才能を妬まれ追放された元星付き料理人、畑作チートで異世界をグルメ革命。目指すは宇宙一のレストランです

黒崎隼人

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第1話「追放料理人、荒野に立つ」

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 冷たいアスファルトに叩きつけられた雨粒が跳ね、小野寺律の頬を打つ。世界一と謳われる美食の都、その路地裏で、彼はなすすべもなくずぶ濡れになっていた。数時間前まで、白いコックコートに身を包み、活気と熱気に満ちた厨房で未来を夢見ていたことが、まるで遠い昔の出来事のようだ。
「食材の横領、ですか」
 自身の声が、雨音に溶けて消えていく。信じられない、というよりは、あまりに馬鹿馬鹿しい濡れ衣に、怒りさえ湧いてこなかった。妬み、嫉妬。そんな陳腐な感情が、人の人生をこうも容易く捻じ曲げてしまうのか。副料理長という地位、若くして評価される才能、それらすべてが、料理長にとっては許しがたいものだったのだろう。
「俺の料理は、どこへ行けばいいんだ……」
 雨で滲む視線の先に、レストランの明かりが見える。あの場所にもう自分の居場所はない。握りしめた拳が虚しく震えた。その時だった。
 背後から、車のヘッドライトとは明らかに違う、目が眩むほどの白い光が律を包み込んだ。驚きで目を見開く暇もない。浮遊感。いや、落下感だろうか。意識が急速に遠のいていく中で、律は最後に、レストランから漂うソースの香ばしい匂いを感じていた。

 次に意識が戻った時、律の体を濡らしていたのは、冷たい雨ではなく、生暖かい土の匂いと柔らかな草の感触だった。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど雄大な、しかし荒涼とした大地だった。空には月が二つ、奇妙な色合いで輝いている。
「どこだ、ここ……?」
 立ち上がって周囲を見渡せば、石造りの簡素な家々が並ぶ小さな街が見えた。舗装されていない道を、ランタンの灯りを頼りに人々が行き交っている。服装も、言葉の響きも、何もかもが違う。これが夢でないことは、頬を伝う汗と、高鳴る心臓が証明していた。
 状況がまったく理解できないまま、ふらつく足で街へと向かう。道すがら、腰に剣を差した男や、ローブを纏った女性とすれ違う。まさか、とは思うが、世間で流行りの「異世界転移」という言葉が、律の頭をよぎった。
 空腹が限界に達し、なけなしの金――元の世界の通貨が、なぜかこちらの銅貨数枚に変わっていた――を握りしめて、小さな食堂の暖簾をくぐった。木のテーブルと椅子が並ぶ、飾り気のない店内。鼻につくのは、獣の脂が焦げたような匂いと、少し酸っぱい発酵臭。
「旅の方かい? とりあえず、今日のセットでいいかい」
 人の良さそうな店主の言葉に頷き、運ばれてきた皿を見て、律は絶句した。それは「料理」と呼べる代物ではなかった。手のひらほどの大きさで、石のように硬く、ライ麦パンとも違う何かの穀物で焼かれた黒い塊。そして、皿の半分を占めるのは、塩で真っ白になった干し肉の切れ端。添えられたスープらしき液体は、ぬるくて塩辛いだけだった。
 これが、この世界の食事なのか――。
 恐る恐る黒い塊をかじり、その味気なさと歯が折れそうな硬さに顔をしかめる。干し肉は、塩の塊を噛んでいるようで、肉の風味など微塵も感じられない。
「腹を満たす」。ここの人々にとって、食事とはその程度のものなのだ。食材の持つ本来の味を引き出す喜びも、美しい盛り付けに心を躍らせる楽しみも、ここには存在しない。
 三ツ星レストランで、一皿に数万円という対価を受け取り、美食を追求してきた律にとって、それは絶望的な光景だった。誇りも、情熱も、培ってきた技術も、この世界では何の意味もなさない。元の世界からも、料理の世界からも、完全に追放されてしまった。
 店を出て、再び街を当てもなく彷徨う。誰もが同じような味気ない食事をしている。だが、その表情に不満の色はない。彼らは「美味しいもの」を知らないのだ。知らないから、求めることもない。
 絶望が、やがて小さな好奇心の灯火へと変わった。
 ――もし、この世界の人々が本当の『美味しさ』を知ったら、どうなるだろう。
 彼らの目の前に、完熟トマトの甘酸っぱさが凝縮されたスープを置いたら? 表面はカリッと、中は肉汁で溢れるように焼き上げた鶏肉をナイフで切らせたら? ふわふわのパンの、焼きたての香りを届けたら?
 彼らはどんな顔をするだろう。どんな言葉を発するだろう。
「面白い、かもしれないな……」
 誰に言うでもなく、呟きが漏れた。そうだ、面白い。失ったものを嘆いても、何も始まらない。ならば、ここで始めればいい。ゼロから、いや、マイナスからのスタートだ。
 律の心に、忘れかけていた料理人としての魂が、再び熱を帯び始めた。
 翌日、律は街の役場のような場所を訪ね、街外れにある誰も見向きもしない荒れた土地を、手持ちの銅貨のほとんどで購入した。石ころだらけで、雑草が生い茂るだけの、農業にはまったく向かない土地。だが、律にはここが宝の山に見えていた。
 レストランは、畑から始まる。最高の料理は、最高の食材からしか生まれない。ならば、まずはその食材を、この手で生み出すことからだ。
 錆びついた一本のクワを、土地の権利書と一緒におまけで譲り受けた。ずっしりと重い鉄の感触が、なぜか心地良い。
 律は荒野の中心に立ち、二つの月が沈み、代わりに昇ってきた巨大な太陽に向かって、クワを高く掲げた。
「失ったものは、もういい。俺はここで、俺だけの畑から、俺だけのレストランを創り上げてやる」
 それは、絶望の淵から立ち上がった一人の料理人が、異世界で自らの王国を築き上げることを誓った、力強い産声だった。
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