追放された悪役令嬢(実は元・最強暗殺者)ですが、辺境の谷を開拓したら大陸一の楽園になったので、今更戻ってこいと言われてもお断りです

黒崎隼人

文字の大きさ
4 / 26

第3話「まずは拠点と腹ごしらえから」

しおりを挟む
 巨大な魔獣ボアフェンリルを仕留めた一件は、谷の住人たちに大きな衝撃を与えた。それまで私たちを遠巻きに見ていた少数の領民たちが、恐る恐るといった様子で拠点に近づいてくるようになったのだ。

 彼らは元々、王都で罪を犯したり借金で首が回らなくなったりして、この谷に流れ着いた者たちだった。痩せて生気の無い目をしていたが、私が振る舞ったボアフェンリルのシチューを口にした彼らの目に、わずかな光が宿った。

「う……うまい……! こんなうまいもん、何年ぶりに食ったか……」

「この味付け、一体どうなってるんだ?」

 口々に上がる感嘆の声。私は澄まし顔で答える。

「ハーブを数種類使っただけですわ。臭み消しと、風味付けに」

『前世で覚えたサバイバル料理の知識が役に立ったな。乾燥肉とレーションばかりの生活はごめんだ』

 私は皆の前で、手際よくボアフェンリルを解体してみせた。硬い皮は剥いでなめせば防具になる。鋭い牙や爪は武器や道具の素材に。内臓は薬の材料になるものもある。そして肉は燻製にして保存食にする。捨てるところはほとんどない。私の淀みない作業に、領民たちはただただ感心するばかりだった。

「あんた、一体何者なんだ……? 貴族のお嬢様じゃなかったのか?」

 髭面の男が、警戒しながらも問いかけてくる。彼がこの谷のリーダー格のようだった。

「私はイザベラ。今日から、この谷の領主になった者です」

 私の言葉に、男たちは顔を見合わせ、やがて嘲るような笑みを浮かべた。

「領主だと? こんなクソみたいな土地の? あんたみたいな嬢ちゃんに、何ができるってんだ」

「ええ、何もできないかもしれません。ですが、少なくとも皆さんが今よりマシな生活を送れるようにはできます」

 私は自信を持って言い放った。そして、一つの提案をする。

「私に協力してください。そうすれば、毎日温かい食事と安全な寝床を保証します。まずは、この谷を人が住める場所に変えることから始めましょう」

 最初は半信半疑だった彼らも、飢えと寒さには抗えなかった。私が提供する食事、私が設計した頑丈な住居、そして何より魔獣を一人で倒す圧倒的な実力が、彼らの心を少しずつ動かしていった。

 こうして、私とセバスたち、そして元々の谷の住人たちによる、本格的な領地開拓が始まった。

 まず最初に取り組んだのは、安全な居住区の拡大と農地の開墾だ。地形を読み、最も日当たりが良く水を引きやすい場所を選んで開墾作業を進める。クワやスキといった道具は、街で買い揃えたものだ。

 しかし、問題は土壌だった。ゴツゴツとした岩が多く、土地も痩せている。普通の作物を育てても、まともな収穫は見込めないだろう。

『こういう時は、土壌改良からだな。手間はかかるが、やるしかない』

 私は皆に指示を出し、森から腐葉土をかき集めさせ、家畜のフンと混ぜて堆肥を作った。さらに、この寒冷な気候と痩せた土地でも育ちやすい作物を、前世の知識から選んだ。ジャガイモに似た根菜『ロックポテト』、蕎麦に似た穀物『グレイウィート』。これらは栄養価も高く、保存も効く。

 開拓作業は困難を極めたが、私は率先して働いた。ドレスを脱ぎ捨て動きやすい作業着に着替えると、男たちに混じってクワを振るい、石を運んだ。その姿に、最初は遠巻きに見ていた者たちも次第に手を貸してくれるようになった。

「お嬢様! そのような汚れ仕事は我々が!」

 セバスが慌てて止めに来るが、私は汗を拭いながら笑った。

「いいのよ、セバス。じっとしているのは性に合わないの。それに、領主自ら汗を流すからこそ、皆もついてきてくれるのでしょう?」

 私の言葉に、周りで作業していた男たちの顔つきが変わるのが分かった。彼らは今まで、貴族というものを搾取するだけの存在だと思っていたのだろう。だが、私という前例のない領主の姿に、戸惑いと、そして微かな期待を抱き始めていた。

 農作業と並行して、私はポーションの製造にも取り掛かった。谷に自生する月光草と清らかな泉の水を組み合わせ、独自の製法で精製する。出来上がったのは、市販のものより遥かに純度と効果が高い、特製の回復薬だった。

『これで安定した収入源が確保できる。このポーションをブランド化して、交易ルートを開拓すれば……』

 私の頭の中では、すでにこの谷を中心とした壮大な経済圏の構想が練られていた。王都を追放された悪役令嬢が、辺境の地で一大商圏を築き上げる。面白いじゃないか。面倒事は嫌いだが、自分の城を自分の手で作り上げるという作業は、存外に性に合っていた。

 ある日のこと、農地の見回りに出ていると、アンナが慌てた様子で走ってきた。

「お嬢様! 大変です! 高熱を出して倒れた者が!」

 駆けつけると、簡素な小屋のベッドに幼い少年が苦しそうに横たわっていた。顔は真っ赤に火照り、呼吸も荒い。額に手を当てると火のように熱かった。

「医者はいないのか!?」

「この谷には……薬師の一人もおりません」

 母親らしき女性が涙ながらに訴える。このままでは、この子は朝まで持たないかもしれない。

『……仕方ない』

 私は一つため息をつくと、懐から小さな革袋を取り出した。中には、私が密かに調合していた数種類の薬草が入っている。解熱作用のある『氷結草』、炎症を抑える『清流苔』、そして滋養強壮効果のある『太陽の実』の粉末。

「アンナ、お湯と杯を持ってきて。セバスは、この子の体を冷たい布で拭いてあげて」

 的確に指示を出し、私は薬草を手早く調合していく。その手際は熟練の薬師のようだった。出来上がった緑色の薬湯を、少年の口にゆっくりと流し込む。

 周囲の皆が、固唾をのんで見守っている。数時間後、少年の荒い息が少しずつ穏やかな寝息に変わっていった。真っ赤だった顔色も平常に戻りつつある。

「熱が……下がった……」

 母親が、信じられないといった様子で呟き、その場に泣き崩れた。彼女は私に向かって何度も何度も頭を下げた。

「ありがとうございます……! 領主様……! この御恩は、一生忘れません!」

 この一件が、谷の住人たちの心を完全に掴む決定打となった。彼らはもう私を「お嬢様」とは呼ばず、心からの敬意を込めて「領主様」と呼ぶようになった。

 面倒なことだとは思う。人の命を預かるというのは重い責任が伴う。だが、感謝されて悪い気はしなかった。裏社会では、誰かを救うことなど一度もなかったのだから。

『まあ、悪くない』

 夜、完成したばかりの見張り台の上で、私は一人、谷を見下ろしていた。開拓された農地、灯りがともる家々、そして人々の笑い声。数週間前まで不毛の地だった場所が、少しずつだが、確かに人の営みが感じられる場所に変わりつつある。

 ここが、私の国。私の城だ。誰にも邪魔されず、自分の思い通りに作り上げることができる、私の楽園。

「ふふっ」

 思わず笑みがこぼれた。前世でも、今世の王都でも、一度も感じたことのない充実感が胸に満ちてくる。追放されて、本当によかった。心からそう思える夜だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました

黒崎隼人
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢の私、前世の農業知識を活かしてスローライフを満喫!してたら、村人たちに女神と崇められ国を作ることに!

黒崎隼人
ファンタジー
断罪イベントで婚約破棄され辺境追放! 「待ってました!」とばかりに、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したエリアーナは、前世の農業知識を手に念願のスローライフを目指す。 石ころだらけの痩せた土地を堆肥や輪作で豊かな畑に変え、未知の作物で村を豊かにしていくエリアーナ。不愛想だけど実直な青年カイや素朴な村人たちと信頼を築く彼女の元に、やがて飢饉に苦しむ祖国から、かつての婚約者である王子が助けを求めにやってくる。 「国を救ってほしい」ですって? 申し訳ありませんが、お断りいたします。 私の居場所は、愛する人々と築いたこの緑豊かな大地。ざまぁも復讐も興味はないけれど、私たちの平和を脅かすなら話は別です! 知識チートで運命を切り開く、爽快逆転・建国ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄&追放コンボを決められた悪役令嬢ですが、前世の園芸知識と植物魔法で辺境を開拓したら、領地経営が楽しすぎる!

黒崎隼人
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王太子から婚約破棄と追放を告げられた公爵令嬢イザベラ。 身に覚えのない罪を着せられ、送られた先は「枯れ谷」と呼ばれる痩せ果てた辺境の地だった。 絶望の淵で彼女が思い出したのは、「園芸」を愛した前世の記憶。 その瞬間、あらゆる植物を意のままに操る【植物魔法】が覚醒する。 前世の知識と魔法の融合。 それは、不毛の大地を緑豊かな楽園へと変える奇跡の始まりだった。 堆肥作りから始まり、水脈を発見し、見たこともない作物を育てる。 彼女の起こす奇跡は、生きる希望を失っていた領民たちの心に光を灯し、やがて「枯れ谷の聖女」という噂が国中に広まっていく。 一方、イザベラを追放した王国は、天候不順、食糧難、そして謎の疫病に蝕まれ、崩壊の一途を辿っていた。 偽りの聖女は何の力も発揮せず、無能な王太子はただ狼狽えるばかり。 そんな彼らが最後に希望を託したのは、かつて自分たちが罪を着せて追放した、一人の「悪役令嬢」だった――。 これは、絶望から這い上がり、大切な場所と人々を見つけ、幸せを掴み取る少女の、痛快な逆転譚。

追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜

黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。 しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった! 不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。 そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。 「お前は、俺の宝だ」 寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。 一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……? 植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...