不味い魔物肉を極上焼肉に変えたら、国王も常連になりました~元肉屋の異世界成り上がり飯テロ経営記~

黒崎隼人

文字の大きさ
5 / 13

第4話「行列のできる屋台と商売敵」

 キルシェの町の路地裏には、今日も暴力的なまでの食欲をそそる香りが充満していた。

 太陽が中天に差し掛かる頃には、俺の屋台の前には長蛇の列ができていた。客の多くは冒険者や肉体労働者だが、中には噂を聞きつけた商人や、買い物かごを提げた主婦の姿も混じっている。

「おい坊主! スタミナ焼きを三人前だ! あとエールも頼む!」

「こっちは二人前だ! 持ち帰りで!」

「テオ、私の分はまだか? もう腹と背中がくっつきそうだぞ!」

 客たちの怒号にも似た注文が飛び交う中、俺は鉄板と格闘していた。

 即席のコンロとはいえ、火加減は完璧に制御している。炭の配置を微調整し、鉄板の場所によって温度差を作る。強火ゾーンで表面を一気に焼き固め、中火ゾーンでじっくりと脂を落としながら火を通す。

 ジュウウウウウ!!

 タレに漬け込んだホルモンが鉄板に触れた瞬間、甘く香ばしい白煙が爆発するように立ち上る。

 この煙こそが最高の看板であり、最強の客引きだ。醤油に似た魚醤の焦げる匂い、ニンニクの刺激、そして魔物の脂が炭化する独特の燻製香。これらを嗅いで素通りできる人間など、この町にはいないだろう。

「はいよ、エレナさん。お待たせ、大盛りにしておいたよ」

 俺は焼き上がったばかりの熱々のホルモンを木の皿に山盛りにし、一番前の席――といっても、空の木箱をひっくり返しただけの特等席――に陣取る赤毛の女剣士に差し出した。

 エレナは俺の屋台の第一号客であり、今では自称「宣伝部長」として毎日入り浸っている常連だ。

「うおおお! これだこれ! この照り! この輝き!」

 彼女は行儀悪く串で肉を突き刺し、大きく口を開けて頬張る。

 クニュッ、プリッ、ジュワッ。

 咀嚼する音が聞こえてきそうなほどの豪快な食べっぷりだ。彼女の表情が、恍惚と快楽に歪む。

「んん~っ! たまらん! この脂の甘みが疲れた体に染み渡るようだ! 噛めば噛むほど味が湧き出してくる! テオ、お前は天才か! いや、肉の神の使徒か!」

「大げさだよ。ただの下処理と火加減の問題さ」

 俺は謙遜して見せるが、内心ではガッツポーズをしている。

 この世界の食文化は、素材のポテンシャルを殺すことに全力を注いでいるかのような惨状だった。ただ煮るだけ、ただ焼くだけ。下味をつけるという発想もなければ、臭みを消すという概念も薄い。

 そこに、前世の焼肉屋のノウハウを持ち込めばどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだった。

 俺が提供しているのは、ただの料理ではない。「食のエンターテインメント」だ。

「おい、次の焼き上がりはまだか!」

「匂いだけで酒が進みそうだ!」

 行列の後ろから催促の声が飛ぶ。

 俺はヘラをカチャカチャと鳴らし、リズミカルに肉をひっくり返す。

 今日の売上は、昨日の倍になりそうだ。父のマルコも手伝いに来てくれており、慣れない手つきで客の整理や会計をしてくれている。妹のアリアも、家から持ってきた冷たい水を客に振る舞い、その愛想の良さで看板娘としての才能を開花させていた。

