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第3話:論理という名の反逆
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「お待ちください、王子殿下」
静まり返ったホールに、僕の声が響いた。全ての視線が一斉に僕に突き刺さる。驚愕、嘲笑、そして侮蔑。特にジークフリート王子の視線は、虫けらを見るかのごとく冷ややかだった。
「何だ、貴様は。ああ…確か、没落したアイゼンローデの…まだ王宮に出入りできる身分だったとはな」
王子は僕の素性を思い出し、あからさまに軽蔑の笑みを浮かべた。その隣で、セレスティーナ嬢が驚いたように僕を見つめている。彼女の紫水晶の瞳には、戸惑いと、ほんのわずかな期待の色が浮かんでいるように見えた。
僕は臆することなく、王子に向き直った。
「失礼ながら、殿下の裁定にはいくつか不可解な点がございます。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「…面白い。言ってみろ。どうせ、ろくなことではあるまいが」
王子は、僕が衆人の前で恥をかくのを楽しみにしているようだった。
僕はまず、泣きじゃくる男爵令嬢に視線を向けた。
「男爵令嬢殿。あなた様は、セレスティーナ様に階段から突き落とされそうになった、と。それはいつ、どこの階段でのことですか?」
「…え? あ、ええと…昨日の夕方、東の塔へ続く大理石の階段ですわ」
男爵令嬢は不意を突かれ、しどろもどろに答えた。
「なるほど」僕は頷き、今度はセレスティーナ嬢に向き直った。「セレスティーナ様。失礼ですが、昨日の夕方、あなた様はどこにおられましたか?」
セレスティーナ嬢は、僕の意図を察したのか、はっきりとした口調で答えた。
「昨日は一日中、王宮の書庫で古代魔法に関する文献を読んでおりました。閉館までおりましたので、図書館長や司書の方々が証人になってくださるはずです」
僕は再び王子の方を向いた。
「殿下。ご覧の通り、セレスティーナ様には明確なアリバイがございます。一方、男爵令嬢殿の証言は、日時と場所のみ。他に目撃者は?」
「そ、それは…」男爵令嬢が口ごもる。
王子は苛立ったように声を荒げた。「目撃者がいなくとも、彼女のこの怯えようが何よりの証拠だ!」
「では、第二の疑問です」僕は冷静に続けた。「先ほど証言された方々。あなた方は、セレスティーナ様が男爵令嬢に『嫌がらせ』をしているのを見たと仰いました。具体的には、どのような?」
「それは…悪口を言っているのを聞いた…」「すれ違いざまに、睨みつけていた…」
証人たちは口々に言うが、どれも客観性に欠ける曖昧なものばかりだ。
「悪口や、睨んだという証言だけでは、主観の域を出ません。例えば、『このポーションを飲めば美しくなれるが、実は飲むと声が出なくなる呪いの薬だった』というような物証はあるのですか?」
前世の刑事ドラマで見たような言い回しをしてみる。もちろん、そんな物があるはずもない。彼らの陰謀は、その場の雰囲気と権力で押し切る、杜撰なものなのだ。
王子の顔が、みるみる赤く染まっていく。僕が、彼の描いた脚本を、論理という名のナイフでズタズタに切り裂いているのだから当然だろう。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 没落貴族の分際で、俺に意見するとは何事か!」
ついに逆上したジークフリートが、腰の剣に手をかけた。護衛の騎士たちが、慌てて僕を取り囲む。
「殿下、お待ちください!」セレスティーナ嬢が悲鳴のような声を上げた。
だが、王子の怒りは収まらない。彼は僕を睨みつけ、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「貴様は不敬罪だ! 王族である俺の決定に異を唱えた! こいつを捕らえろ!」
騎士たちが、一斉に僕の腕を掴んだ。抵抗は無意味だった。
「そしてセレスティーティーナ! 貴様も同罪だ! この男に弁護させたばかりか、反省の色も見せない! 二人まとめて、王都から追放してくれる!」
追放。その言葉は、まるで死刑宣告のように重く響いた。
「貴様らには、北の辺境領地を与えてやる。資源はあるが、人も寄り付かぬ未開の土地だ。そこで朽ち果てるがいい!」
ジークフリートは、全てを叩き潰したという満足感に浸り、歪んだ笑みを浮かべていた。周囲の貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように僕たちから距離を取り、冷たい視線を向けてくる。
腕を掴まれ、引きずられていく中で、僕は隣に立つセレスティーナ嬢を見た。彼女は、絶望に打ちひしがれているかと思いきや、まっすぐに前を見据えていた。その紫水晶の瞳は、もう涙に濡れてはいなかった。むしろ、僕という予期せぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けられた、強い好奇心と意志の光を宿しているように見えた。
論理で王子を論破し、セレスティーナを救う。そんな甘い考えは、王子の絶対的な権力の前では無力だった。しかし、僕は後悔していなかった。理不尽に屈するくらいなら、戦って追放される方がずっといい。
そして、何よりも。
この気高き公爵令嬢と共に、辺境へ。それは、もしかしたら僕の鉄の夢を実現するための、千載一遇の好機になるかもしれない。
