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第8話「王都を襲う、旱魃という名の絶望」
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恵みの谷での穏やかで充実した日々が続いていたある春のこと。
王都から戻ってきたリリアナが、深刻な顔で俺に告げた。
「アレン、大変なことになったわ。王国全土で、大規模な旱魃が始まっているの」
旱魃。つまり、日照りだ。
春になってもまとまった雨が降らず、川の水位は下がり、大地は乾ききっているという。
王国の食糧庫である中央平原の小麦畑は枯れ始め、農民たちは天を仰いで嘆いているらしい。
「このまま雨が降らなければ、今年の秋の収穫は絶望的よ。すでに王都では、小麦の価格が高騰し始めているわ」
リリアナの情報に、俺は眉をひそめた。
食糧危機。それは、国家の存亡に関わる大問題だ。
幸いなことに、俺たちの『恵みの谷』は、この旱魃の影響をほとんど受けていなかった。
俺たちが水源としているのは、森の奥深くを流れる地下水脈だ。地上の天候に左右されにくく、今のところ、水量が減る気配はない。
むしろ、強い日差しのおかげで、トマトやトウモロコシといった夏野菜は、例年以上にすくすくと育っていた。
「俺たちのところは大丈夫そうだな」
「ええ。でも、それは王国全体で見れば、ほんの例外よ。このままでは、冬になる前に、多くの民が飢えることになるわ」
リリアナの言葉に、俺は事の重大さを改めて認識した。
数週間後、リリアナの懸念は現実のものとなった。
旱魃はますます深刻化し、王国中から悲鳴が上がり始めた。各地で食料の奪い合いによる暴動が起き、治安は急速に悪化していく。
王宮も、各地の貴族たちに食料の供出を命じたが、どの領地も自分のことで手一杯で、効果的な対策は打てていないようだった。
そんな中、一つの噂が、王国中に広まり始めた。
『東の辺境に、旱魃の影響を受けず、なおも豊作を続ける奇跡の領地がある』
『そこでは、食べれば力がみなぎる魔法の作物が、山のように採れるらしい』
その噂の出所は、言うまでもなく、俺たちの『恵みの谷』だった。
リリアナを通じて王都に流通する、高品質な野菜や加工品が、人々の注目を集めたのだ。
最初は、ただの希望的観測のような噂だった。
だが、食糧危機が深刻化するにつれ、その噂は次第に現実味を帯び、人々の嫉妬と欲望を掻き立てるようになっていった。
***
そして、ついにその日がやってきた。
ある日の午後、谷の入り口に見慣れない一団が現れた。
立派な鎧に身を包んだ騎士たち。そして、豪華絢爛な馬車。
馬車から降りてきたのは、肥え太った、いかにも傲慢そうな顔つきの貴族だった。
男は、俺たちの豊かな畑を見回し、欲望にぎらつく目で舌なめずりをした。
「ほう、ここが噂の『恵みの谷』か。なるほど、見事なものだ」
男は、ゲオルグ・フォン・バルカスと名乗った。
王都でも有数の権力を持つ、大貴族の侯爵らしい。
「貴様が、ここの領主、アレン・クローバーか。若いな。その若さで、よくぞこれだけの土地を切り開いたものだ。褒めてつかわす」
バルカス侯爵は、見下すような態度で俺に言った。
その尊大な態度に、俺の隣に立つガルガンが、ギリリと奥歯を鳴らすのがわかった。
「して、本日はどのようなご用件で、このような辺境までお越しになったのですかな?バルカス侯爵閣下」
俺は、努めて冷静に、しかし皮肉を込めて尋ねた。
侯爵は、扇子で口元を隠し、嫌らしい笑みを浮かべた。
「なに、簡単なことだ。この国は今、危機にある。国王陛下も、臣民の窮状を深く憂いておられる。そこで、だ。貴様のこの豊かな領地と、その作物を、すべて我がバルカス家が管理してやろう、というのだ」
「……は?」
あまりに理不尽な物言いに、俺は一瞬、言葉を失った。
こいつは、一体何を言っているんだ?
「もちろん、貴様を無碍にはせん。我が配下として、この地の代官にでもしてやろう。悪い話ではあるまい?」
つまり、この領地を明け渡せ、ということか。
俺たちが、血と汗と涙で、ゼロから作り上げてきたこの『恵みの谷』を、何の苦労もしていないこいつに、ただでくれてやれと。
「ふざけるな!」
俺の代わりに、怒声を発したのはガルガンだった。
「ここは、アレン様が、俺たちが、魂を込めて作り上げた土地だ!それを、土の匂いも知らんようなアンタに、渡してたまるか!」
「黙れ、ドワーフ風情が。これは、王国の未来のための決定なのだ。一貴族が、私情で逆らえると思うなよ」
バルカス侯爵は、せせら笑う。
その時、リリアナが冷静な声で割って入った。
「侯爵閣下。アレン様のこの領地は、正式な手続きをもって、国王陛下より下賜されたものです。それを一方的に取り上げるなど、法に反するのではございませんか?」
「法、だと?小娘が。非常時において、法など些細な問題よ。それに、これは国王陛下の御意思でもあるのだ」
嘘だ。
リリアナの王都の情報網によれば、国王は民を思う、賢明な君主だと聞いている。こんな横暴を許すはずがない。
こいつは、国王の名を騙り、火事場泥棒のように、俺たちの領地を奪いに来たのだ。
俺の胸の奥で、静かな怒りの炎が燃え上がった。
ブラック企業の上司と同じだ。
自分は何の努力もせず、他人が築き上げたものを、権力を笠に着て奪おうとする、卑劣な搾取者。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「お断りします」
その一言に、バルカス侯爵の顔色が変わった。
「……何だと?聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」
「何度でも言いますよ。この『恵みの谷』は、俺と、俺の大切な仲間たちのものです。あんたのような強欲な豚に、指一本触れさせるものか」
俺の言葉に、周囲の空気が凍りついた。
バルカス侯爵の顔が、怒りでみるみるうちに赤く染まっていく。
「き、貴様……!この私を、誰だと思っている!ただの成り上がりの田舎貴族が、この私に逆らうというのか!」
「成り上がりで結構。だが、俺たちは、あんたたちのような旧態依然とした貴族とは違う。自分たちの力で、未来を切り開く覚悟がある」
俺は、一歩も引かなかった。
背後には、クワやカマを握りしめた、村人たちの姿がある。彼らの目にも、侯爵への怒りと、俺への信頼の色が浮かんでいた。
「……良いだろう。そこまで言うのなら、力づくで思い知らせてやる」
バルカス侯爵は、憎しみに満ちた目で俺を睨みつけると、騎士たちに命じた。
「聞け!このアレン・クローバーは、国王陛下の御命令に背く反逆者である!ただちに捕らえよ!」
「はっ!」
騎士たちが、一斉に剣を抜いた。
緊張が走る。
ガルガンが、工房から持ち出した巨大な戦鎚を構え、シルフィが、腰の短剣に手をかける。
一触即発。
俺たちの穏やかだった日常は、傲慢な大貴族の登場によって、突如として終わりを告げた。
だが、俺は絶望していなかった。
むしろ、闘志が湧き上がってくるのを感じていた。
守るべきものがある。共に戦ってくれる仲間がいる。
そして、俺には、この国の食糧危機を救うための、秘策があった。
「やれるものなら、やってみろ。俺たちの『恵み』を、そう安く渡すと思うなよ」
俺は不敵に笑い、向かってくる騎士たちを、まっすぐに見据えた。
俺たちの戦いが、今、始まろうとしていた。
王都から戻ってきたリリアナが、深刻な顔で俺に告げた。
「アレン、大変なことになったわ。王国全土で、大規模な旱魃が始まっているの」
旱魃。つまり、日照りだ。
春になってもまとまった雨が降らず、川の水位は下がり、大地は乾ききっているという。
王国の食糧庫である中央平原の小麦畑は枯れ始め、農民たちは天を仰いで嘆いているらしい。
「このまま雨が降らなければ、今年の秋の収穫は絶望的よ。すでに王都では、小麦の価格が高騰し始めているわ」
リリアナの情報に、俺は眉をひそめた。
食糧危機。それは、国家の存亡に関わる大問題だ。
幸いなことに、俺たちの『恵みの谷』は、この旱魃の影響をほとんど受けていなかった。
俺たちが水源としているのは、森の奥深くを流れる地下水脈だ。地上の天候に左右されにくく、今のところ、水量が減る気配はない。
むしろ、強い日差しのおかげで、トマトやトウモロコシといった夏野菜は、例年以上にすくすくと育っていた。
「俺たちのところは大丈夫そうだな」
「ええ。でも、それは王国全体で見れば、ほんの例外よ。このままでは、冬になる前に、多くの民が飢えることになるわ」
リリアナの言葉に、俺は事の重大さを改めて認識した。
数週間後、リリアナの懸念は現実のものとなった。
旱魃はますます深刻化し、王国中から悲鳴が上がり始めた。各地で食料の奪い合いによる暴動が起き、治安は急速に悪化していく。
王宮も、各地の貴族たちに食料の供出を命じたが、どの領地も自分のことで手一杯で、効果的な対策は打てていないようだった。
そんな中、一つの噂が、王国中に広まり始めた。
『東の辺境に、旱魃の影響を受けず、なおも豊作を続ける奇跡の領地がある』
『そこでは、食べれば力がみなぎる魔法の作物が、山のように採れるらしい』
その噂の出所は、言うまでもなく、俺たちの『恵みの谷』だった。
リリアナを通じて王都に流通する、高品質な野菜や加工品が、人々の注目を集めたのだ。
最初は、ただの希望的観測のような噂だった。
だが、食糧危機が深刻化するにつれ、その噂は次第に現実味を帯び、人々の嫉妬と欲望を掻き立てるようになっていった。
***
そして、ついにその日がやってきた。
ある日の午後、谷の入り口に見慣れない一団が現れた。
立派な鎧に身を包んだ騎士たち。そして、豪華絢爛な馬車。
馬車から降りてきたのは、肥え太った、いかにも傲慢そうな顔つきの貴族だった。
男は、俺たちの豊かな畑を見回し、欲望にぎらつく目で舌なめずりをした。
「ほう、ここが噂の『恵みの谷』か。なるほど、見事なものだ」
男は、ゲオルグ・フォン・バルカスと名乗った。
王都でも有数の権力を持つ、大貴族の侯爵らしい。
「貴様が、ここの領主、アレン・クローバーか。若いな。その若さで、よくぞこれだけの土地を切り開いたものだ。褒めてつかわす」
バルカス侯爵は、見下すような態度で俺に言った。
その尊大な態度に、俺の隣に立つガルガンが、ギリリと奥歯を鳴らすのがわかった。
「して、本日はどのようなご用件で、このような辺境までお越しになったのですかな?バルカス侯爵閣下」
俺は、努めて冷静に、しかし皮肉を込めて尋ねた。
侯爵は、扇子で口元を隠し、嫌らしい笑みを浮かべた。
「なに、簡単なことだ。この国は今、危機にある。国王陛下も、臣民の窮状を深く憂いておられる。そこで、だ。貴様のこの豊かな領地と、その作物を、すべて我がバルカス家が管理してやろう、というのだ」
「……は?」
あまりに理不尽な物言いに、俺は一瞬、言葉を失った。
こいつは、一体何を言っているんだ?
「もちろん、貴様を無碍にはせん。我が配下として、この地の代官にでもしてやろう。悪い話ではあるまい?」
つまり、この領地を明け渡せ、ということか。
俺たちが、血と汗と涙で、ゼロから作り上げてきたこの『恵みの谷』を、何の苦労もしていないこいつに、ただでくれてやれと。
「ふざけるな!」
俺の代わりに、怒声を発したのはガルガンだった。
「ここは、アレン様が、俺たちが、魂を込めて作り上げた土地だ!それを、土の匂いも知らんようなアンタに、渡してたまるか!」
「黙れ、ドワーフ風情が。これは、王国の未来のための決定なのだ。一貴族が、私情で逆らえると思うなよ」
バルカス侯爵は、せせら笑う。
その時、リリアナが冷静な声で割って入った。
「侯爵閣下。アレン様のこの領地は、正式な手続きをもって、国王陛下より下賜されたものです。それを一方的に取り上げるなど、法に反するのではございませんか?」
「法、だと?小娘が。非常時において、法など些細な問題よ。それに、これは国王陛下の御意思でもあるのだ」
嘘だ。
リリアナの王都の情報網によれば、国王は民を思う、賢明な君主だと聞いている。こんな横暴を許すはずがない。
こいつは、国王の名を騙り、火事場泥棒のように、俺たちの領地を奪いに来たのだ。
俺の胸の奥で、静かな怒りの炎が燃え上がった。
ブラック企業の上司と同じだ。
自分は何の努力もせず、他人が築き上げたものを、権力を笠に着て奪おうとする、卑劣な搾取者。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「お断りします」
その一言に、バルカス侯爵の顔色が変わった。
「……何だと?聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」
「何度でも言いますよ。この『恵みの谷』は、俺と、俺の大切な仲間たちのものです。あんたのような強欲な豚に、指一本触れさせるものか」
俺の言葉に、周囲の空気が凍りついた。
バルカス侯爵の顔が、怒りでみるみるうちに赤く染まっていく。
「き、貴様……!この私を、誰だと思っている!ただの成り上がりの田舎貴族が、この私に逆らうというのか!」
「成り上がりで結構。だが、俺たちは、あんたたちのような旧態依然とした貴族とは違う。自分たちの力で、未来を切り開く覚悟がある」
俺は、一歩も引かなかった。
背後には、クワやカマを握りしめた、村人たちの姿がある。彼らの目にも、侯爵への怒りと、俺への信頼の色が浮かんでいた。
「……良いだろう。そこまで言うのなら、力づくで思い知らせてやる」
バルカス侯爵は、憎しみに満ちた目で俺を睨みつけると、騎士たちに命じた。
「聞け!このアレン・クローバーは、国王陛下の御命令に背く反逆者である!ただちに捕らえよ!」
「はっ!」
騎士たちが、一斉に剣を抜いた。
緊張が走る。
ガルガンが、工房から持ち出した巨大な戦鎚を構え、シルフィが、腰の短剣に手をかける。
一触即発。
俺たちの穏やかだった日常は、傲慢な大貴族の登場によって、突如として終わりを告げた。
だが、俺は絶望していなかった。
むしろ、闘志が湧き上がってくるのを感じていた。
守るべきものがある。共に戦ってくれる仲間がいる。
そして、俺には、この国の食糧危機を救うための、秘策があった。
「やれるものなら、やってみろ。俺たちの『恵み』を、そう安く渡すと思うなよ」
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