4 / 11
第3話「始まりの一杯と、無骨な常連客」
しおりを挟む
太陽が空高く昇り、街の広場が活気づく昼時。リツはエリアと共に、小さな屋台を引いてその一角に立っていた。屋台と言っても、木の板を組み合わせただけの簡素なものだ。その上に置かれた大きな鍋からは、食欲をそそる温かな湯気が立ち上っている。
「さあ、開店だ!」
リツが張り切って声を上げると、隣のエリアも「おー!」と元気よく拳を突き上げた。彼女の頭につけた手作りの三角巾とエプロン姿が、なんとも微笑ましい。
メニューは、たった一つ。「太陽トマトと野菜のスープ」。
あの奇跡の畑で採れた、太陽トマトときらめき人参、そして数種類の葉物野菜をふんだんに使い、じっくりと煮込んだ自信作だ。味付けは、この世界で手に入る岩塩と、森で採れる数種類の香草のみ。だが、素材の力が圧倒的だからこそ、シンプルな味付けがそれを最大限に引き立てる。
コトコトと煮える鍋から漂う、甘酸っぱくも深い香りが、広場を行き交う人々の鼻をくすぐった。
「なんだ、このいい匂いは?」
「新しい屋台か? 何を売ってるんだ?」
人々が興味深そうに足を止め、屋台の前に置かれた小さな看板に目をやる。『太陽トマトと野菜のスープ』という見慣れない文字に、誰もが首を傾げた。この世界では、スープといえば肉や骨を煮込んだ塩辛い汁物が基本だ。野菜だけで作るスープなど、聞いたこともなかった。
「へっ、野菜を煮ただけの水だろ? 腹の足しにもなりゃしねえ」
一人の男が嘲笑うように言うと、周りもそれに同調する。しかし、その強烈な香りの前からは、どうしても立ち去りがたいようだった。
そんな中、一人の男が群衆をかき分けるようにして屋台の前に立った。熊と見紛うほどの巨躯に、使い古された革鎧。背中には、人の身の丈ほどもある大剣を背負っている。陽に焼けた肌、鋭い眼光、そして無精髭。彼が放つ威圧感に、周りの人々が思わず後ずさった。
「……スープを一つくれ」
地鳴りのような低い声だった。男は銅貨を一枚、無造作に台に置くと、リツを睨むように見つめる。その無愛想で近寄りがたい雰囲気に、エリアがびくっと体を震わせた。
「はい、どうぞ!」
リツは笑顔を崩さず、木の器に熱々のスープをなみなみと注ぎ、男に手渡した。男――元王国騎士団の冒険者、ガルドは、それを受け取ると、疑わしげに鼻を近づけた。野菜しか入っていないはずなのに、信じられないほど豊かで、複雑な香りがする。
「腹の足しにでもなれば、それでいい」
ガルドはぶっきらぼうにそう呟くと、スープを一口、口に含んだ。
その瞬間、彼の時間が止まった。
まず感じたのは、太陽トマトの鮮烈な酸味と、それを追いかけるように広がる濃厚な甘み。次に、きらめき人参の優しい甘さが溶け出し、様々な葉物野菜の滋味深い風味が、味に奥深さを与えている。岩塩だけのシンプルな味付けが、それぞれの野菜が持つ個性を、信じられないほどくっきりと浮かび上がらせていた。
うまい。
そんな陳腐な言葉では表現できない。体中の細胞が、この一杯を求めて歓喜の声を上げるような感覚だ。長年の冒険で溜まった疲労が、体の芯からじんわりと溶けていく。乾ききった大地に恵みの雨が染み渡るように、温かなスープが荒んだ心まで潤していく。
ガルドは我を忘れてスープを飲み干した。最後の一滴まで器からすすると、彼は深く、長い息を吐いた。そして、今まで誰にも見せたことのないような、驚きと感動が入り混じった表情で、空になった器とリツの顔を交互に見た。
「……おかわりだ」
再び銅貨を置き、ガルドは言った。その声には、先程のぶっきらぼうな響きは消え、純粋な欲求が滲んでいた。リツはにっこりと笑い、二杯目のスープを注ぐ。エリアは、あの恐ろしい大男の変貌ぶりに、ただただ目を丸くしていた。
ガルドは二杯目もあっという間に平らげると、何も言わずに踵を返し、人混みの中へと消えていった。
その出来事は、周りで様子を伺っていた人々への、何よりの宣伝となった。
「あのガルドが、おかわりだと?」
「あんな顔、初めて見たぞ……」
「一体どんな味なんだ?」
好奇心が恐怖を上回り、人々が次々と屋台に列を作り始めた。そして、スープを口にした者、全員が、ガルドと同じように衝撃を受けた。
「なんだこれ! 野菜だけなのに、こんなに満足感があるなんて!」
「体がポカポカしてきた。力がみなぎるようだ!」
「うちの子、野菜嫌いなのに、夢中で飲んでるわ……」
