石女と捨てられた欠陥オメガの私、北の怪物辺境伯様に買われ溺愛される~実は発情期が来ないのは最強の聖女の証でした~

黒崎隼人

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第3話「埃まみれの書庫と庭園」

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 あてがわれた「北の塔」の部屋は、広さは十分だったが、長年使われていなかったのか冷え切っていた。家具は高級品だが布がかかったままで、暖炉には火が入っていない。
 典型的な嫌がらせ、あるいは無関心の表れだろう。
 しかし、私は少しも苦ではなかった。王都の実家では、もっと狭く日当たりの悪い屋根裏部屋が私の定位置だったのだから。これだけの広さがあれば、研究機材を置くのに十分すぎる。
「リリアーナ様、失礼いたします」
 荷解きをしていると、控えめなノックと共に、栗色の髪をした若い女性が入ってきた。彼女は腕に大量の薪と毛布を抱えている。
「あ、あの……! これ、使ってください。旦那様はああ言ってますけど、こんな寒い部屋じゃ凍えちまいます」
 彼女はミレナと名乗った。城のメイドで、私の担当になったらしい。
「ありがとう、ミレナ。とても助かるわ」
「……え?」
 私が礼を言うと、ミレナはきょとんとした顔をした。
「ど、どうしたの?」
「いえ、その……オメガの貴族様って、もっとこう、ワガママで高飛車だと思ってたんで。私たちみたいなベータの使用人には口も利かないって聞いてましたから」
「そんなことはないわ。私は、ここではただの居候だもの」
 私は苦笑する。実際、実家では使用人以下の扱いだったのだから、誰かを見下すなんて発想自体がない。
 ミレナはパッと表情を明るくした。
「なんか、リリアーナ様って変わってますね! でも、悪い人じゃなさそうでよかった。これからよろしくお願いしますね!」
 彼女の手際よい作業で暖炉に火が灯ると、部屋はようやく人が住める温度になった。

 翌日から、私は自分の居場所を作るために動き始めた。
 ヴォルフガングとの約束通り、彼の邪魔はしない。城の運営にも口を出さない。だからといって、部屋に閉じこもっているつもりもなかった。
 私は執事のハンスに許可を取り、城内にある古びた図書室と、荒れ放題になっていた薬草園の管理を任せてもらうことにした。
「……本気でございますか?」
 ハンスは片眼鏡の位置を直しながら、呆れたように私を見た。
「ええ。本を読むのは好きですし、土いじりも苦になりません。それに、何もしないで食事をいただくのは申し訳ないので」
「……辺境伯夫人になろうという方が、土いじりとは」
 ハンスはため息をついたが、反対はしなかった。どうせ数日で音を上げると思っているのだろう。
 だが、それは甘い見積もりだ。私は王都での孤独な時間、ひたすら書物を読み漁り、こっそりと庭の隅で薬草を育てて自分の薬を作っていたのだから。

 それからの日々、私は灰色のドレスにエプロン姿で、埃まみれになりながら図書室を掃除し、雪に埋もれた温室を整備した。
 この城には、貴重な北方の植物に関する文献が山ほど眠っていた。
 氷雪花(ひょうせつか)の根の効能、白銀苔(はくぎんごけ)による魔力中和作用……。王都のアカデミーですらお目にかかれない知識の宝庫に、私は時を忘れて没頭した。
 温室では、枯れかけていた薬草たちに魔力を少しずつ注ぎ込み、再生させた。私の魔力は戦闘には不向きな微弱なものだが、植物の成長を促すことには長けている。これも「オメガの特性」とは無縁の、私だけの特技だった。

 そんなある日のこと。
 図書室の高い梯子に登って、棚の奥にあった分厚い魔導書を取り出そうとしていた時だ。
 背後で扉が開く音がした。
「……何をしている」
 低い声に驚いて振り返ると、そこにはヴォルフガングが立っていた。
 彼は城の巡回中だったのか、軍服の上に毛皮のマントを羽織っている。黄金の瞳が、薄汚れたエプロン姿の私をじっと見つめていた。
「こ、こんにちは、閣下。その、図書室の整理を……」
 バランスを崩しそうになり、慌てて梯子にしがみつく。
「お前、本当に変わっているな。着飾って俺の気を引こうとするわけでもなく、こんな埃っぽい部屋で掃除婦の真似事か」
 彼の言葉には棘があったが、以前のような殺意に近い嫌悪感は薄れている気がした。
「本が、可哀想でしたので。特にこの北部の植生に関する記述は、王都でも見たことがない貴重なものです。ここは素晴らしい知識の宝庫です。放置しておくのは国の損失かと」
「本が可哀想、か」
 彼は少しだけ口元を緩めたように見えた。それは嘲笑ではなく、もっと別の、興味深そうな表情だった。
「好きにしろ。ただし、俺の視界に入らない範囲でな」
 そう言って立ち去ろうとした彼の背中に、私は思わず声をかけた。
「あの、閣下!」
 彼は立ち止まり、面倒くさそうに振り返る。
「……お召し物の襟元、ボタンがほつれかけております。後ほど、ハンスさんに直していただくようお伝えください」
 彼は自分の首元に手をやり、一瞬驚いた顔をした。
「……気づかなかったな。お前、目がいいのか」
「いえ、ただ……ずっと見ていましたから」
 言ってから、失言だったと気づいて顔が熱くなる。ずっと見ていたなんて、まるで待ち伏せしていたみたいだ。
「い、いえ! 入ってこられた瞬間に、目についただけです!」
 ヴォルフガングは何も言わず、軽く鼻を鳴らすと、今度こそ部屋を出て行った。
 心臓がバクバクとうるさい。
 でも、拒絶されなかった。それだけのことが、なぜか少しだけ嬉しかった。
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