悪役令嬢の役割を演じきり、婚約破棄で自由を手に入れた私。一途な騎士の愛に支えられ、領地経営に専念していたら、元婚約者たちが後悔し始めたようで

黒崎隼人

文字の大きさ
4 / 15

第03話「冷害の地を耕す希望の種」

しおりを挟む
 凍えるような冬の寒さが残るヴァイス領の朝、私は早朝から領地内を巡っていた。レオンが常に私の護衛として、一歩後ろに従っていた。彼の存在は、私の背後に確かな安心感を与えてくれた。
 館を出て、冷たい風が頬を撫でる中、私はまず領地の現状をこの目で確かめたかった。王都での社交よりも、今の私にとっては、目の前の現実の方がはるかに重要だった。

 ヴァイス領は、その地理的特性から厳しい気候に悩まされている。特にこの数年は冷害が続き、収穫は激減。領民は重税に苦しみ、その生活は疲弊しきっていた。
 村々の家々は古く、壁の隙間からは冷たい風が吹き込んでくるのが見て取れる。子供たちは痩せこけ、母親たちの顔には生気がなかった。彼らの瞳の奥に宿る絶望の影は、私の心を締め付けた。

「エルザ様……こんな場所まで、どうか」

 私の視線が、枯れた畑に釘付けになっていると、レオンが心配そうな声で尋ねた。彼の心配は理解できる。貴族の令嬢が、これほど荒れた農地を直接視察するなど、異例中の異例だろう。
 しかし、私は首を横に振った。

「見て見ぬ振りはできません、レオン。彼らの苦しみが、この領地の苦しみです。私が、彼らの希望とならなければ」

 幼い頃から学んできた帝王学、そして父である侯爵から受け継いだ統治の才能が、私の脳内で活性化していく。ただ漠然とした知識では終わらせない。私は今、私自身の足で立ち、この領地を再生させる責任を負っているのだ。

 まず私が着手したのは、寒さに強い新品種の作物の導入だった。古くからこの地で栽培されてきた小麦は、冷害に弱く、ほとんど実を結ばない。
 そこで私は、以前父の書斎で見つけた古い文献に記載されていた、より耐寒性の高い麦「銀風麦」の存在を思い出した。それはこの北の地で、かつて細々と栽培されていたが、手間がかかるため主流にならなかった品種だという。

 私はすぐに文献を再調査させ、現存する種子の確保に奔走した。そして、この銀風麦こそが、ヴァイス領を救う鍵になると確信した。

「ですがエルザ様、この銀風麦は、通常の麦よりも育成が難しく、収穫量も少ないと聞きます。本当に、これでよろしいので?」

 村の長老が、不安そうに私を見上げた。彼の言葉はもっともだ。
 だが、私は長老の目を真っ直ぐに見つめた。
「収穫量が少なくても、確実に育つ。それが今のヴァイス領に必要なものです。そして、栽培方法を改善し、収穫量を増やす努力をすればよいのです」

 私が次に計画したのは、特産品となる薬草園の育成だった。ヴァイス領は、寒冷な気候であるにもかかわらず、稀少な薬草が自生している場所がいくつかあった。これに着目し、安定した収入源を確保しようと考えたのだ。

 薬草園の候補地として選んだのは、館の裏手にある日当たりの良い斜面だ。土壌改良から始め、試行錯誤を繰り返しながら、最も適した薬草を選定していった。
 この作業は非常に地道で根気のいるものだったが、私の心には確かな手応えがあった。

 レオンは、私の計画に疑問を持つことなく、常に協力してくれた。彼は騎士でありながら、農作業の補助や領民との橋渡し役まで、嫌な顔一つせずこなした。彼の真面目さと誠実さが、私の心を深く慰めてくれた。

