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【クロエ編】
第7話 撃ち放たれた矢は飛び続けることは叶わず、戻ることもない~前編~
しおりを挟む「詫びないの?」
静まり返った室内に、アンヌの涼やかというには冷たすぎる声が響いた。
「あ゛?」
それが自分に対してのものだと気付いたジョルジュが、声と顔で威嚇する。
反射的な行動だ。
相手が誰か考えもしないでしたことだったようだ。
アンヌを見た瞬間、表情を消して誤魔化した。
「ねぇ、詫びないの? 殴ったんだよ? 謝罪しないと大変なことになるよ?」
「わ、詫びる必要なんてない。俺は伯爵家、こいつは男爵家だ。親父からこいつの親に見舞金を渡してもらえば終わりさ。場合によっちゃ、向こうから頭を下げてくるだろうぜ」
爵位が上であれば、職場や組織でも立場が上の可能性が高い。
そうなれば、問題を大きくして立場をなくすことを恐れた下の身分の親が、折れることも十分に考えられるのだ。
貴族同士のトラブルではよく聞く話だった。
「あなた何も知らないのね。本当に貴族なの?」
呆れ果てた様子で、アンヌは首を振った。
ありえないと言いたげだ。
「ここ最近の社交界では、話題を独占していたはずよ?」
「な、何のことだよ」
社交界では虚勢を張って自分をよく見せることにばかり躍起になっているジョルジュは『話題』を気にかけたことがない。
貴族家当主や家督を継ぐ長男ならともかく、妾腹の子で六男のジョルジュにとっては意味があまりないのだ。
「カロスターク様は『男爵家の子』じゃないの。彼自身が男爵なの。当主なのよ!」
「は?」
ジョルジュの時が止まった。
目の前の自分とたいして歳の違わない奴が貴族家の当主?
意味が解らない。
いや、理解することを頭が拒否している。
「ああ、そっか! レッドルア家! 聞き覚えがないのになんか気にかかってたけど、それでわかったわ!」
「商人出身でありながら王命を受けて準男爵に、そして男爵にも昇爵したって噂の彼か?!」
「つながりのある家ばかり集められているって思ってたから思いつきもしなかったわ」
「そうだよ。宰相様と縁続きの者で正式な婚約者のいない者を集めた会だって聞いてたからな」
エマとニコラが騒ぎ出した。
身内の集まりだと思っていたので、気付けていなかったようだ。
レッドルア家は新興なので貴族同士の繋がりがほぼない。
ここにいるはずがないという認識だった。
「少し違うわ」
アンヌが訂正を入れた。
「違う?」
「少し?」
「宰相様が今後もつながりを持っていたい、持ちたい家の者が集められているのよ。ここで自分の一族と交流を持たせれば取り込めるから」
「ああ」
「そういうことか」
納得したとエマとニコラが事実を受け入れた。
宰相がそうやって人脈を築き上げてきたことはよく知られている。
「な、なに、それ。私そんなの聞いてない! あんた、なんでそんなこと知ってんのよ!?」
クロエが喚き出した。
状況的にヤバいと思い始めたらしい。
「兄に聞いたのよ。なんとしても、御近付きになれとの厳命付きでね」
「ああ。だからジョルジュを無視して、私にばかり話しかけていたわけですか」
ルックスで大幅に負けていて家柄でも勝ててない。
なぜ、ジョルジュに靡かないのかと不思議だったカロスタークは、謎が解けてスッキリしたと息をついている。
「集められているのはこれだけじゃないはずで場所も何カ所かに分けられているだろうに、よくピンポイントで潜り込めたね」
「カロスターク様にはお判りでしょう? 渡す相手さえ間違えなければ、賄賂というものは一定の効果を発揮するものなのですわ」
「な、なるほど」
堂々と賄賂の使用を宣言されて、さしものカロスタークも精神的に半歩よろめいた。
美人で性格もよさそうに見えるアンヌも、やはり貴族なのである。
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