悪役令嬢に転生したので地味に生きたいと願ったら、レベル99がバレて問題児だらけの辺境学園長に任命されました

黒崎隼人

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第4話「辺境からの下克上」

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 ある春の日、王都から一通の知らせが届いた。年に一度開催される、王国中の魔法学園がその実力を競い合う「学園対抗魔法試合」の開催通知だった。

 この知らせを受け取った教師たちは、皆、一様に暗い顔をしていた。

「またこの季節が来てしまいましたか…」
「どうせ、参加しても一回戦負け。王都のエリートたちに笑いものにされるだけです」

 それもそのはずだ。辺境第三魔法学園は、この大会において万年最下位。毎年、参加するだけ無駄だと、他の学園から公然と嘲笑の的になってきた歴史がある。今年も参加を見送るべきだ、というのが教師たちの総意だった。

 しかし、私はその通知を読みながら、不敵な笑みを浮かべていた。

「何を言っているのですか。これほど素晴らしい機会はありませんわ」

 私の言葉に、教師たちは目を丸くする。

「絶好の機会、ですか?」
「ええ。私たちの学園が、どれほど生まれ変わったか。それを、王国中に知らしめるための、最高の舞台じゃないですか」

 私は、大会への参加を即決した。そして、生徒たちを講堂に集め、高らかに宣言した。

「皆さん、目標は、優勝ですわ!」

 一瞬の静寂の後、講堂は割れんばかりの歓声に包まれた。ユイ校長の元で自信と実力をつけた生徒たちは、もはや昔の彼らではなかった。自分たちの力を試したい。自分たちを馬鹿にしてきた連中を見返してやりたい。その思いで、全員の目がギラギラと輝いていた。

 大会当日。私たちは王都の巨大な競技場に足を踏み入れた。会場は、きらびやかな制服に身を包んだエリート校の生徒たちで埋め尽くされている。彼らは、ボロボロの制服を着た私たちを一瞥すると、あからさまに軽蔑したような視線を向けてきた。

「見ろよ、今年も来たぜ。辺境の落ちこぼれ軍団が」
「参加するだけ税金の無駄なのにな」

 そんな野次が、四方八方から飛んでくる。しかし、私の生徒たちは、もうそんな言葉に傷ついたりはしない。彼らは、静かに闘志を燃やし、胸を張って入場行進を行った。

 試合が始まった。私たちの初戦の相手は、騎士の名門貴族の子息が多く在籍する、優勝候補の一角と目される学園だった。屈強な体格の騎士見習いたちは、試合開始の合図と共に、私たちを一気に叩き潰そうと猛然と突進してきた。

 観客席の誰もが、辺境学園の秒殺を予想しただろう。しかし、現実は違った。

「皆、練習通りに!」

 私の声が響く。その瞬間、生徒たちは完璧な連携を見せた。

 まず、錬金術師の生徒が、足元に無数の粘着爆弾をばらまく。敵がそれに気を取られた瞬間、召喚術師の生徒が呼び出した無数の小さな契約獣たちが、一斉に敵の視界を塞いだ。そして、混乱した敵の陣形の僅かな隙間を、ロイが放った極細の魔力の矢が、針の穴を通すような精度で射抜いていく。それは、相手の武器だけを弾き飛ばし、戦闘不能にするという神業だった。

 エリート校の生徒たちは、何が起こったのか分からないまま、次々と武器を失い、身動きを封じられていく。彼らの得意とする力任せの突撃は、私たちのトリッキーで予測不能な戦術の前では、全くの無力だった。

 結果は、私たちの圧勝。会場は、信じられないものを見たというような、異様な静けさに包まれた。

 この一勝は、決してまぐれではなかった。私たちは、続く二回戦、三回戦も、それぞれの生徒の個性を完璧に連携させた、常識外れの戦術で勝ち進んでいった。

 魔力の流れを読んで敵の魔法を無力化する生徒。幻術で敵を惑わせ、同士討ちを誘う生徒。自作の魔道具で、相手の魔力を吸収してしまう生徒。一人ひとりの力は、エリート校の生徒に及ばないかもしれない。しかし、彼らのユニークな才能が噛み合った時、それはどんなエリート集団をも凌駕する、最強のチームとなったのだ。

 そして、私たちはついに、決勝戦へと駒を進めた。

 決勝の相手は、この国の最高学府、王立第一学園。ゲームの主人公であるヒロインと、第一王子をはじめとする攻略対象たちが在籍する、最強の学園だ。

 試合前の控室で、生徒たちは緊張で顔をこわばらせていた。

「大丈夫。あなたたちは、もう十分に強い。いつも通り、自分と仲間を信じて戦うだけですわ。私が育てた生徒たちが、負けるはずありませんから」

 私がそう言って微笑むと、生徒たちの顔に、いつもの自信に満ちた表情が戻ってきた。

 決勝戦の幕が切って落とされる。王立第一学園の生徒たちは、さすがにこれまでの相手とはレベルが違った。一人ひとりが高い魔力を持ち、洗練された魔法を繰り出してくる。特に、ゲームのヒロインは、聖女の名の通り、強力な光の魔法と回復魔法で、鉄壁の守りを築いていた。

 一進一退の攻防が続く。私たちの奇策も、王子たちの卓越した個々の技量と、ヒロインのサポートによって、ことごとく防がれてしまう。試合は膠着状態に陥り、生徒たちの体力と魔力も、限界に近づいていた。

 観客席の誰もが、辺境の奇跡もここまでか、と思い始めたその時。私は、ベンチから静かに立ち上がった。そして、たった一言、ロイに指示を送った。

「ロイ、あのお嬢様の聖なる光…その源を、断ちなさい」

 それは、常人には不可能に思える指示だった。ヒロインが放つ光の魔法は、彼女自身から発せられているように見える。しかし、私は見抜いていた。彼女が、競技場の床下に張り巡らされた魔力補助装置から、無意識にエネルギーを吸収していることを。

 ロイは、こくりと頷いた。彼は、目を閉じ、極限まで集中力を高める。彼の周りの空気が、しんと静まり返った。次の瞬間、彼の手から放たれた一本の魔力の矢は、まるで意思を持っているかのように、複雑な軌道を描きながら、競技場の床の一点に吸い込まれていった。

 直後、ヒロインを包んでいた神々しい光が、かき消すように消え失せた。

「なっ!?」

 突然の魔力供給の途絶に、ヒロインも王子たちも、動揺を隠せない。

 その一瞬の隙を、私の生徒たちは見逃さなかった。

「今ですわ!」

 私の号令一下、全生徒が、残された最後の魔力を振り絞り、最大の一斉攻撃を仕掛けた。それは、学園で培ってきた、彼らの個性のすべてを注ぎ込んだ、渾身の一撃だった。

 爆発、幻術、召喚獣、魔力の矢…色とりどりの魔法が、まるで一つの芸術作品のように絡み合い、王立第一学園の陣地へと殺到する。

 そして、試合終了を告げるブザーが、高らかに鳴り響いた。

 勝者、辺境第三魔法学園。

 そのアナウンスが響き渡った瞬間、会場は爆発的な歓声に包まれた。誰も予想しなかった、いや、誰もが不可能だと思っていた、辺境からの下克上。その歴史的瞬間に、観客たちは熱狂していた。

 生徒たちは、泣きながら抱き合い、喜びを分かち合っていた。その姿を、私は校長席から、満足げな笑みを浮かべて見つめていた。

 この快挙は、王国中に衝撃を与え、「辺境の奇跡」として瞬く間に大きな話題となった。嘲笑の的だった辺境第三魔法学園は、一夜にして、王国で最も注目される学園へと変貌を遂げたのだ。

 学園には、入学希望者が殺到し、私の元には、その型破りな経営手腕と教育方針に注目した有力貴族や大商人からの、莫大な額の支援の申し出が、雪崩のように舞い込んでくるようになった。

 私の学園経営は、ついに、本当の意味で軌道に乗ったのだ。しかし、この劇的な成功が、新たな、そしてより巨大な脅威を呼び覚ますことになるのを、この時の私はまだ知らなかった。
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