「すごいねお兄ちゃん! 銀貨がこんなにいっぱい!」

 小休憩の合間、アリアが売上袋を覗き込んで目を輝かせる。

 その中には、農家として働いていた頃には見たこともないような枚数の硬貨が詰まっていた。

「ああ。これならもっといい肉を仕入れられるし、店を構える資金もすぐに貯まる」

 順風満帆に見えた。

 だが、光があれば影も生まれるのが世の常だ。

「おい、そこをどきな!」

 不意に、野太い声が行列を切り裂いた。

 客たちが驚いて道を空けると、そこには太った中年の男と、柄の悪そうな男たちが数人立っていた。

 太った男は、脂ぎった顔に不快な笑みを浮かべ、俺の屋台をねめつけるように見下ろしている。

「あんたは?」

 俺はヘラを握ったまま、冷静に問いかける。

 男は鼻を鳴らし、大げさに肩をすくめた。

「俺はこの通りの顔役で、向かいの『大衆食堂・満腹亭』の店主、ゴルドだ。ここ数日、ガキが妙な臭いを撒き散らして商売の邪魔をしてるって聞いてな。挨拶に来てやったんだよ」

 なるほど、商売敵の嫌がらせか。

 俺の屋台に行列ができているせいで、彼の店の客足が遠のいているのだろう。だが、それは俺のせいではない。あっちの料理が不味いのが悪いのだ。

「ご丁寧な挨拶、どうも。でも見ての通り忙しいんでね。用件だけ手短に頼むよ」

「はんっ、生意気な口をききやがる。いいか小僧、ここで商売をするには仁義ってもんが必要なんだ。俺の許可なく勝手な真似はさせねぇぞ」

 ゴルドは後ろに控えていた男たちに顎をしゃくった。男たちが威圧的に前に出る。

 客たちがざわめき、恐怖で後ずさりする。父のマルコが慌てて俺の前に立とうとするが、俺はそれを手で制した。

「許可? 大家には話を通してあるし、商業ギルドへの登録も済ませてある。あんたに許可を求める筋合いはないはずだが?」

「屁理屈をこねるんじゃねぇ! 俺が気に入らねぇって言ってんだよ! その変な臭いのするゴミ肉を今すぐ片付けな! さもなければ――」

 男の一人が、鉄板を蹴り上げようと足を上げた。

「――さもなければ、なんだ?」

 低い、地を這うような声が響いた。

 蹴り上げようとした男の足が、空中で止まる。いや、止められたのだ。

 その足首を掴んでいたのは、いつの間にか席を立っていたエレナだった。

「俺の至福の食事時間を邪魔する奴は、王様だろうが魔王だろうが許さんぞ」

 エレナの瞳が、剣呑な光を帯びて光る。彼女の腕には、鋼のような筋肉が浮き上がっていた。

 男は顔を真っ赤にして足を引き抜こうとするが、万力のように締め付けられてビクともしない。

「い、痛ぇ! 離せこのアマ!」

「誰がアマだ。私はAランク冒険者のエレナだ。文句があるならギルドを通せ」

 Aランク、という言葉を聞いた瞬間、ゴルドたちの顔色が変わった。

 この町でAランク冒険者といえば、雲の上の存在だ。下手な貴族よりも権力があり、実力は一騎当千。そんな人間が、こんな路地裏の屋台で飯を食っているなど想像もしなかったのだろう。

「え、エ、エレナ様……? まさか、そんな……」

 ゴルドは脂汗を流しながら後ずさりする。

「ここの料理は最高だ。それを『ゴミ肉』呼ばわりするとは、私の舌を愚弄しているのか?」

「い、いえ! 滅相もございません! ただ、その……」

「失せろ。肉が冷める」

 エレナが手を離すと、男はその場に尻餅をついた。

 ゴルドたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。捨て台詞の一つも吐けないほどの完敗だった。

「……助かったよ、エレナさん」

 俺は苦笑しながら礼を言った。

「気にするな。私は私の楽しみを守っただけだ。それよりテオ、肉だ。追加を頼む」

 彼女は何事もなかったかのように席に戻り、空になった皿を突き出した。

 周りの客たちからも、安堵の溜息と歓声が上がる。

「すげぇ、あのゴルドを追い返したぞ!」

「やっぱりここの肉は本物だ!」

 トラブルはむしろ宣伝になったようだ。行列はさらに伸び、俺の屋台は「Aランク冒険者も認めた店」としての地位を確立することになった。

 しかし、俺は楽観視していなかった。ゴルドのような手合いは、一度追い払ったくらいでは諦めないだろう。もっと陰湿な手を使ってくるかもしれない。

 だが、受けて立つ。

 料理人は味で勝負する生き物だ。どんな妨害があろうとも、圧倒的な「美味さ」の前には無力であることを証明してやる。

「よし、気合を入れ直すか。父さん、炭を追加してくれ! アリア、水のおかわりだ!」

 俺は再びヘラを握りしめ、熱気渦巻く戦場へと身を投じた。

あなたにおすすめの小説

モンド家の、香麗なギフトは『ルゥ』でした。~家族一緒にこの異世界で美味しいスローライフを送ります~

みちのあかり
ファンタジー
10歳で『ルゥ』というギフトを得た僕。 どんなギフトかわからないまま、義理の兄たちとダンジョンに潜ったけど、役立たずと言われ取り残されてしまった。 一人きりで動くこともできない僕を助けてくれたのは一匹のフェンリルだった。僕のギルト『ルゥ』で出来たスープは、フェンリルの古傷を直すほどのとんでもないギフトだった。 その頃、母も僕のせいで離婚をされた。僕のギフトを理解できない義兄たちの報告のせいだった。 これは、母と僕と妹が、そこから幸せになるまでの、大切な人々との出会いのファンタジーです。 カクヨムにもサブタイ違いで載せています。

【完結】うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

無能だと追放された「雑用係」のハル、現代の知恵(ライフハック)を駆使したら、呪われた魔王城が聖域化して伝説の賢者と呼ばれ始めた

ユネ
ファンタジー
「君のような無能な掃除係は必要ない!」 勇者パーティーからゴミのように捨てられた雑用係のハル。だが彼女には、前世で培った【家事のプロとしてのライフハック】があった。 ​移り住んだのは、誰もが恐れる『呪われた魔王城』。しかしハルにとっては、ただの「掃除のしがいがある大型物件」に過ぎなかった! 重曹とクエン酸で呪いを浄化し、アルミホイルで魔物を除け、ジャガイモの皮で伝説の鏡を蘇らせる。 ​魔法より便利な知恵で、お城はいつの間にか世界一快適な聖域に。 一方、ハルを失った勇者たちは、汚部屋と化した拠点と自らの無知に絶望することになり――。 ​これは、一人の「掃除好き」が知恵と工夫だけで異世界に革命を起こし、最高のスローライフを手に入れるまでの物語。

追放悪役令嬢は、絶品農業料理で辺境開拓!気づけば隣国を動かす「食の女王」になってました

緋村ルナ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王子から追放された公爵令嬢ベアトリス。絶望の辺境で、彼女は前世の知識と持ち前の負けん気を糧に立ち上がる。荒れた土地を豊かな農地へと変え、誰もが食べたことのない絶品料理を生み出すと、その美食は瞬く間に国境を越え、小さなレストランは世界に名を馳せるようになる。 やがて食糧危機に瀕した祖国からのSOS。過去の恩讐を乗り越え、ベアトリスは再び表舞台へ。彼女が築き上げた“食”の力は、国家運営、国際関係にまで影響を及ぼし、一介の追放令嬢が「食の女王」として世界を動かす存在へと成り上がっていく、壮大で美味しい逆転サクセスストーリー!

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人
ファンタジー
土を愛し、土に愛された男、アロン。 日本の農家として過労死した彼は、不作と飢饉に喘ぐ異世界の貧しい村の少年として転生する。 そこは、栄養を失い、死に絶えた土が広がる絶望の土地だった。 だが、アロンには前世の知識と、土の状態を見抜き活性化させる異能『土壌神の恵み』があった! 「この死んだ土地を、世界で一番豊かな畑に変えてみせる」 一本のスコップと規格外の農業スキルで、アロンは大地を蘇らせていく。 生み出されるのは、異世界人がかつて味わったことのない絶品野菜と料理の数々。 飢えた村人を救い、病弱な公爵令嬢を元気にし、やがてその評判は国をも動かすことに――。 食で人々を繋ぎ、戦わずして国を救う。 最強の農家による、痛快異世界農業ファンタジー、ここに開幕!

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。