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第2話「科学と魔法のハイブリッド農法」
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リツの挑戦は、石拾いから始まった。広大な荒れ地に転がる大小様々な石を、一つひとつ手で拾い集め、畑の隅に積み上げていく。それは気の遠くなるような単調な作業だったが、リツの心は不思議と晴れやかだった。土に触れていると、心が落ち着く。ここが、自分の新しい厨房なのだと思えた。
「ふんっ、ふんっ!」
額に汗を浮かべ、小さな体を精一杯使って石を運ぶ。その様子を、近くの森の木陰から、一対の目がじっと見つめていた。ぴょこぴょこと動く長い耳と、時折揺れるふわふわの尻尾。兎の獣人族の少女、エリアだった。
彼女は、数日前からこの奇妙な男を観察していた。街の人間たちが「酔狂な奴が、あんな土地を買った」と噂している男だ。毎日毎日、飽きもせずに石を拾い、雑草を抜き、土を耕している。その行動の意味が、エリアにはまったく理解できなかった。
リツは石拾いを終えると、次に取り掛かったのは土壌改良だった。前世で独学で身につけた科学的な農業知識が、今ここで活きることになるとは、なんとも皮肉な話だ。
「まずは、土の酸性度を調べないとな」
彼は畑の土を少し採取し、自作の道具で簡易的な分析を始めた。この世界の植物をいくつか潰し、その汁が特定の色に変わるかどうかで、大まかなphを測定する。結果は、やはり強い酸性。これでは作物は育ちにくい。
リツは森に入り、枯れ葉や落ち葉を大量に集めてきた。さらに、街の家畜小屋から糞尿を分けてもらい、それらを交互に積み重ねていく。米ぬかや石灰の代わりになるものは見つからなかったが、燃した草木の灰を混ぜ込むことで、アルカリ性の堆肥を作ることにした。
「うわっ、臭い! 何をやってるの、あなたは!」
堆肥の発酵する独特の匂いに、ついにエリアが我慢できずに飛び出してきた。リツは汗を拭いながら、笑顔で振り返る。
「ああ、これはおいしい野菜を作るための準備だよ。土に栄養を与えるんだ」
「ふーん……。そんなことをして、本当に作物が育つわけないでしょう。普通は種を蒔いて、雨を待つだけよ」
エリアは腕を組み、疑いの眼差しを向ける。彼女の知る農業とは、そういうものだった。手間をかけたからといって、収穫が増えるわけではない。それがこの土地の常識なのだ。
リツは意に介さず、黙々と作業を続ける。畝を立て、水はけを良くするための溝を掘る。その一つひとつの動きには、無駄がなく、明確な目的があった。
数週間後、堆肥はいい具合に発酵し、黒くふかふかとした土に変わっていた。リツはそれを畑にまんべんなく撒き、丁寧に土と混ぜ合わせていく。かつて石ころだらけだった荒れ地は、見違えるように柔らかな土のベッドへと生まれ変わった。
「さて、と。いよいよ種まきだ」
リツが用意したのは、この世界の市場で手に入れた数種類の野菜の種。トマトに似た赤い実をつける植物、人参のような根菜、そして葉物野菜。元の世界の品種とは少し違うようだが、基本的な育て方は同じはずだ。
種を蒔き終えたリツは、一息つくと、森の奥へと向かった。エリアが不思議に思って後をついていくと、彼は木々に囲まれた小さな泉の前にいた。その泉の水は、月明かりを反射して、まるで内側から光を放っているかのようにキラキラと輝いている。
リツは、この土地を手に入れた初日に、この泉を発見していた。そして、直感的に理解した。この水は、ただの水ではない、と。
畑を耕している時、彼は土の中に微かな温かさを感じていた。それは前世では感じたことのない、生命力のようなエネルギー。おそらく、この世界で言うところの「魔力」なのだろう。そして、この泉の水は、その魔力を活性化させる何か特別な力を持っているに違いない。
桶に泉の水を汲み、畑へと戻る。そして、種を蒔いた畝に、ゆっくりと、祈るように水をかけていった。
「そんな水、どこから汲んできたの? なんだか、キラキラしてる……」
興味津々でエリアが尋ねる。
「秘密の泉さ。きっと、この水が野菜をおいしくしてくれる」
リツの言葉を、エリアはまだ半信半疑で聞いていた。しかし、翌日、そしてその次の日と、信じられない光景が彼女の目の前で繰り広げられた。
芽が出た。それも、驚くべき速さで。双葉が開き、ぐんぐんと茎を伸ばしていく。太陽の光を浴び、キラキラと輝く水を吸収した作物は、生命力に満ち溢れ、日ごとにその姿を変えていった。科学的に計算された土壌と、異世界の神秘的な魔力が融合したリツの畑は、まさに奇跡の菜園と化していたのだった。
そして、さらに数週間後。
「う、嘘……」
エリアは、目の前に広がる光景に言葉を失った。畑には、見たこともないほど立派な野菜が実っていたのだ。
トマトに似た植物には、子どもの拳ほどもある真っ赤な実が、太陽の光を浴びて宝石のように輝いている。リツはそれを「太陽トマト」と名付けた。人参のような根菜は、土から少しだけ顔をのぞかせ、その名の通りキラキラと輝くようなオレンジ色をしていた。「きらめき人参」だ。
リツは熟れた太陽トマトを一つもぎ取ると、服で軽く拭い、エリアに差し出した。
「食べてごらん。これが、俺たちの最初の作品だ」
エリアは恐る恐る、その赤い実を受け取る。これまで、生で野菜を食べる習慣などなかった。いつも硬く煮込むか、塩漬けにするかだけだ。しかし、リツの自信に満ちた笑顔に促され、思い切って一口かじった。
瞬間、エリアの大きな兎の目が、これ以上ないほど見開かれた。
甘い。そして、少しだけ酸っぱい。果物のような芳醇な香りが鼻に抜け、噛むほどに瑞々しい果汁が口の中いっぱいに広がる。今まで食べてきた、ただ酸っぱいだけの野生の果実とはまったく違う。これが、野菜?
