『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。

黒崎隼人

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第四章:運命の市場、若き商人との出会い

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 領地の改革が少しずつ軌道に乗り始めた頃、私は次の手を打つために、領内で唯一、かろうじて機能している市場へ視察に訪れた。活気は乏しく、並んでいる品も少ない。このままでは、たとえ豊作になったとしても、作物は領内で消費されるだけで終わってしまう。
「もっと大規模な流通路を確保しなければ……」
 思案に暮れながら市場を歩いていると、ひときわ熱心に、地元の農夫が売る干し草の品質を確かめている男がいた。上質な旅装に身を包んでいるが、その目は値踏みをする商人のものだ。年は私とそう変わらないだろう。精悍な顔立ちに、理知的な光を宿した瞳が印象的だった。
「そちらの方、何かお探しですの?」
 私が声をかけると、男は少し驚いたように顔を上げた。私の姿を一瞥し、私がただの貴族の娘ではないことを見抜いたのか、彼は丁寧にお辞儀をした。
「これは失礼いたしました。私はルシアン・ヴァリエールと申します。王都で商いを営む者です。この辺りの特産品を探しに参りましたが、どうにも活気がないようですな」
 その率直な物言いに、私はかえって好感を持った。
「私がこの地の領主、クラリス・エルヴェールです。あなたの言う通り、今のエルヴェール領に目ぼしい産物はありません。ですが、それは“今”の話ですわ」
 私の言葉に、ルシアンと名乗る商人は興味深そうに眉を上げた。
「ほう。と、おっしゃいますと?」
「私はこの領地を、国一番の穀倉地帯に、そして新たな特産品を生み出す場所に変えてみせます。あなたのような腕の良い商人がいれば、その計画はさらに加速するでしょう」
 私は彼を領主の館に招き、私の計画の全容を話して聞かせた。水路の確保、新たな農法、そしてまだ構想段階だったが、この土地の気候に適した果物やハーブを栽培し、加工品として売り出すという未来図を。
 ルシアンは黙って私の話に耳を傾けていた。彼の目は、私の言葉の真偽と、事業としての将来性を見極めようと、鋭く光っている。
「……面白い。実に面白い計画です、クラリス様」
 一通り話し終えると、彼は初めて笑みを見せた。それは、商売人の打算だけではない、純粋な好奇心に満ちた笑顔だった。
「ですが、計画はあくまで計画。実現できなければ絵に描いた餅にすぎません。あなたに、それが本当にできると?」
 挑発するような彼の問いに、私は臆することなく言い返した。
「できるかどうかではありません。私が、やるのです。あなたには、その未来に投資する気概がおありかしら?」
 しばしの沈黙の後、ルシアンはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「参りました。あなたのような領主には、初めてお会いした。良いでしょう、この話、乗らせていただきます」
 こうして、私と若き商人ルシアンとの間に、奇妙な協力関係が生まれた。彼は、私が開発を計画している地域特産品――例えば、香り高いハーブを使ったオイルや、日持ちのする果物の砂糖漬けなど――の独占販売権を条件に、流通路の確保と、王都での販路開拓を約束してくれた。
 彼との商談は、常に刺激的だった。互いの知識と経験をぶつけ合い、より良いものを生み出そうとする時間は、これまでの人生で感じたことのない充実感を与えてくれた。
 それはまだ、ビジネスパートナーとしての信頼関係でしかなかったが、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられるたび、私の心の奥底で、忘れかけていた何かが微かに揺れ動くのを感じていた。
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