称賛の声が、広場のあちこちで上がる。リツのスープは、これまでの食事の概念を根底から覆す、革命的な一杯だったのだ。用意していた大鍋のスープは、昼過ぎにはすっかり空になってしまった。
売り切れを告げると、残念がる声があちこちから聞こえてくる。リツとエリアは、何度も頭を下げながら、屋台の片付けを始めた。
「リツさん、すごいよ! みんな、おいしいって!」
エリアは自分のことのように興奮し、目を輝かせている。
「ああ。俺たちの野菜の力が、みんなに届いたんだ」
リツの胸にも、温かい満足感が広がっていた。追放されたレストランでは感じたことのない、直接的な感謝の言葉。それが、何よりの報酬だった。
その日以来、ガルドは毎日、決まった時間に屋台へやって来るようになった。彼は相変わらず無口で、ただ黙々とスープを二杯飲むと、黙って去っていく。だが、その背中からは、確かな満足感が漂っていた。
そして、彼の口コミは、荒くれ者の多い冒険者仲間へと瞬く間に広がっていった。
「ガルドが毎日通ってる屋台があるらしい」
「なんでも、飲むだけで疲れが吹っ飛ぶ魔法のスープだとか」
噂を聞きつけた冒険者たちが、次々と屋台を訪れる。彼らは最初こそ半信半疑だが、一口スープを飲めば、誰もがその虜になった。
リツの小さな屋台は、日に日に活気を増していく。そこには、身分の差も、種族の違いもない。ただ、おいしいスープを求める人々が集い、笑顔が生まれる温かい場所となっていた。リツは、異世界で初めて、確かな手応えを感じていた。
「さあ、開店だ!」
リツが張り切って声を上げると、隣のエリアも「おー!」と元気よく拳を突き上げた。彼女の頭につけた手作りの三角巾とエプロン姿が、なんとも微笑ましい。
メニューは、たった一つ。「太陽トマトと野菜のスープ」。
あの奇跡の畑で採れた、太陽トマトときらめき人参、そして数種類の葉物野菜をふんだんに使い、じっくりと煮込んだ自信作だ。味付けは、この世界で手に入る岩塩と、森で採れる数種類の香草のみ。だが、素材の力が圧倒的だからこそ、シンプルな味付けがそれを最大限に引き立てる。
コトコトと煮える鍋から漂う、甘酸っぱくも深い香りが、広場を行き交う人々の鼻をくすぐった。
「なんだ、このいい匂いは?」
「新しい屋台か? 何を売ってるんだ?」
人々が興味深そうに足を止め、屋台の前に置かれた小さな看板に目をやる。『太陽トマトと野菜のスープ』という見慣れない文字に、誰もが首を傾げた。この世界では、スープといえば肉や骨を煮込んだ塩辛い汁物が基本だ。野菜だけで作るスープなど、聞いたこともなかった。
「へっ、野菜を煮ただけの水だろ? 腹の足しにもなりゃしねえ」
一人の男が嘲笑うように言うと、周りもそれに同調する。しかし、その強烈な香りの前からは、どうしても立ち去りがたいようだった。
そんな中、一人の男が群衆をかき分けるようにして屋台の前に立った。熊と見紛うほどの巨躯に、使い古された革鎧。背中には、人の身の丈ほどもある大剣を背負っている。陽に焼けた肌、鋭い眼光、そして無精髭。彼が放つ威圧感に、周りの人々が思わず後ずさった。
「……スープを一つくれ」
地鳴りのような低い声だった。男は銅貨を一枚、無造作に台に置くと、リツを睨むように見つめる。その無愛想で近寄りがたい雰囲気に、エリアがびくっと体を震わせた。
「はい、どうぞ!」
リツは笑顔を崩さず、木の器に熱々のスープをなみなみと注ぎ、男に手渡した。男――元王国騎士団の冒険者、ガルドは、それを受け取ると、疑わしげに鼻を近づけた。野菜しか入っていないはずなのに、信じられないほど豊かで、複雑な香りがする。
「腹の足しにでもなれば、それでいい」
ガルドはぶっきらぼうにそう呟くと、スープを一口、口に含んだ。
その瞬間、彼の時間が止まった。
まず感じたのは、太陽トマトの鮮烈な酸味と、それを追いかけるように広がる濃厚な甘み。次に、きらめき人参の優しい甘さが溶け出し、様々な葉物野菜の滋味深い風味が、味に奥深さを与えている。岩塩だけのシンプルな味付けが、それぞれの野菜が持つ個性を、信じられないほどくっきりと浮かび上がらせていた。
うまい。
そんな陳腐な言葉では表現できない。体中の細胞が、この一杯を求めて歓喜の声を上げるような感覚だ。長年の冒険で溜まった疲労が、体の芯からじんわりと溶けていく。乾ききった大地に恵みの雨が染み渡るように、温かなスープが荒んだ心まで潤していく。
ガルドは我を忘れてスープを飲み干した。最後の一滴まで器からすすると、彼は深く、長い息を吐いた。そして、今まで誰にも見せたことのないような、驚きと感動が入り混じった表情で、空になった器とリツの顔を交互に見た。