あまりの衝撃に、エリアは言葉も出せず、ただ夢中でトマトを頬張った。その頬を、一筋の涙が伝う。
「……おいしい」
やっとのことで絞り出した声は、感動で震えていた。
リツは優しく微笑むと、今度はきらめき人参を一本引き抜き、土を払って彼女に渡した。エリアがかじると、ポリッという小気味良い音と共に、衝撃的な甘さが口に広がる。まるで蜜をそのまま固めたような、それでいて野菜本来の青々しい風味もしっかりと感じられる、完璧な味のバランス。
「すごい……すごすぎるわ、あなた!」
エリアは興奮して、リツの手を固く握った。疑いの気持ちは、跡形もなく消え去っていた。目の前の男は、魔法使いだ。土に、作物に、おいしい魔法をかけることができる。
「手伝わせて! 私も、こんなにおいしい野菜作りを手伝いたい!」
その瞳は、尊敬と興奮でキラキラと輝いていた。
「ああ、もちろんだ。君は、俺の最初の仲間だ」
リツは力強く頷いた。
科学と魔法の融合が生んだ奇跡の野菜。そして、かけがえのない最初の仲間。追放された料理人の異世界での挑戦は、今、確かな一歩を踏み出したのだった。
「ふんっ、ふんっ!」
額に汗を浮かべ、小さな体を精一杯使って石を運ぶ。その様子を、近くの森の木陰から、一対の目がじっと見つめていた。ぴょこぴょこと動く長い耳と、時折揺れるふわふわの尻尾。兎の獣人族の少女、エリアだった。
彼女は、数日前からこの奇妙な男を観察していた。街の人間たちが「酔狂な奴が、あんな土地を買った」と噂している男だ。毎日毎日、飽きもせずに石を拾い、雑草を抜き、土を耕している。その行動の意味が、エリアにはまったく理解できなかった。
リツは石拾いを終えると、次に取り掛かったのは土壌改良だった。前世で独学で身につけた科学的な農業知識が、今ここで活きることになるとは、なんとも皮肉な話だ。
「まずは、土の酸性度を調べないとな」
彼は畑の土を少し採取し、自作の道具で簡易的な分析を始めた。この世界の植物をいくつか潰し、その汁が特定の色に変わるかどうかで、大まかなphを測定する。結果は、やはり強い酸性。これでは作物は育ちにくい。
リツは森に入り、枯れ葉や落ち葉を大量に集めてきた。さらに、街の家畜小屋から糞尿を分けてもらい、それらを交互に積み重ねていく。米ぬかや石灰の代わりになるものは見つからなかったが、燃した草木の灰を混ぜ込むことで、アルカリ性の堆肥を作ることにした。
「うわっ、臭い! 何をやってるの、あなたは!」
堆肥の発酵する独特の匂いに、ついにエリアが我慢できずに飛び出してきた。リツは汗を拭いながら、笑顔で振り返る。
「ああ、これはおいしい野菜を作るための準備だよ。土に栄養を与えるんだ」
「ふーん……。そんなことをして、本当に作物が育つわけないでしょう。普通は種を蒔いて、雨を待つだけよ」
エリアは腕を組み、疑いの眼差しを向ける。彼女の知る農業とは、そういうものだった。手間をかけたからといって、収穫が増えるわけではない。それがこの土地の常識なのだ。
リツは意に介さず、黙々と作業を続ける。畝を立て、水はけを良くするための溝を掘る。その一つひとつの動きには、無駄がなく、明確な目的があった。
数週間後、堆肥はいい具合に発酵し、黒くふかふかとした土に変わっていた。リツはそれを畑にまんべんなく撒き、丁寧に土と混ぜ合わせていく。かつて石ころだらけだった荒れ地は、見違えるように柔らかな土のベッドへと生まれ変わった。
「さて、と。いよいよ種まきだ」
リツが用意したのは、この世界の市場で手に入れた数種類の野菜の種。トマトに似た赤い実をつける植物、人参のような根菜、そして葉物野菜。元の世界の品種とは少し違うようだが、基本的な育て方は同じはずだ。
