあったんです」

 レオンは目の下に濃い隈を作りながらも、極めて冷静な声で答えた。彼は羊皮紙の1枚を引っ張り出し、そこに描かれた複雑な曲線グラフを指差した。

「固形魔力結晶の最大の難点は、一度点火すると使い切りになり、実際に飛ぶ機体そのもので事前テストができないことです。だから俺たちは、小さなサンプル片を燃やしたデータから、機体全体の巨大な推力を計算式で割り出した。しかし、この『予測プロセス』に致命的な誤差があった」

 青年の指先が、予測値と実際の計測値のわずかなズレをなぞる。

「大きな筒の中で大量の結晶が燃える時、想定以上の圧力と温度のムラが発生していた。その結果、全体の燃焼速度が実際の数値よりも高く見積もられてしまっていたんです。推力は出ていた。ただ、俺が設定した目標値が高すぎたせいで、機体がそれに到達できず、安全結界が『異常』と誤認してしまった」

『すべては、俺の安全マージンの設定ミスだ。初めての自律結界だったため、少しのズレも許さないほど厳しすぎる許容範囲を設定してしまった』

 レオンは唇を強く噛み締めた。血の味が口の中に広がったが、痛みは感じなかった。
 液体魔力であれば、実際に火を吹かせて試験し、問題があれば調整できた。しかし固形魔力ではそれが許されない。シミュレーションと現実の誤差をいかに埋めるか。それは、魔導工学という学問の本質的で残酷な壁だった。

「じゃあ、レオンの計算ミスが原因で、何万という金貨と俺たちの苦労がパーになったって言うのかよ!」

 ドルトンが太い腕で頭を抱え、天井を仰ぎ見た。非難の言葉というよりは、やり場のない悔しさの吐露だった。

「……ええ。すべての責任は、設計責任者である俺にあります」

 レオンが深く頭を下げた、その時だった。

「頭を上げなさい、レオン」

 静かな、しかし凛とした声が会議室に響いた。
 部屋の隅で黙って記録に目を通していたシルヴィアだった。彼女は立ち上がり、青年の前に進み出た。

「商人の視点から言わせてもらうわ。確かに機体は失われ、積荷の観測魔導具も海の底よ。王都のパトロンたちからは、投資の返還を求める怒りの手紙が山のように届くでしょうね」

 彼女はそこで言葉を区切り、レオンの目を真っすぐに見据えた。

「でも、私たちの最大の強みは何? それは、地上の設備が無傷で残っていることよ。あなたが組み込んだ安全結界が、一歩間違えれば発射塔や町を巻き込んでいたかもしれない事故を、空という安全な場所で完璧に封じ込めた。これは、システムの『正常な作動』よ」

「シルヴィア……」

「投資家には私からこう説明するわ。『我々の安全システムは世界一優秀で、絶対に地上の被害を出さないことが証明された。原因は特定されており、次は必ず成功する』とね。だから、あなたは謝る暇があったら、1秒でも早く次の計算式を完成させなさい」

 その言葉に、ドルトンが鼻を鳴らして笑った。

「たく、おっかねえお嬢様だ。だが、その通りだな。俺が作った発射塔はかすり傷1つ負っちゃいねえ。明日からでも次の機体を迎える準備ができてるぜ」

「……ふん。ならば俺は、サンプルの燃焼データをさらに100倍の精度で取り直すまでだ。レオン、徹夜の覚悟はできているだろうな」

 ガルドもまた、鼻眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせていた。
 誰も、レオンを責めなかった。彼らはそれぞれの分野の頂点を極めた専門家であり、未知への挑戦には痛みが伴うことを誰よりも理解していた。

「みんな……」

 レオンの胸の奥で、冷え切っていた泥水のような絶望が、圧倒的な熱量によって一瞬で蒸発していくのを感じた。

「レオンさん」

 最後に声をかけたのは、アリアだった。彼女は町の広場から戻ってきたばかりで、その顔には不思議なほど明るい光が宿っていた。

「町の人たち、誰も怒っていなかったわ。機体が空で爆発した時、みんな驚いたけれど……その後で、『あそこまで飛んだんだから、次はきっと星まで届く』って。漁師の人たちなんて、海に落ちた破片を嬉しそうに引き上げて、次の機体作りに役立ててくれって持ってきてくれたのよ」

 その言葉を聞いた瞬間、青年の目から初めて一筋の涙がこぼれ落ちた。
 彼は袖で乱暴に目を拭うと、羊皮紙の束を力強く机に叩きつけた。

「アリア、シルヴィア、ガルドさん、ドルトンさん。俺は、このギルドの代表として宣言します」

 レオンの顔には、もはや迷いも焦りもなかった。あるのは、純粋な技術者としての凄絶なまでの狂気と決意だけだった。

「俺たちは、今回の出来事を『失敗』とは呼びません。これは、予測と現実の乖離を埋めるための、最も価値のある『データ』であり、将来の成功に向けた『糧』です」

 彼は机の上に広げられた新しい図面を指差した。

「直ちに予測プロセスを見直します。燃焼データの取得精度を極限まで高め、安全性を損なわない範囲で飛行許容範囲を適正化する。次こそ、必ず軌道へ送り届ける。2号機の開発に、今この瞬間から取り掛かります!」

 王立魔導院のエリートたちが数年かけても立ち直れないような挫折を、辺境の寄せ集めギルドは、わずか数時間で飲み込み、自らの血肉へと変えた。
 彼らの不屈の精神は、絶望の壁を焼き尽くし、新たなる空への挑戦権を強引にもぎ取ったのである。
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