 ある日の夕暮れ、畑で作業を終えた帰り道、レオンが静かに口を開いた。
「エルザ様は、本当に素晴らしい」

 私は振り返り、彼の顔を見た。西の空に沈む夕日が、彼の横顔を赤く染めていた。
「何が、素晴らしいのですか?」

「領民の皆さんの顔を見てください。エルザ様がここに来てから、彼らの瞳に希望の光が戻り始めています」

 レオンの言葉に、私は改めて領民たちの表情を見渡した。確かに、以前の諦めに満ちた顔つきではなく、そこにはかすかな笑顔や、未来への期待が芽生え始めているようだった。
 私の具体的な政策と、何よりも領民に寄り添い、共に汗を流す姿が、彼らの心を少しずつ変えていたのだ。かつて私に向けられた警戒や恐怖の視線は、今や尊敬と信頼へと変わりつつあった。

「私はただ、自分ができることをしているだけです」
 と、私は控えめに答えたが、レオンの言葉は私の心にじんわりと温かさを広げた。
 誰かに認められる喜び、そして、誰かの役に立てる喜び。それは「悪役令嬢」の役割を演じていた頃には決して味わえなかった、純粋な感情だった。

「呪われた令嬢」という王都からの噂は、ヴァイス領の寒々しい風の中に薄れていき、代わりにエルザ・ヴァイスという一人の女性が、領民たちの新たな希望として信頼を築き始めていた。
 凍てつく大地に、春の足音が聞こえ始めたかのようだった。私は、この地の再生を通して、私自身の人生を再生させるのだと、改めて心に誓った。
 レオンの隣に立つ私の足元には、確実に新しい命が芽吹き始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

砂の揺籠

哀川アルマ
ファンタジー
 ハーブロート公爵家の愛人の子、レイラ・ハーブロート公爵令嬢は、典型的な我儘令嬢でどうしようもないと噂される。  義母も相当な放蕩な女で、苦労している姉のシローヌ・ハーブロート公爵令嬢に同情の声が寄せられ、ハーブロート公爵の名声は地に落ちつつあった。  王太子妃の開いたお茶会でも暴れるレイラだが…? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  初の投稿です。  楽しんでいただければ幸いです。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

無自覚チート令嬢は婚約破棄に歓喜する

もにゃむ
ファンタジー
この国では王子たちが王太子の座を競うために、生まれたばかりの有力貴族の令嬢を「仮婚約者」にして、将来の王太子妃、王妃として確保していた。 「仮婚約者」の数は、王子の母親である王妃や側妃の実家の力に大きく影響されていた。 クレアが生まれてすぐ「仮婚約」を結ばされたのは、側妃が産んだ第一王子だった。 第一王子を溺愛する祖父である公爵の力により、第一王子の「仮婚約者」の数は、12人にも及んだ。 第一王子は、ありえないくらい頭がお花畑のお馬鹿さんに育った。 クレアが定期的に催されている「第一王子と仮婚約者たちのお茶会」に行くときに、10歳年下の妹のルースが必ずくっついて登城するようになった。 妹ルースは、賢王になること間違いなしと噂されていた第五王子と心を通わせるようになっていった。 この国では、一貴族から王家に嫁げるのは一人だけ。 「仮婚約」を「破棄」できるのは、王族側だけ。 仮婚約者有責での仮婚約破棄には、家が潰れるほど法外な慰謝料が要求される。 王太子妃になれなかった「仮婚約者」は将来は側妃に、正妻になれなかった「仮婚約者」は側室にされ、「仮婚約契約」から解放されることはない。 こんな馬鹿げた王家の慣習に不満を抱いている貴族は少なくなかった。 ルースを第五王子に嫁がせるために、 将来性皆無の第一王子から「仮婚約」契約を破棄させるために、 関係者の気持ちが一つになった。

追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

exdonuts
恋愛
婚約者に裏切られ、王都を追われた伯爵令嬢リリシア。 絶望の旅路で出会ったのは、無口な辺境の竜騎士・カイル――彼は冷たく見えて、誰よりも優しかった。 王都で笑っていた者たちが、彼女の輝きに気づくのはずっと後のこと。 元婚約者よ、あの時の侮辱を今も覚えている? でも、もう私の隣には最強の竜騎士がいるの。 ざまぁと溺愛が交錯する、甘くて痛快な逆転劇。

処理中です...