17 / 17
番外編3:愚か者たちの鎮魂歌(レクイエム)
しおりを挟む
【アルフォンス視点】
王位継承権を放棄し、一貴族となったアルフォンスは、自らの罪を償うかのように、王国で最も開発が遅れている東部の湿地帯の開拓を自ら願い出た。かつての側近たちは去り、残ったのは数人の忠実な部下だけ。
降りしきる雨の中、泥にまみれて鍬を振るう日々。それは、傲慢だった王子が初めて知る、肉体の痛みと労働の厳しさだった。
彼は時折、レティシアのことを思い出す。自分がトロフィーのようにしか見ていなかった彼女が、北の地で、これと同じような、いや、もっと厳しい環境の中で、人々のために汗を流していたのだと。彼女の本当の美しさは、絹のドレスや宝石ではなく、その泥まみれの手の中にあったのだと、今更ながらに気づかされる。
「水路ができたぞー!」
領民たちの歓声が響く。アルフォンスが計画し、共に汗を流して完成させた小さな水路。それは、国を動かすような大事業ではない。しかし、目の前の民の生活を少しだけ豊かにする、確かな一歩だった。
領民の一人が、彼に汚れた手で握った黒パンを差し出す。
「旦那様も、食ってください」
その無骨な優しさに、アルフォンスの胸に熱いものが込み上げた。
彼はもう王子ではない。しかし、ここでなら、一人の人間として、誰かのために生きることができるかもしれない。
それは贖罪であり、同時に、彼が自らの足で歩み始めた、新しい人生の始まりでもあった。
【エレナ視点】
聖女の地位を剥奪され、全ての罪を暴かれたエレナは、人里離れた修道院に幽閉された。そこは、華やかな王都とは別世界の、静寂と祈りだけの場所だった。
最初は、レティシアへの呪詛と、失ったものへの執着で荒れ狂っていた。なぜ自分だけがこんな目に、と。
しかし、来る日も来る日も、自分の内面と向き合わされる日々の中で、彼女は少しずつ変わっていった。
鏡に映る自分の顔。そこには、かつての清純可憐な少女の面影はなく、嫉妬と憎悪に歪んだ、醜い女の顔があるだけだった。
彼女は、レティシアの美貌に嫉妬していたのではない。人々に慕われ、愛され、自らの力で輝く彼女の『魂』そのものに嫉妬していたのだ。自分にはない、その眩しさが許せなかったのだと、ようやく認めることができた。
ある日、彼女は修道院の小さな畑で、一輪の花が咲いているのを見つける。誰にも注目されず、ただひっそりと、しかし懸命に咲いている名もなき花。
その姿に、なぜか涙が溢れた。
彼女が本当に求めるべきだったのは、他者からの賞賛や地位ではなく、この花のように、ただ自分自身の力で咲くことの尊さだったのかもしれない。
彼女が許される日は、来ないかもしれない。
しかし、全てを失ったこの場所で、エレナは初めて、自分の犯した罪の大きさと、本当の意味で向き合い始めた。それは、彼女にとって長くて暗い、魂の鎮魂歌(レクイエム)の始まりだった。
王位継承権を放棄し、一貴族となったアルフォンスは、自らの罪を償うかのように、王国で最も開発が遅れている東部の湿地帯の開拓を自ら願い出た。かつての側近たちは去り、残ったのは数人の忠実な部下だけ。
降りしきる雨の中、泥にまみれて鍬を振るう日々。それは、傲慢だった王子が初めて知る、肉体の痛みと労働の厳しさだった。
彼は時折、レティシアのことを思い出す。自分がトロフィーのようにしか見ていなかった彼女が、北の地で、これと同じような、いや、もっと厳しい環境の中で、人々のために汗を流していたのだと。彼女の本当の美しさは、絹のドレスや宝石ではなく、その泥まみれの手の中にあったのだと、今更ながらに気づかされる。
「水路ができたぞー!」
領民たちの歓声が響く。アルフォンスが計画し、共に汗を流して完成させた小さな水路。それは、国を動かすような大事業ではない。しかし、目の前の民の生活を少しだけ豊かにする、確かな一歩だった。
領民の一人が、彼に汚れた手で握った黒パンを差し出す。
「旦那様も、食ってください」
その無骨な優しさに、アルフォンスの胸に熱いものが込み上げた。
彼はもう王子ではない。しかし、ここでなら、一人の人間として、誰かのために生きることができるかもしれない。
それは贖罪であり、同時に、彼が自らの足で歩み始めた、新しい人生の始まりでもあった。
【エレナ視点】
聖女の地位を剥奪され、全ての罪を暴かれたエレナは、人里離れた修道院に幽閉された。そこは、華やかな王都とは別世界の、静寂と祈りだけの場所だった。
最初は、レティシアへの呪詛と、失ったものへの執着で荒れ狂っていた。なぜ自分だけがこんな目に、と。
しかし、来る日も来る日も、自分の内面と向き合わされる日々の中で、彼女は少しずつ変わっていった。
鏡に映る自分の顔。そこには、かつての清純可憐な少女の面影はなく、嫉妬と憎悪に歪んだ、醜い女の顔があるだけだった。
彼女は、レティシアの美貌に嫉妬していたのではない。人々に慕われ、愛され、自らの力で輝く彼女の『魂』そのものに嫉妬していたのだ。自分にはない、その眩しさが許せなかったのだと、ようやく認めることができた。
ある日、彼女は修道院の小さな畑で、一輪の花が咲いているのを見つける。誰にも注目されず、ただひっそりと、しかし懸命に咲いている名もなき花。
その姿に、なぜか涙が溢れた。
彼女が本当に求めるべきだったのは、他者からの賞賛や地位ではなく、この花のように、ただ自分自身の力で咲くことの尊さだったのかもしれない。
彼女が許される日は、来ないかもしれない。
しかし、全てを失ったこの場所で、エレナは初めて、自分の犯した罪の大きさと、本当の意味で向き合い始めた。それは、彼女にとって長くて暗い、魂の鎮魂歌(レクイエム)の始まりだった。
11
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた
よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。
国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。
自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。
はい、詰んだ。
将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。
よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。
国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!
【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした
Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。
同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。
さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、
婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった……
とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。
それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、
婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく……
※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』
に出てくる主人公の友人の話です。
そちらを読んでいなくても問題ありません。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
完 婚約破棄の瞬間に100回ループした悪役令嬢、おせっかいしたら王子に溺愛されかけた為、推しと共に逃亡いたします。
水鳥楓椛
恋愛
藤色の髪にアクアマリンの瞳を持つ公爵令嬢ヴァイオレット・エレインは、ある瞬間を起点に人生をループしている。その瞬間とは、金髪にサファイアの瞳を持つ王太子ディートリヒ・ガーナイトに婚約破棄される瞬間だ。
何度も何度も婚約破棄をされては殺されてを繰り返すヴァイオレットの人生の行先は———?
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる