無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!

黒崎隼人

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第2話「石ころがパンに変わる日」

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 王都を追放されてから、一体何日が過ぎただろうか。正確な日数はもうわからない。昼は歩き、夜は木の根元で眠る。食事は森で採れる木の実か、運が良ければ川の水を飲むだけ。かつて勇者パーティーの一員として贅沢をしていた頃が、まるで遠い夢のようだ。
 栄養失調と疲労で、体は限界に近かった。足は棒のように重く、一歩進むごとに視界がぐらりと揺れる。
『腹が…減った…』
 胃がねじ切れるような空腹感に、思わずその場にうずくまった。道端に転がっている、ありふれた石ころが目に入る。何の変哲もない、灰色の石。無意識に、俺はそれを拾い上げ、いつもの癖でスキルを発動させた。
【鑑定】
 目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【名称】ただの石
【種別】鉱物
【情報】道端によく落ちている、ごく普通の石。特に価値はない。
 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
『だよな…』
 わかっていたことだ。こんなものに価値があるはずもない。だが、あまりの空腹に、俺の思考は正常ではなかったのかもしれない。
『ああ…これが、せめてパンだったらな…』
 焼きたての、ふわふわのパン。香ばしい小麦の匂い。そんな妄想が頭をよぎった、その瞬間だった。
 目の前の鑑定ウィンドウの文字が、まるで水面に映った月のように、ぐにゃりと揺らいだ。
『え…?』
 何だ、今の。疲労で見間違いでもしたのか?
 もう一度、手の中の石に意識を集中する。そして、先ほどよりも強く、強く念じた。
『この石が、パンになれ! 最高のパンに!』
 すると、信じられない光景が目の前で繰り広げられた。
 鑑定ウィンドウに表示されていた【名称】ただの石、という文字が、カタカタと震えながら点滅を始めたのだ。まるで、誰かがバックスペースキーを連打しているかのように文字が消え、カーソルだけがチカチカと点滅している。
『うそ…だろ…? これって、もしかして…』
 まるで魔法の書板に文字を刻むかのように、俺の意思がウィンドウに反映されていく。試しに、頭の中で「最高品質のパン」と入力してみた。
 すると、ウィンドウの【名称】の欄に、その文字が打ち込まれた。さらに、【情報】の欄も「王侯貴族が食すために、最高級の小麦と清らかな水で作られた逸品。一口食べれば至福の味わいが広がる」と書き換えてみる。
 エンターキーを叩くようなイメージで、強く確定を念じた。
 その刹那、手の中の石がまばゆい光を放った。思わず目を細め、再び開くと、そこには信じられないものが握られていた。
 ずっしりと重みのある、こんがりと焼き色のついたパン。鼻孔をくすぐる、甘く香ばしい匂い。
「ぱ、パンだ…」
 呆然とつぶやき、恐る恐る一口かじりつく。
 サクッとした歯触りの後、信じられないほど柔らかく、ほんのり甘い生地が口の中に広がった。う、うまい…! 今まで食べたどんなパンよりも、比較にならないほど美味い!
 俺は夢中でパンにかぶりついた。涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。それは空腹が満たされた喜びだけではなかった。
 俺のスキルは、ただ物を見るだけの【鑑定】じゃなかったんだ。物の情報を読み取り、そしてそれを書き換えることができる…【神の万年筆】とでも言うべき、とんでもない力だったのだ。
『なんで今まで気づかなかったんだ…!』
 思えば、勇者パーティーにいた頃は、常に鑑定結果を急かされ、ただ情報を報告するだけの機械になっていた。スキルについて深く考える余裕なんてなかった。あるいは、鑑定対象の魔力が強すぎたり、所有者が明確だったりして、俺の未熟な力では干渉できなかったのかもしれない。
 だが、この何の変哲もない、所有者のいない石ころだからこそ、俺の力が作用した。追放され、全てを失ったこの瞬間、俺は本当の自分を取り戻したんだ。
「はは…ははははは!」
 乾いた笑いがこみ上げてくる。アルス、セリア。お前たちはとんでもない勘違いをしていたようだ。俺は無能なんかじゃなかった。お前たちが手放したのは、世界さえも作り変えられる、唯一無二の力だったんだ。
 パンを全て食べ終え、力がみなぎってくるのを感じながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
 道はまだ続いている。だが、先ほどまでの絶望感はどこにもなかった。代わりに、胸の中には確かな希望の炎が灯っていた。この力があれば、何だってできる。どこでだって生きていける。
 まずは、安心して暮らせる場所を見つけることだ。こんな力、王都の近くで使えば面倒なことになるのは目に見えている。もっと人里離れた、静かな場所がいい。
 そうして俺は、再び歩き始めた。今度は、未来への確かな一歩を踏み出して。しばらく歩くと、古びた道標が目に入った。そこには「カラン村」と、かろうじて読める文字が刻まれている。地図にも載っていないような、辺境の村らしい。
『ちょうどいい』
 俺は迷わず、その道標が指し示す方角へと足を向けた。新たな人生は、ここから始まる。俺だけの、俺の力で切り拓く物語が。
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