才能を妬まれ追放された元星付き料理人、畑作チートで異世界をグルメ革命。目指すは宇宙一のレストランです

黒崎隼人

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第3話「始まりの一杯と、無骨な常連客」

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 太陽が空高く昇り、街の広場が活気づく昼時。リツはエリアと共に、小さな屋台を引いてその一角に立っていた。屋台と言っても、木の板を組み合わせただけの簡素なものだ。その上に置かれた大きな鍋からは、食欲をそそる温かな湯気が立ち上っている。
「さあ、開店だ!」
 リツが張り切って声を上げると、隣のエリアも「おー!」と元気よく拳を突き上げた。彼女の頭につけた手作りの三角巾とエプロン姿が、なんとも微笑ましい。
 メニューは、たった一つ。「太陽トマトと野菜のスープ」。
 あの奇跡の畑で採れた、太陽トマトときらめき人参、そして数種類の葉物野菜をふんだんに使い、じっくりと煮込んだ自信作だ。味付けは、この世界で手に入る岩塩と、森で採れる数種類の香草のみ。だが、素材の力が圧倒的だからこそ、シンプルな味付けがそれを最大限に引き立てる。
 コトコトと煮える鍋から漂う、甘酸っぱくも深い香りが、広場を行き交う人々の鼻をくすぐった。
「なんだ、このいい匂いは?」
「新しい屋台か? 何を売ってるんだ?」
 人々が興味深そうに足を止め、屋台の前に置かれた小さな看板に目をやる。『太陽トマトと野菜のスープ』という見慣れない文字に、誰もが首を傾げた。この世界では、スープといえば肉や骨を煮込んだ塩辛い汁物が基本だ。野菜だけで作るスープなど、聞いたこともなかった。
「へっ、野菜を煮ただけの水だろ? 腹の足しにもなりゃしねえ」
 一人の男が嘲笑うように言うと、周りもそれに同調する。しかし、その強烈な香りの前からは、どうしても立ち去りがたいようだった。
 そんな中、一人の男が群衆をかき分けるようにして屋台の前に立った。熊と見紛うほどの巨躯に、使い古された革鎧。背中には、人の身の丈ほどもある大剣を背負っている。陽に焼けた肌、鋭い眼光、そして無精髭。彼が放つ威圧感に、周りの人々が思わず後ずさった。
「……スープを一つくれ」
 地鳴りのような低い声だった。男は銅貨を一枚、無造作に台に置くと、リツを睨むように見つめる。その無愛想で近寄りがたい雰囲気に、エリアがびくっと体を震わせた。
「はい、どうぞ!」
 リツは笑顔を崩さず、木の器に熱々のスープをなみなみと注ぎ、男に手渡した。男――元王国騎士団の冒険者、ガルドは、それを受け取ると、疑わしげに鼻を近づけた。野菜しか入っていないはずなのに、信じられないほど豊かで、複雑な香りがする。
「腹の足しにでもなれば、それでいい」
 ガルドはぶっきらぼうにそう呟くと、スープを一口、口に含んだ。
 その瞬間、彼の時間が止まった。
 まず感じたのは、太陽トマトの鮮烈な酸味と、それを追いかけるように広がる濃厚な甘み。次に、きらめき人参の優しい甘さが溶け出し、様々な葉物野菜の滋味深い風味が、味に奥深さを与えている。岩塩だけのシンプルな味付けが、それぞれの野菜が持つ個性を、信じられないほどくっきりと浮かび上がらせていた。
 うまい。
 そんな陳腐な言葉では表現できない。体中の細胞が、この一杯を求めて歓喜の声を上げるような感覚だ。長年の冒険で溜まった疲労が、体の芯からじんわりと溶けていく。乾ききった大地に恵みの雨が染み渡るように、温かなスープが荒んだ心まで潤していく。
 ガルドは我を忘れてスープを飲み干した。最後の一滴まで器からすすると、彼は深く、長い息を吐いた。そして、今まで誰にも見せたことのないような、驚きと感動が入り混じった表情で、空になった器とリツの顔を交互に見た。
「……おかわりだ」
 再び銅貨を置き、ガルドは言った。その声には、先程のぶっきらぼうな響きは消え、純粋な欲求が滲んでいた。リツはにっこりと笑い、二杯目のスープを注ぐ。エリアは、あの恐ろしい大男の変貌ぶりに、ただただ目を丸くしていた。
 ガルドは二杯目もあっという間に平らげると、何も言わずに踵を返し、人混みの中へと消えていった。
 その出来事は、周りで様子を伺っていた人々への、何よりの宣伝となった。
「あのガルドが、おかわりだと?」
「あんな顔、初めて見たぞ……」
「一体どんな味なんだ?」
 好奇心が恐怖を上回り、人々が次々と屋台に列を作り始めた。そして、スープを口にした者、全員が、ガルドと同じように衝撃を受けた。
「なんだこれ! 野菜だけなのに、こんなに満足感があるなんて!」
「体がポカポカしてきた。力がみなぎるようだ!」
「うちの子、野菜嫌いなのに、夢中で飲んでるわ……」
 称賛の声が、広場のあちこちで上がる。リツのスープは、これまでの食事の概念を根底から覆す、革命的な一杯だったのだ。用意していた大鍋のスープは、昼過ぎにはすっかり空になってしまった。
 売り切れを告げると、残念がる声があちこちから聞こえてくる。リツとエリアは、何度も頭を下げながら、屋台の片付けを始めた。
「リツさん、すごいよ! みんな、おいしいって!」
 エリアは自分のことのように興奮し、目を輝かせている。
「ああ。俺たちの野菜の力が、みんなに届いたんだ」
 リツの胸にも、温かい満足感が広がっていた。追放されたレストランでは感じたことのない、直接的な感謝の言葉。それが、何よりの報酬だった。
 その日以来、ガルドは毎日、決まった時間に屋台へやって来るようになった。彼は相変わらず無口で、ただ黙々とスープを二杯飲むと、黙って去っていく。だが、その背中からは、確かな満足感が漂っていた。
 そして、彼の口コミは、荒くれ者の多い冒険者仲間へと瞬く間に広がっていった。
「ガルドが毎日通ってる屋台があるらしい」
「なんでも、飲むだけで疲れが吹っ飛ぶ魔法のスープだとか」
 噂を聞きつけた冒険者たちが、次々と屋台を訪れる。彼らは最初こそ半信半疑だが、一口スープを飲めば、誰もがその虜になった。
 リツの小さな屋台は、日に日に活気を増していく。そこには、身分の差も、種族の違いもない。ただ、おいしいスープを求める人々が集い、笑顔が生まれる温かい場所となっていた。リツは、異世界で初めて、確かな手応えを感じていた。
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