嫌われていると思っていた冷酷公爵様、実は十年越しの片思いを拗らせた不器用ヤンデレでした。壮大なすれ違いの末に溺愛されてます

黒崎隼人

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第3話「奥様と侍女たちのティータイム」

 あの日、悪夢のような初夜を越えてから一週間が経った。リアム様とは、朝食と夕食の時間に顔を合わせるだけ。会話はほとんどなく、重苦しい沈黙が食卓を支配する。彼はいつも、まるで私の存在などないかのように、無表情で食事を終えるとさっさと自室へ戻ってしまう。

『うん、これでいいのよ。互いに不干渉。これが私たちの契約だもの』

 自分にそう言い聞かせるけれど、胸の奥がちくりと痛むのはどうしようもなかった。

 でも、落ち込んでばかりもいられない。私には「慰謝料を稼ぐ」という、壮大な目標があるのだから!

 アークライト公爵家は、王家に次ぐ広大な領地を所有している。まずはこの領地について知ることから始めなければ。そう思った私は、公爵家の侍女たちと積極的にお茶会を開くことにした。

 最初は、皆どこかよそよそしかった。侍女頭のエマさんなんて、あからさまに私を警戒していた。「氷の公爵」に嫁いできた、得体の知れない伯爵令嬢。そう思われても仕方ない。

「皆さん、いつもありがとう。堅苦しいのは抜きにして、色々なお話を聞かせてほしいの」

 私は手作りのお菓子と、実家から取り寄せた一番良い茶葉を振る舞い、にこやかに話しかけた。最初は戸惑っていた侍女たちも、私が貴族ぶらず、一人一人に丁寧にお礼を言う姿を見て、少しずつ心を開いてくれたようだ。

「奥様、このクッキー、とても美味しいですわ」

「まあ、嬉しい! これは私の母の秘伝のレシピなのよ」

 お茶会は三日も続ければ、すっかり打ち解けた雰囲気になった。特に、侍女頭のエマさんは、最初の氷のような態度が嘘のように、今では私の良き相談相手になってくれている。

「それで、エマ。この領地の特産品について、もっと詳しく教えてもらえるかしら?」

 ティーカップを置き、私は本題を切り出した。私の真剣な眼差しに、エマさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに真面目な表情で答えてくれる。

「特産品、でございますか。そうですね…北の森で採れる『星降り林檎』は、他領では見られない珍しい果物です。夜になると、皮が星のようにキラキラと輝くのですよ」

「まあ、素敵! お味はどうなの?」

「それが、非常に甘く香り高いのですが、果肉が柔らかすぎて日持ちしないため、ほとんど領内でしか消費されておりません。市場に出回ることは稀かと」

 日持ちしない、か。そこにビジネスチャンスの匂いを嗅ぎ取った私は、思わず身を乗り出した。

「その星降り林檎、ジャムや焼き菓子に加工したらどうかしら? そうすれば日持ちもするし、王都にだって運べるわ」

 私の提案に、侍女たちがぱっと顔を輝かせた。

「素晴らしいアイデアですわ、奥様!」

「きっと王都の貴婦人方に大人気になりますわよ!」

『いける! これはいけるわ!』

 私の心に、商売への情熱の炎が燃え上がった。他にも、南の谷で採れる香りの良い花や、肌に良いとされる温泉水など、この領地にはまだ知られていない宝物がたくさん眠っているようだった。

「まずは、その星降り林檎を使ったお菓子を試作してみましょう! 皆、手伝ってくれる?」

 侍女たちの元気な返事が、厨房に明るく響いた。私は嬉しくてたまらなくなった。この公爵家で、初めて自分の居場所を見つけられたような気がした。

 早速、厨房を借りて試作品作りに取り掛かる。侍女たちとああでもない、こうでもないと意見を出し合いながら、レシピを改良していく作業は、本当に楽しかった。

 星降り林檎のジャムは、想像以上の出来栄えだった。キラキラと輝く見た目はまるで宝石のようで、口に含めば芳醇な香りと上品な甘さが広がる。これをタルトやクッキーに使えば、間違いなく絶品になる。

 夢中になってお菓子作りに励んでいた、その時だった。

 ふと、厨房の入り口に、冷たい視線を感じた。ハッとして顔を上げると、そこにリアム様が立っていた。いつからそこにいたのだろう。彼は腕を組み、相変わらずの無表情で、こちらをじっと見つめている。

 その碧眼は、まるで全てを見透かすかのように鋭く、私の心臓はドクンと大きく跳ねた。

「旦那様…!」

 エマさんが慌てて声を上げる。侍女たちが一斉に頭を下げた。厨房の楽しかった空気が、一瞬にして凍りつく。

『まずい…! 公爵家の厨房を勝手に使って、遊んでいると思われたんだわ!』

 彼の視線は、明らかに私を責めているように感じた。公爵夫人としての品位を汚すな、とでも言いたげな、冷え冷えとした視線。

「…何をしている」

 地を這うような低い声。私は思わず体を強張らせた。

「こ、これは…その、領地の特産品を使って、新しいお菓子を…」

 しどろもどろに説明する私を、彼は鼻で笑うかのように、ふいと顔を背けた。そして、何も言わずにその場を去ってしまった。

 残されたのは、気まずい沈黙と、私の胸に広がる絶望感だけ。

「奥様、お気になさらないでください。旦那様は、いつものことで…」

 エマさんが慰めてくれるけれど、私の心はすっかり冷え切ってしまった。

 やっぱり、彼は私のやることなすこと、全てが気に入らないんだわ。侍女たちと馴れ合うのも、厨房で粉まみれになるのも、公爵夫人としてふさわしくないと、そう思っているに違いない。

 でも、だからって諦めるわけにはいかない。これは私の、私自身の未来のための戦いなのだから。

『見てなさい、リアム様。あなたの援助なんてなくても、私は一人で立派に生きていけるようになるんだから!』

 私はぎゅっと唇を噛み締め、作業台の上の美しいジャムを見つめた。

 この輝くジャムが、私の未来を照らす光になる。そう信じて、私は再び泡立て器を握りしめた。

 彼の冷たい視線が、私の商売への情熱を、さらに燃え上がらせる燃料になっていることなど、この時の私は思いもしなかった。

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