「……おかわりだ」
再び銅貨を置き、ガルドは言った。その声には、先程のぶっきらぼうな響きは消え、純粋な欲求が滲んでいた。リツはにっこりと笑い、二杯目のスープを注ぐ。エリアは、あの恐ろしい大男の変貌ぶりに、ただただ目を丸くしていた。
ガルドは二杯目もあっという間に平らげると、何も言わずに踵を返し、人混みの中へと消えていった。
その出来事は、周りで様子を伺っていた人々への、何よりの宣伝となった。
「あのガルドが、おかわりだと?」
「あんな顔、初めて見たぞ……」
「一体どんな味なんだ?」
好奇心が恐怖を上回り、人々が次々と屋台に列を作り始めた。そして、スープを口にした者、全員が、ガルドと同じように衝撃を受けた。
「なんだこれ! 野菜だけなのに、こんなに満足感があるなんて!」
「体がポカポカしてきた。力がみなぎるようだ!」
「うちの子、野菜嫌いなのに、夢中で飲んでるわ……」
称賛の声が、広場のあちこちで上がる。リツのスープは、これまでの食事の概念を根底から覆す、革命的な一杯だったのだ。用意していた大鍋のスープは、昼過ぎにはすっかり空になってしまった。
売り切れを告げると、残念がる声があちこちから聞こえてくる。リツとエリアは、何度も頭を下げながら、屋台の片付けを始めた。
「リツさん、すごいよ! みんな、おいしいって!」
エリアは自分のことのように興奮し、目を輝かせている。
「ああ。俺たちの野菜の力が、みんなに届いたんだ」
リツの胸にも、温かい満足感が広がっていた。追放されたレストランでは感じたことのない、直接的な感謝の言葉。それが、何よりの報酬だった。
その日以来、ガルドは毎日、決まった時間に屋台へやって来るようになった。彼は相変わらず無口で、ただ黙々とスープを二杯飲むと、黙って去っていく。だが、その背中からは、確かな満足感が漂っていた。
そして、彼の口コミは、荒くれ者の多い冒険者仲間へと瞬く間に広がっていった。
「ガルドが毎日通ってる屋台があるらしい」
「なんでも、飲むだけで疲れが吹っ飛ぶ魔法のスープだとか」
噂を聞きつけた冒険者たちが、次々と屋台を訪れる。彼らは最初こそ半信半疑だが、一口スープを飲めば、誰もがその虜になった。
リツの小さな屋台は、日に日に活気を増していく。そこには、身分の差も、種族の違いもない。ただ、おいしいスープを求める人々が集い、笑顔が生まれる温かい場所となっていた。リツは、異世界で初めて、確かな手応えを感じていた。
7
あなたにおすすめの小説
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~
ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。
妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。
寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。
「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」
最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。
だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった!
ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。
最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。
一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。
今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。
けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。
「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」
無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる