5 / 15
第04話「王都の不協和音と心の葛藤」
しおりを挟む
ヴァイス領で着々と改革が進む一方、王都では、エルザという異分子を失ったことで、物語の不協和音が大きくなっていた。
ルキウス・アードラー王太子の私室には、どこか憂いを帯びた空気が漂っていた。彼は執務机に積み上げられた書類の山を前にしても、どうにも集中できないでいた。
彼の脳裏には、あの卒業舞踏会でのエルザの微笑みが焼き付いて離れなかった。
「その茶番、全てお見通しですわ、殿下」
あの言葉が、まるで呪文のように彼の頭の中を反響している。あの時、エルザは本当に何もしていなかったというのか。
いや、しかし、証拠はあったはずだ。リアナ嬢への嫌がらせ、他の令嬢への暴言。それらは、王宮の調査によって明確に裏付けられたものだったはずだ。
だが、なぜだろう。エルザのあの眼差し、全てを見透かしたような、冷たくも美しい瞳が、ルキウスの心を深く揺さぶっていた。
「殿下、本日の定例会議のお時間です」
近侍の声が、ルキウスを現実へと引き戻した。彼はため息をつき、重い足取りで執務室を出た。
最近のルキウスは、何かにつけて上の空だった。本来、王太子の座を継ぐ者として、彼は完璧な正義感を持ち、揺るぎない信念の持ち主であるはずだった。しかし、エルザの言葉が彼の世界観を打ち砕き、彼の正義は深い疑念に包まれていた。
リアナ・フレイ公爵令嬢もまた、同様に苦悩の日々を送っていた。彼女は自室の窓辺に立ち、王都の賑わいを見下ろしながらも、心は深く沈んでいた。
あの舞踏会の夜以来、彼女の胸には拭い去ることのできない罪悪感が募っていた。
「エルザ様は、本当に悪役だったのだろうか……」
リアナは、幼い頃から乙女ゲーム『煌めきの恋物語』のヒロインとして、無垢で純粋な心を持つと信じ込まされてきた。しかし、その「純粋さ」が、結果的にエルザを追い詰めたのではないかという疑念が、彼女の中で膨らんでいた。
あの時、ルキウス殿下がエルザを断罪した際、リアナは善意からエルザを庇おうとした。だが、その言葉が、かえってエルザの有罪を確固たるものにしてしまったのではないか。
「ごめんなさい……エルザ様……」
誰もいない部屋で、リアナは小さくつぶやいた。
彼女は、エルザが退学し、領地へ帰った後も、何度も侯爵家を訪れようとした。だが、その度に周りの貴族たちに止められ、結局、一度もエルザに会うことはできなかった。
貴族派の重鎮たちは、エルザを完全に排除することで、リアナを新たな王太子妃に据えようと画策していた。リアナはそのような思惑とは裏腹に、心からの謝罪を伝えたかったのだ。
乙女ゲーム『煌めきの恋物語』の登場人物たちは、エルザという異分子が物語から消えたことで、シナリオというレールを失い、自らの感情と向き合い始めていた。彼らは与えられた役割を演じることに慣れきっていたため、自らの意志で選択することの苦悩を知ったのだ。
「私がいなかったら、エルザ様は……」
リアナは、無力感に苛まれる日々に、心を疲弊させていた。彼女は、本当に自分が正しい道を進んでいるのか、分からなくなっていた。
周囲の大人たちは口々に「リアナ嬢は慈悲深く、まさしく王太子妃にふさわしい」と称賛するが、その言葉が、まるで鎖のように彼女の心を縛り付けていた。
一方、ルキウス殿下は、自身の行動原理に深い疑問を抱き始めていた。彼は本当に、自分の目でエルザを見ていたのだろうか?
彼女が悪行を働いたという証言も、結果だけを見て判断し、その真意を探ろうとしなかったのではないか。王太子として、何が正しく、何が間違っているのか。
彼の世界は、エルザの一言によって大きく歪められていた。
「もし、あの時……」
後悔の念が、ルキウスの心を覆い尽くす。だが、失った時間は取り戻せない。彼は、自身の愚かさと傲慢さを、深く反省するしかなかった。
乙女ゲームのシナリオという名の「呪縛」は、エルザだけにかかっていたわけではなかった。登場人物たちは皆、その見えない鎖に繋がれ、思考停止状態に陥っていたのだ。
そして、エルザが自らその鎖を断ち切ったことで、他の者たちもまた、その影響を受け始めていた。
王都は、表面上は穏やかさを保っていたが、その内側では、物語の根幹が揺らぎ始めていた。これは、新たな「真実の物語」が始まる序章に過ぎないことを、ルキウスもリアナも、まだ知る由もなかった。
彼らはそれぞれの場所で、自らの心と向き合い、苦悩を深めていた。そして、その苦悩が、やがて来る大きな変化の兆しとなるのだった。
ルキウス・アードラー王太子の私室には、どこか憂いを帯びた空気が漂っていた。彼は執務机に積み上げられた書類の山を前にしても、どうにも集中できないでいた。
彼の脳裏には、あの卒業舞踏会でのエルザの微笑みが焼き付いて離れなかった。
「その茶番、全てお見通しですわ、殿下」
あの言葉が、まるで呪文のように彼の頭の中を反響している。あの時、エルザは本当に何もしていなかったというのか。
いや、しかし、証拠はあったはずだ。リアナ嬢への嫌がらせ、他の令嬢への暴言。それらは、王宮の調査によって明確に裏付けられたものだったはずだ。
だが、なぜだろう。エルザのあの眼差し、全てを見透かしたような、冷たくも美しい瞳が、ルキウスの心を深く揺さぶっていた。
「殿下、本日の定例会議のお時間です」
近侍の声が、ルキウスを現実へと引き戻した。彼はため息をつき、重い足取りで執務室を出た。
最近のルキウスは、何かにつけて上の空だった。本来、王太子の座を継ぐ者として、彼は完璧な正義感を持ち、揺るぎない信念の持ち主であるはずだった。しかし、エルザの言葉が彼の世界観を打ち砕き、彼の正義は深い疑念に包まれていた。
リアナ・フレイ公爵令嬢もまた、同様に苦悩の日々を送っていた。彼女は自室の窓辺に立ち、王都の賑わいを見下ろしながらも、心は深く沈んでいた。
あの舞踏会の夜以来、彼女の胸には拭い去ることのできない罪悪感が募っていた。
「エルザ様は、本当に悪役だったのだろうか……」
リアナは、幼い頃から乙女ゲーム『煌めきの恋物語』のヒロインとして、無垢で純粋な心を持つと信じ込まされてきた。しかし、その「純粋さ」が、結果的にエルザを追い詰めたのではないかという疑念が、彼女の中で膨らんでいた。
あの時、ルキウス殿下がエルザを断罪した際、リアナは善意からエルザを庇おうとした。だが、その言葉が、かえってエルザの有罪を確固たるものにしてしまったのではないか。
「ごめんなさい……エルザ様……」
誰もいない部屋で、リアナは小さくつぶやいた。
彼女は、エルザが退学し、領地へ帰った後も、何度も侯爵家を訪れようとした。だが、その度に周りの貴族たちに止められ、結局、一度もエルザに会うことはできなかった。
貴族派の重鎮たちは、エルザを完全に排除することで、リアナを新たな王太子妃に据えようと画策していた。リアナはそのような思惑とは裏腹に、心からの謝罪を伝えたかったのだ。
乙女ゲーム『煌めきの恋物語』の登場人物たちは、エルザという異分子が物語から消えたことで、シナリオというレールを失い、自らの感情と向き合い始めていた。彼らは与えられた役割を演じることに慣れきっていたため、自らの意志で選択することの苦悩を知ったのだ。
「私がいなかったら、エルザ様は……」
リアナは、無力感に苛まれる日々に、心を疲弊させていた。彼女は、本当に自分が正しい道を進んでいるのか、分からなくなっていた。
周囲の大人たちは口々に「リアナ嬢は慈悲深く、まさしく王太子妃にふさわしい」と称賛するが、その言葉が、まるで鎖のように彼女の心を縛り付けていた。
一方、ルキウス殿下は、自身の行動原理に深い疑問を抱き始めていた。彼は本当に、自分の目でエルザを見ていたのだろうか?
彼女が悪行を働いたという証言も、結果だけを見て判断し、その真意を探ろうとしなかったのではないか。王太子として、何が正しく、何が間違っているのか。
彼の世界は、エルザの一言によって大きく歪められていた。
「もし、あの時……」
後悔の念が、ルキウスの心を覆い尽くす。だが、失った時間は取り戻せない。彼は、自身の愚かさと傲慢さを、深く反省するしかなかった。
乙女ゲームのシナリオという名の「呪縛」は、エルザだけにかかっていたわけではなかった。登場人物たちは皆、その見えない鎖に繋がれ、思考停止状態に陥っていたのだ。
そして、エルザが自らその鎖を断ち切ったことで、他の者たちもまた、その影響を受け始めていた。
王都は、表面上は穏やかさを保っていたが、その内側では、物語の根幹が揺らぎ始めていた。これは、新たな「真実の物語」が始まる序章に過ぎないことを、ルキウスもリアナも、まだ知る由もなかった。
彼らはそれぞれの場所で、自らの心と向き合い、苦悩を深めていた。そして、その苦悩が、やがて来る大きな変化の兆しとなるのだった。
12
あなたにおすすめの小説
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!
有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!?
「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。
でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした!
「君がいたから、この国は守られていたんだよ」
えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!?
竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート!
そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~
exdonuts
恋愛
婚約者に裏切られ、王都を追われた伯爵令嬢リリシア。
絶望の旅路で出会ったのは、無口な辺境の竜騎士・カイル――彼は冷たく見えて、誰よりも優しかった。
王都で笑っていた者たちが、彼女の輝きに気づくのはずっと後のこと。
元婚約者よ、あの時の侮辱を今も覚えている? でも、もう私の隣には最強の竜騎士がいるの。
ざまぁと溺愛が交錯する、甘くて痛快な逆転劇。
砂の揺籠
哀川アルマ
ファンタジー
ハーブロート公爵家の愛人の子、レイラ・ハーブロート公爵令嬢は、典型的な我儘令嬢でどうしようもないと噂される。
義母も相当な放蕩な女で、苦労している姉のシローヌ・ハーブロート公爵令嬢に同情の声が寄せられ、ハーブロート公爵の名声は地に落ちつつあった。
王太子妃の開いたお茶会でも暴れるレイラだが…?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
初の投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜
あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。
追放された彼女の能力は――
魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。
辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、
三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。
一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。
国家結界すら崩壊寸前に――。
「戻ってきてほしい」
そう告げられても、もう遅い。
私を必要としてくれる場所は、
すでに別にあるのだから。
これは、役立たずと呼ばれた令嬢が
本当の居場所と理解者を見つける物語。
無自覚チート令嬢は婚約破棄に歓喜する
もにゃむ
ファンタジー
この国では王子たちが王太子の座を競うために、生まれたばかりの有力貴族の令嬢を「仮婚約者」にして、将来の王太子妃、王妃として確保していた。
「仮婚約者」の数は、王子の母親である王妃や側妃の実家の力に大きく影響されていた。
クレアが生まれてすぐ「仮婚約」を結ばされたのは、側妃が産んだ第一王子だった。
第一王子を溺愛する祖父である公爵の力により、第一王子の「仮婚約者」の数は、12人にも及んだ。
第一王子は、ありえないくらい頭がお花畑のお馬鹿さんに育った。
クレアが定期的に催されている「第一王子と仮婚約者たちのお茶会」に行くときに、10歳年下の妹のルースが必ずくっついて登城するようになった。
妹ルースは、賢王になること間違いなしと噂されていた第五王子と心を通わせるようになっていった。
この国では、一貴族から王家に嫁げるのは一人だけ。
「仮婚約」を「破棄」できるのは、王族側だけ。
仮婚約者有責での仮婚約破棄には、家が潰れるほど法外な慰謝料が要求される。
王太子妃になれなかった「仮婚約者」は将来は側妃に、正妻になれなかった「仮婚約者」は側室にされ、「仮婚約契約」から解放されることはない。
こんな馬鹿げた王家の慣習に不満を抱いている貴族は少なくなかった。
ルースを第五王子に嫁がせるために、
将来性皆無の第一王子から「仮婚約」契約を破棄させるために、
関係者の気持ちが一つになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる