役立たずスキル再翻訳で追放されたけど、世界の概念を書き換える最強チートでした。辺境の貧乏村を最高の楽園に開拓します

黒崎隼人

文字の大きさ
6 / 16

第5話「豊穣とは、満たされることへの感謝である」

しおりを挟む
 収穫祭の熱狂が冷めやらぬまま、村は新たな活気に満ち溢れていた。

 有り余るほどの麦、そして芋。村の食料庫は、創設以来、初めて満杯になった。村人たちは、生まれて初めて「満腹」という感覚を味わい、その幸福を噛み締めていた。

「カイリ、見て見て!このパン、すっごく白くてふわふわだよ!」

 リリアが、焼きたてのパンを僕の目の前に突き出してきた。
 【再翻訳】で豊穣の大地と化した畑で育った麦は、品質も最高級だったらしい。その麦から作ったパンは、貴族が食べる一級品にも劣らない、見事な出来栄えだった。

「すごいな。パン職人になれるんじゃないか?」

「えへへ、そうかな?でも、これは小麦粉がいいだけだよ。カイリの魔法のおかげ」

 リリアはそう言って、幸せそうにパンを頬張る。
 その姿を見ているだけで、僕も幸せな気分になった。

 村の食料問題は、完璧に解決した。
 道具も、家も、水も、何1つ不自由はない。
 もはや、忘れられた谷は、この国で最も豊かな村と言っても過言ではないだろう。

『さて、これからどうするか』

 僕は、リリアが焼いてくれたパンを食べながら、今後のことを考えていた。
 このまま、この村で静かに暮らしていく。それもいい。
 でも、この豊かさを維持し、さらに発展させていくためには、何かが必要だ。

『金、だな』

 そう、貨幣経済。この村は、今まで自給自足で、外部との交流もほとんどなかった。だから、金という概念が希薄だ。
 しかし、これから先、何か新しいものを手に入れるためには、どうしても金が必要になる。例えば、塩や薬、あるいはもっと高度な道具など。

 幸い、僕たちには売るものが山ほどある。
 この最高品質の麦や芋は、王都に持っていけば、とんでもない高値で売れるはずだ。

 僕は、その考えを村長さんに話してみた。

「ふむ、交易か……。考えたこともなかったわい」

 村長さんは、長い髭をしごきながら、腕を組んだ。

「この村は、昔から外部の人間をあまり受け入れてこなかった。忘れられた谷、という名前の通り、忘れ去られることで平穏を保ってきたからのう」

「ですが、これだけの食料があるんです。このまま村で消費するだけでは、いずれ腐らせてしまうだけですよ」

 僕の言葉に、村長さんは頷いた。

「それもそうじゃな……。分かった。カイリ君の言う通りにしてみよう。だが、王都までは遠い。誰が、この荷を運ぶというんだ?」

「僕が行きます」

 僕は、即答した。

「カイリ君が?しかし、一人では危険じゃ……」

「大丈夫ですよ。それに、僕が行くのが一番いい。この作物の価値を、一番分かっているのは僕ですから」

 僕の決意が固いことを見て取ると、村長さんはそれ以上何も言わなかった。
 こうして、僕が村の代表として、収穫した麦を王都の市場で売ってくることが決まった。

***

 出発の準備は、すぐに整った。

 村で一番頑丈な荷馬車に、麦の袋を山のように積み込む。馬も、僕がこっそり【再翻訳】で「そこらの駄馬」から「王家の軍馬並みに屈強な馬」に書き換えておいた。これなら、長旅も問題ないだろう。

 出発の日の朝、村人たちが総出で見送りに来てくれた。

「カイリ君、気をつけてな」

「必ず、無事に帰ってくるんだぞ」

 口々に、僕の身を案じる言葉をかけてくれる。
 なんだか、家族に送り出されるような気分で、少し気恥ずかしい。

「カイリ、これ、持ってって」

 リリアが、布に包んだ何かを僕に手渡した。

「なんだ、これ?」

「お弁当。あたしが作ったんだ。道中で食べて」

 包みを開けると、中には焼きたてのパンと、干し肉、それからチーズが入っていた。

「……ありがとう。助かるよ」

「うん。……ねえ、カイリ」

 リリアは、何か言いたそうに、もじもじしている。

「なんだ?」

「……絶対、帰ってきてね。あたし、待ってるから」

 その言葉は、ほとんど囁きに近かった。
 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっている。

 僕は、そんな彼女の様子に、心臓が少しだけ、きゅっとなるのを感じた。

「ああ、分かってる。必ず帰ってくる。約束だ」

 僕は、彼女の頭をぽん、と軽く叩いた。
 リリアは、驚いたように顔を上げたが、すぐに、満開の花のような笑顔を見せた。

「うん!」

 僕は、リリアと村人たちに手を振り、荷馬車の御者台に飛び乗った。
 手綱を握り、馬に合図を送る。
 馬車は、ゆっくりと動き出した。

 忘れられた谷を、僕は生まれて初めて、外から見た。
 緑豊かな谷間に、新築同様の家々が並び、その向こうには黄金色の畑が広がっている。
 なんて美しい村だろうか。
 ここが、僕の居場所だ。

『必ず、帰ってこよう』

 僕は、改めて心に誓った。

***

 王都までの道中は、驚くほど順調だった。

 屈強な馬に「再翻訳」された馬は、疲れ知らずで走り続け、盗賊や魔物に襲われることもなかった。まあ、もし襲われても、その辺の石ころを「ゴーレム」にでも再翻訳すれば、簡単に追い払えただろうけど。

 数日後、僕は王都の城門をくぐった。
 追放された日以来、初めて見る王都の景色。
 あの時は、絶望と憎しみしか感じなかったこの街並みが、今はまるで違って見えた。

『さて、まずはどこで売るか』

 市場を歩き回り、いくつかの穀物商の店を覗いてみた。
 どの店も、それなりに賑わっている。
 僕は、その中でも一番大きくて、人の出入りが激しい店を選んだ。
 「ガルシア商会」という看板が掲げられている。

 店の前に馬車を止めると、すぐに恰幅のいい店主らしき男が出てきた。

「いらっしゃい。お若いのに、見事な荷馬車と馬ですな。何かお売りになるものでも?」

 店主は、品定めするような目で僕と馬車を眺めている。

「ああ。最高品質の麦を売りに来た」

 僕は、荷台から麦の袋を1つ下ろし、口を開けて中身を見せた。
 黄金色に輝く、大粒の麦。

 店主は、その一粒を指でつまみ上げると、眉間にしわを寄せた。
 そして、おもむろにその麦を口に放り込み、がりがりと噛み砕いた。

 次の瞬間、店主の顔色が変わった。
 見開かれた目には、信じられない、という色が浮かんでいる。

「こ、これは……!?なんだこの麦は!?」

 店主は、慌てて袋の中に手を突っ込むと、さらに多くの麦を掴み、匂いを嗅いだり、光に透かしたりしている。

「こんな麦、見たことがない……!香り、艶、粒の大きさ、どれをとっても完璧だ!一体、どこの畑で育てれば、こんな化け物みたいな麦ができるんだ!?」

「それは企業秘密だ。で、買うのか?買わないのか?」

 僕は、わざとふてぶてしい態度で言った。
 足元を見られてはたまらない。交渉は、常に強気でいかなければ。

「か、買う!買いますとも!これを全部、売っていただきたい!値段は、言い値で構いません!」

 店主の目は、もはや血走っていた。
 商人としての本能が、この麦がとんでもない価値を持つことを見抜いたのだろう。

『よし、食いついた』

 僕は、心の中でガッツポーズをした。
 そこからは、とんとん拍子に話が進んだ。
 僕が提示した値段は、相場の3倍。普通なら、門前払いされてもおかしくない法外な価格だ。
 しかし、店主は二つ返事でその値段を受け入れた。それどころか、「これだけの品なら、もっと高くてもいいくらいです」とまで言った。

 荷台の麦は、全てガルシア商会が買い取ることになった。
 僕の手元には、ずっしりと重い金貨の袋が残された。生まれて初めて手にする、大金だ。

「あの、お客様。もしよろしければ、今後もこの麦を、うちの店に卸していただけないでしょうか?もちろん、今日と同じ、いや、それ以上の価格で買い取らせていただきます」

 店主は、腰を九十度に曲げて、僕に懇願してきた。

「考えておこう。また気が向いたら、寄らせてもらう」

 僕はそう言い残し、空になった荷馬車に乗って、ガルシア商会を後にした。

『大成功、だな』

 これで、村に必要なものを何でも買うことができる。
 僕は、市場を回り、塩や砂糖、香辛料、薬、そして新しい服や本などを買い込んだ。

 買い物を終え、王都の門を出ようとした時だった。
 ふと、見覚えのある紋章を掲げた馬車が、僕の隣を通り過ぎていった。
 赤地に、金色の獅子。
 ――アルクライト公爵家の紋章だ。

 すれ違い様、馬車の窓から見えた横顔。
 それは、僕を追放した兄、アルフレッドだった。
 彼の顔は、何かに思い悩むかのように、険しい表情をしていた。

 僕と兄の視線が、一瞬だけ交わった。
 しかし、兄は僕に気づく様子もなく、そのまま王城の方へと去っていった。
 まあ、当然か。ボロボロの服を着た家出少年が、まさか自分の弟だとは思うまい。

 僕は、兄の乗った馬車が見えなくなるまで、その場に立ち尽していた。
 胸の中に、特に何の感情も湧いてこなかった。
 憎しみも、怒りも、悲しみも。
 ただ、遠い世界の出来事のように感じられた。

『もう、僕とは関係のない人たちだ』

 僕は、手綱を握り直し、馬車を走らせた。
 目指すは、僕の帰りを待つ人たちがいる、あの村。
 僕の、本当の故郷。

 早く帰って、リリアの笑顔が見たい。
 ただ、それだけを思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...