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第一章:偽りの仮面舞踏会、そして決別の誓い
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きらびやかなシャンデリアが放つ光が、王宮の大広間を昼間のように照らし出している。着飾った貴族たちの笑い声と、軽やかなワルツの旋律が混ざり合い、豪奢な空間を満たしていた。
その喧騒の中心から少し離れたテラスで、私は夜風に当たりながら、夫である王太子アルベルト・フォン・クライスラー殿下の言葉を待っていた。
「クラリス」
呼びかけられた声は、氷のように冷たい。私はゆっくりと振り返り、完璧な淑女の笑みを浮かべた。
「はい、殿下。いかがなさいましたか?」
「単刀直入に言う。君との婚約を破棄し、離婚する」
一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥る。周囲の喧騒が遠のき、彼の言葉だけが頭の中で反響した。だが、私の表情は完璧な微笑みを崩さない。内心でどれほどの怒りが燃え上がっていようとも、ここで感情を露わにすることは、エルヴェール辺境伯家の娘として許されない。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
私の冷静な問いに、アルベルト殿下は忌々しげに顔を歪めた。
「理由だと? 君のような冷たい女とこれ以上、夫婦でいることなど耐えられないからだ! いつも完璧で、隙がなく、感情を見せない。君といると、私がまるで無能な道化のように感じる!」
彼の言葉は、まるで子供の癇癪だった。自分の未熟さを棚に上げ、すべてを私のせいにする。その姿は滑稽ですらあった。
彼の隣には、案の定、庇護欲をそそるように寄り添う小柄な女性がいた。平民出身でありながら、稀有な治癒の力を持つとされ、民衆から崇められている“聖女”ミレーユ。潤んだ瞳でアルベルト殿下を見上げるその姿は、計算され尽くしたか弱さの演出に見えた。
「アルベルト様、あまりクラリス様を責めないであげてください。きっと、クラリス様もお辛いのですわ……」
その言葉が、私の心の奥底で燃え盛る炎に油を注いだ。この女は、すべてを分かっていながら、私を貶めるためにここにいるのだ。
「ミレーユ、君は優しすぎる。だが、もう決めたことだ。クラリス・エルヴェール、君との婚姻は本日をもって解消する。君は速やかに王宮を去り、実家であるエルヴェール領へ帰るがいい。これは王命だ」
事実上の追放宣告。しかも、これほど多くの貴族たちの前で。私に最大限の恥をかかせ、聖女ミレーユを悲劇のヒロインに仕立て上げるための、悪趣味な茶番劇。
涙を見せれば、彼らの思う壺だ。私は背筋を伸ばし、最後まで“完璧な令嬢”を演じきると決めた。
「承知いたしました。王太子殿下のご決断、謹んでお受けいたします」
私は深く、優雅にカーテシー(淑女の礼)をとる。顔を上げたとき、私の口元には、先ほどと変わらぬ完璧な笑みが浮かんでいた。その表情に、アルベルト殿下が一瞬怯んだように見えたのは、気のせいではないだろう。
「短い間でしたが、お世話になりました。それでは、ごきげんよう」
誰にも助けを求めることなく、同情を誘うそぶりも見せず、私は一人、毅然と背を向けた。大広間を横切る私の背中に、好奇と侮蔑、そしてわずかな同情の視線が突き刺さる。だが、もうどうでもよかった。
彼らは知らないのだ。私をただの飾られた人形で、冷酷な悪役令嬢だと思っている。
馬車に乗り込み、王宮の門が遠ざかっていくのを眺めながら、私は固く握りしめていた拳をゆっくりと開いた。手のひらには、爪が食い込んだ赤い痕が残っている。
(ならば見せてあげましょう。あなた方が捨てた女の、本当の価値というものを)
涙は一滴も流れなかった。代わりに、私の心は復讐ではない、もっと確かな決意と、これから始まる新たな人生への静かな高揚感で、煮えたぎっていた。私の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
その喧騒の中心から少し離れたテラスで、私は夜風に当たりながら、夫である王太子アルベルト・フォン・クライスラー殿下の言葉を待っていた。
「クラリス」
呼びかけられた声は、氷のように冷たい。私はゆっくりと振り返り、完璧な淑女の笑みを浮かべた。
「はい、殿下。いかがなさいましたか?」
「単刀直入に言う。君との婚約を破棄し、離婚する」
一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥る。周囲の喧騒が遠のき、彼の言葉だけが頭の中で反響した。だが、私の表情は完璧な微笑みを崩さない。内心でどれほどの怒りが燃え上がっていようとも、ここで感情を露わにすることは、エルヴェール辺境伯家の娘として許されない。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
私の冷静な問いに、アルベルト殿下は忌々しげに顔を歪めた。
「理由だと? 君のような冷たい女とこれ以上、夫婦でいることなど耐えられないからだ! いつも完璧で、隙がなく、感情を見せない。君といると、私がまるで無能な道化のように感じる!」
彼の言葉は、まるで子供の癇癪だった。自分の未熟さを棚に上げ、すべてを私のせいにする。その姿は滑稽ですらあった。
彼の隣には、案の定、庇護欲をそそるように寄り添う小柄な女性がいた。平民出身でありながら、稀有な治癒の力を持つとされ、民衆から崇められている“聖女”ミレーユ。潤んだ瞳でアルベルト殿下を見上げるその姿は、計算され尽くしたか弱さの演出に見えた。
「アルベルト様、あまりクラリス様を責めないであげてください。きっと、クラリス様もお辛いのですわ……」
その言葉が、私の心の奥底で燃え盛る炎に油を注いだ。この女は、すべてを分かっていながら、私を貶めるためにここにいるのだ。
「ミレーユ、君は優しすぎる。だが、もう決めたことだ。クラリス・エルヴェール、君との婚姻は本日をもって解消する。君は速やかに王宮を去り、実家であるエルヴェール領へ帰るがいい。これは王命だ」
事実上の追放宣告。しかも、これほど多くの貴族たちの前で。私に最大限の恥をかかせ、聖女ミレーユを悲劇のヒロインに仕立て上げるための、悪趣味な茶番劇。
涙を見せれば、彼らの思う壺だ。私は背筋を伸ばし、最後まで“完璧な令嬢”を演じきると決めた。
「承知いたしました。王太子殿下のご決断、謹んでお受けいたします」
私は深く、優雅にカーテシー(淑女の礼)をとる。顔を上げたとき、私の口元には、先ほどと変わらぬ完璧な笑みが浮かんでいた。その表情に、アルベルト殿下が一瞬怯んだように見えたのは、気のせいではないだろう。
「短い間でしたが、お世話になりました。それでは、ごきげんよう」
誰にも助けを求めることなく、同情を誘うそぶりも見せず、私は一人、毅然と背を向けた。大広間を横切る私の背中に、好奇と侮蔑、そしてわずかな同情の視線が突き刺さる。だが、もうどうでもよかった。
彼らは知らないのだ。私をただの飾られた人形で、冷酷な悪役令嬢だと思っている。
馬車に乗り込み、王宮の門が遠ざかっていくのを眺めながら、私は固く握りしめていた拳をゆっくりと開いた。手のひらには、爪が食い込んだ赤い痕が残っている。
(ならば見せてあげましょう。あなた方が捨てた女の、本当の価値というものを)
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