絶望的な状況の中で、僕の胸には新たな、そして確かな希望の炎が灯り始めていた。
静まり返ったホールに、僕の声が響いた。全ての視線が一斉に僕に突き刺さる。驚愕、嘲笑、そして侮蔑。特にジークフリート王子の視線は、虫けらを見るかのごとく冷ややかだった。
「何だ、貴様は。ああ…確か、没落したアイゼンローデの…まだ王宮に出入りできる身分だったとはな」
王子は僕の素性を思い出し、あからさまに軽蔑の笑みを浮かべた。その隣で、セレスティーナ嬢が驚いたように僕を見つめている。彼女の紫水晶の瞳には、戸惑いと、ほんのわずかな期待の色が浮かんでいるように見えた。
僕は臆することなく、王子に向き直った。
「失礼ながら、殿下の裁定にはいくつか不可解な点がございます。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「…面白い。言ってみろ。どうせ、ろくなことではあるまいが」
王子は、僕が衆人の前で恥をかくのを楽しみにしているようだった。
僕はまず、泣きじゃくる男爵令嬢に視線を向けた。
「男爵令嬢殿。あなた様は、セレスティーナ様に階段から突き落とされそうになった、と。それはいつ、どこの階段でのことですか?」
「…え? あ、ええと…昨日の夕方、東の塔へ続く大理石の階段ですわ」
男爵令嬢は不意を突かれ、しどろもどろに答えた。
「なるほど」僕は頷き、今度はセレスティーナ嬢に向き直った。「セレスティーナ様。失礼ですが、昨日の夕方、あなた様はどこにおられましたか?」
セレスティーナ嬢は、僕の意図を察したのか、はっきりとした口調で答えた。
「昨日は一日中、王宮の書庫で古代魔法に関する文献を読んでおりました。閉館までおりましたので、図書館長や司書の方々が証人になってくださるはずです」
僕は再び王子の方を向いた。
「殿下。ご覧の通り、セレスティーナ様には明確なアリバイがございます。一方、男爵令嬢殿の証言は、日時と場所のみ。他に目撃者は?」
「そ、それは…」男爵令嬢が口ごもる。
王子は苛立ったように声を荒げた。「目撃者がいなくとも、彼女のこの怯えようが何よりの証拠だ!」
「では、第二の疑問です」僕は冷静に続けた。「先ほど証言された方々。あなた方は、セレスティーナ様が男爵令嬢に『嫌がらせ』をしているのを見たと仰いました。具体的には、どのような?」
「それは…悪口を言っているのを聞いた…」「すれ違いざまに、睨みつけていた…」
証人たちは口々に言うが、どれも客観性に欠ける曖昧なものばかりだ。
「悪口や、睨んだという証言だけでは、主観の域を出ません。例えば、『このポーションを飲めば美しくなれるが、実は飲むと声が出なくなる呪いの薬だった』というような物証はあるのですか?」
前世の刑事ドラマで見たような言い回しをしてみる。もちろん、そんな物があるはずもない。彼らの陰謀は、その場の雰囲気と権力で押し切る、杜撰なものなのだ。
王子の顔が、みるみる赤く染まっていく。僕が、彼の描いた脚本を、論理という名のナイフでズタズタに切り裂いているのだから当然だろう。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 没落貴族の分際で、俺に意見するとは何事か!」
ついに逆上したジークフリートが、腰の剣に手をかけた。護衛の騎士たちが、慌てて僕を取り囲む。
「殿下、お待ちください!」セレスティーナ嬢が悲鳴のような声を上げた。
だが、王子の怒りは収まらない。彼は僕を睨みつけ、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「貴様は不敬罪だ! 王族である俺の決定に異を唱えた! こいつを捕らえろ!」
騎士たちが、一斉に僕の腕を掴んだ。抵抗は無意味だった。
「そしてセレスティーティーナ! 貴様も同罪だ! この男に弁護させたばかりか、反省の色も見せない! 二人まとめて、王都から追放してくれる!」
追放。その言葉は、まるで死刑宣告のように重く響いた。
「貴様らには、北の辺境領地を与えてやる。資源はあるが、人も寄り付かぬ未開の土地だ。そこで朽ち果てるがいい!」
ジークフリートは、全てを叩き潰したという満足感に浸り、歪んだ笑みを浮かべていた。周囲の貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように僕たちから距離を取り、冷たい視線を向けてくる。
腕を掴まれ、引きずられていく中で、僕は隣に立つセレスティーナ嬢を見た。彼女は、絶望に打ちひしがれているかと思いきや、まっすぐに前を見据えていた。その紫水晶の瞳は、もう涙に濡れてはいなかった。むしろ、僕という予期せぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けられた、強い好奇心と意志の光を宿しているように見えた。
論理で王子を論破し、セレスティーナを救う。そんな甘い考えは、王子の絶対的な権力の前では無力だった。しかし、僕は後悔していなかった。理不尽に屈するくらいなら、戦って追放される方がずっといい。
そして、何よりも。
この気高き公爵令嬢と共に、辺境へ。それは、もしかしたら僕の鉄の夢を実現するための、千載一遇の好機になるかもしれない。
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