『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。

黒崎隼人

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第二章:悪役令嬢、故郷の惨状に絶句する

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 王都を離れ、揺れる馬車に身を任せること数日。懐かしい故郷、エルヴェール領の境界を示す門が見えてきた。しかし、私の心を占めていたのは感傷ではなく、窓の外に広がる光景への厳しいまなざしだった。
 最後にこの地を訪れたのは、父である先代辺境伯が亡くなった二年前。その頃の記憶にある豊かな緑は色褪せ、畑はひび割れ、活気のあった村々は静まり返っている。これが、私が受け継ぐべき領地の現在の姿だというのか。
 父の死後、領地の管理は王家が派遣した代官に任されていた。馬車が領主の館に到着すると、肥え太った代官が、作り笑いを浮かべて出迎えた。
「これはこれは、クラリス様。長旅、お疲れ様でございましたな」
「ええ。それよりも、この領地の惨状は一体どういうことですの? 私が知るエルヴェール領とは思えません」
 私の鋭い問いに、代官は一瞬たじろいだが、すぐさま言い訳を並べ立てた。
「ははあ。近年の干ばつがひどく、作物の育ちが芳しくないのです。民も気力を失っておりましてな。我々も手を尽くしてはいるのですが……」
 その言葉を、私は鼻で笑った。干ばつだけが原因ではないことなど、道中の景色を見れば明らかだった。
 館に入り、私は早速、代官と主要な役人たちを集めて宣言した。
「本日より、私がこのエルヴェール領の領主となります。まずは現状を正確に把握するため、領地のすべての帳簿と倉庫の検分を行います。一切の隠し立ては許しません」
 私の言葉に、役人たちの顔色が変わる。彼らが何かを隠していることは明白だった。
 それからの三日間、私は寝る間も惜しんで帳簿の監査に没頭した。父が遺した過去の記録と、現在の帳簿を一つ一つ照らし合わせていく。数字は嘘をつかない。そこには、代官たちの不正の痕跡がはっきりと残されていた。
 王家へ納める税とは別に、法外な重税が民に課せられている。その税収のほとんどは代官たちの懐に入り、帳簿上では「災害対策費」などと偽って処理されていた。本来、民に配給されるべき備蓄食糧も横流しされ、倉庫は空っぽに近い状態だった。
「……言語道断ですわ」
 全ての不正を洗い出し、証拠を揃えた私は、再び役人たちを招集した。そして、彼らの目の前に、改ざんされた帳簿と、真実の数字を記した書類を叩きつけた。
「これが、あなた方が『手を尽くした』結果ですの? 干ばつを言い訳に民から搾取し、私腹を肥やす。あなた方は、この領地に巣食う害虫そのものですわ」
 青ざめる代官を、私は氷のような視線で射抜く。
「あなた方が着服した金品は、すべて没収し、民に還元します。そして、あなた方には、自らが掘削を命じた無意味な水路工事の現場で、罪を償ってもらいますわ。もちろん、無報酬でね」
「そ、そんな……! 我々は王家から派遣された身ですぞ!」
 見苦しくわめく代官に、私は一枚の羊皮紙を見せつけた。それは、王宮を発つ際に、離婚の慰謝料代わりに国王陛下から直接下賜された、領地における全権委任状だった。
「私の決定は、国王陛下の決定と同じです。不服があると?」
 代官は言葉を失い、その場にへたり込んだ。腐敗した役人たちを即座に更迭し、父の代から仕えていた実直な老執事を中心に、新たな体制を構築する。
 だが、問題は山積みだった。不正を正しただけでは、この荒れ果てた土地は蘇らない。痩せこけた民の目には、私に対する警戒と不信の色が濃く浮かんでいた。彼らにとって、私は王都から来た“悪役令嬢”でしかないのだ。
「見ていなさい。私がこの地を、必ずや豊かにしてみせる」
 夜、執務室の窓から広がる闇を見つめながら、私は静かに誓った。これは罰ではない。私に与えられた、新たな舞台なのだと。
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