種を蒔き終えたリツは、一息つくと、森の奥へと向かった。エリアが不思議に思って後をついていくと、彼は木々に囲まれた小さな泉の前にいた。その泉の水は、月明かりを反射して、まるで内側から光を放っているかのようにキラキラと輝いている。
リツは、この土地を手に入れた初日に、この泉を発見していた。そして、直感的に理解した。この水は、ただの水ではない、と。
畑を耕している時、彼は土の中に微かな温かさを感じていた。それは前世では感じたことのない、生命力のようなエネルギー。おそらく、この世界で言うところの「魔力」なのだろう。そして、この泉の水は、その魔力を活性化させる何か特別な力を持っているに違いない。
桶に泉の水を汲み、畑へと戻る。そして、種を蒔いた畝に、ゆっくりと、祈るように水をかけていった。
「そんな水、どこから汲んできたの? なんだか、キラキラしてる……」
興味津々でエリアが尋ねる。
「秘密の泉さ。きっと、この水が野菜をおいしくしてくれる」
リツの言葉を、エリアはまだ半信半疑で聞いていた。しかし、翌日、そしてその次の日と、信じられない光景が彼女の目の前で繰り広げられた。
芽が出た。それも、驚くべき速さで。双葉が開き、ぐんぐんと茎を伸ばしていく。太陽の光を浴び、キラキラと輝く水を吸収した作物は、生命力に満ち溢れ、日ごとにその姿を変えていった。科学的に計算された土壌と、異世界の神秘的な魔力が融合したリツの畑は、まさに奇跡の菜園と化していたのだった。
そして、さらに数週間後。
「う、嘘……」
エリアは、目の前に広がる光景に言葉を失った。畑には、見たこともないほど立派な野菜が実っていたのだ。
トマトに似た植物には、子どもの拳ほどもある真っ赤な実が、太陽の光を浴びて宝石のように輝いている。リツはそれを「太陽トマト」と名付けた。人参のような根菜は、土から少しだけ顔をのぞかせ、その名の通りキラキラと輝くようなオレンジ色をしていた。「きらめき人参」だ。
リツは熟れた太陽トマトを一つもぎ取ると、服で軽く拭い、エリアに差し出した。
「食べてごらん。これが、俺たちの最初の作品だ」
エリアは恐る恐る、その赤い実を受け取る。これまで、生で野菜を食べる習慣などなかった。いつも硬く煮込むか、塩漬けにするかだけだ。しかし、リツの自信に満ちた笑顔に促され、思い切って一口かじった。
瞬間、エリアの大きな兎の目が、これ以上ないほど見開かれた。
甘い。そして、少しだけ酸っぱい。果物のような芳醇な香りが鼻に抜け、噛むほどに瑞々しい果汁が口の中いっぱいに広がる。今まで食べてきた、ただ酸っぱいだけの野生の果実とはまったく違う。これが、野菜?
あまりの衝撃に、エリアは言葉も出せず、ただ夢中でトマトを頬張った。その頬を、一筋の涙が伝う。
「……おいしい」
やっとのことで絞り出した声は、感動で震えていた。
リツは優しく微笑むと、今度はきらめき人参を一本引き抜き、土を払って彼女に渡した。エリアがかじると、ポリッという小気味良い音と共に、衝撃的な甘さが口に広がる。まるで蜜をそのまま固めたような、それでいて野菜本来の青々しい風味もしっかりと感じられる、完璧な味のバランス。
「すごい……すごすぎるわ、あなた!」
エリアは興奮して、リツの手を固く握った。疑いの気持ちは、跡形もなく消え去っていた。目の前の男は、魔法使いだ。土に、作物に、おいしい魔法をかけることができる。
「手伝わせて! 私も、こんなにおいしい野菜作りを手伝いたい!」
その瞳は、尊敬と興奮でキラキラと輝いていた。
「ああ、もちろんだ。君は、俺の最初の仲間だ」
リツは力強く頷いた。
科学と魔法の融合が生んだ奇跡の野菜。そして、かけがえのない最初の仲間。追放された料理人の異世界での挑戦は、今、確かな一歩を踏み出したのだった。
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