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【エルザ編】
第8話 風は時に花を折る
しおりを挟む園遊会当日。
『一応』は婚約者としての体裁は整え、エルザと連れ立って歩く。
なんというか、カロスタークの気分は借り物のハンドバッグだ。
「ピエール様!」
突然、エルザが駆けだした。
人の輪の中心で笑顔を振りまいているイケメンめがけて一直線だ。
察するに、これが『本命』の『あの方』であるようだ。
「えっと・・・どなたでしたでしょうか?」
じっと顔を見返したものの、覚えがなかったらしく彼は申し訳なさそうに確認の問いをかけている。
何となく予想はしていたが、『あの方』はエルザのことなど覚えてすらいないらしい。
「ちょ、とぼけないでよ。忘れちゃったなんて面白くない冗談はやめてくださいまし」
憤慨したように言い返すが、相手は完全に困惑顔だ。
「エルザですよ。エルザ・フォン・シエルアージュ!」
思ったような反応がないことで、少しは焦ったのか顔を近付けて名乗るエルザ。
「あ——」
それを見て、何かを思い出したらしい『あの方』。
途端に、不機嫌そうに顔を歪めた。
「学院卒業のときに婚約を迫ってきた奴か」
例の『卒業時の婚約』を持ち掛けていたわけか。
思いを寄せていたのだから、それぐらいは当然していたわけだ。
「ええ。そうですわ。あのときは家に決められた『婚約者がいる』からできなかったのでしたわね。ですが。今のあなたならは家が決めた意に沿わない婚約など撥ね退けられるでしょう?」
勝ち誇った顔で、『あの人』の隣にいる女性との間に割り込もうとしている。
「え?」
だが、そうはいかない。
『あの方』が見事な体捌きでいなしている。
「意に沿わないなどと言うことはない。私は彼女を十分に愛している。それに、今日は彼女との結婚発表のためのパーティーだぞ。妙なことを言わないでくれ」
『婚約者』だという女性を庇いつつ、エルザを拒絶した。
やはりと言うべきか、エルザの完全な思い込みだったようだ。
「義理の父母となる彼女の御両親に不安がられていたのを見返すため、がんばってようやく功績を上げることができた。義父母にも認めてもらえる大きな功績だ。それがあっての晴れの日なのに。なにしに来てんだよ!」
本気で嫌そうに『あの方』が拒絶を示した。
「う、うそ」
信じられないと首を振るエルザ。
「だ、だって。家同士の婚約なのよ。愛なんてあるわけない。都合がいいだけの契約でしょ? 功績上げて実力を示したんなら、自分の気持ちに素直になっていいの! 私とやり直しましょ?」
「やだよ。相変わらず人の話を聞かないな、君は。俺は元から君が嫌いだった。学院当時、俺の婚約者に嫌がらせばかりして。その執拗さと悪辣さには心底辟易してたんだ。この世界に女が君だけになったとしても、俺は君を好きになんてならないよ!」
「う、うそ。ね、ねぇ。ちょっと二人で話せない? なにか誤解があるなら説明したいし」
「必要ない。誤解なんてないからな。とっとと出て行ってくれ」
完全拒否。
同時に、周囲の者たちも排除しようというのか半歩前へ出た。
「愛することも、愛されることも理解できない。かわいそう」
恋敵——エルザが一方的に敵視していただけ——の一言が決定的だった。
エルザは必死に顔を上げ、ふんぞり返って背中を見せた。
ぐんぐんと足早に去っていく。
自分の敗北を悟ったのだ。
頭がおかしくなってはいても、わずかばかりの分別は残っていたらしい。
「ご迷惑をおかけしました」
前へ出てカロスタークは頭を下げた。
「貴殿は?」
「エルザの婚約者です」
「アレの?!」
かなり驚いたようだ。
当然か。
「浮世のしがらみというやつですよ」
「ああ。御父上が『貴族院』議長であられたな」
力ある貴族の一人だ。
いろいろあるんだなと納得したらしい。
「大変そうだ。謝罪を受け入れよう」
「ありがとうございます」
礼儀を尽くしたカロスタークは、足早にエルザの後を追った。
第9話 蜜なき花に蜂は寄らず
園遊会の場を騒がせない程度の速足で、カロスタークはエルザを追った。
仮にも『婚約者』。
これ以上おかしなことはさせられない。
そう思ったからなのだが、杞憂だった。
追いつく直前に、その光景が目に飛び込んできたのだ。
「この恥知らずめが!」
シエルアージュ侯爵だ。
婚約するときに会って以来の再会だが、エルザを引っ叩く場面で顔を合わせることになろうとは。
なんと声を掛ければいいのやら。
カロスタークは足を止め、茫然と突っ立っていた。
「カロスターク君か。すまない。娘がとんだ恥をかかせてしまった」
カロスタークに気が付いた侯爵が居たたまれない表情で詫びた。
大勢の前で恥をかかせたのだ。
侯爵といえどこうなりもする。
「婚約解消と言われてもやむを得ないと覚悟はしている」
固い口調で侯爵が言ったとたん、エルザが反応した。
「カロスターク様!」
弾かれたような速度で移動して、カロスタークの腕に縋りつく。
「わたしの婚約者は貴方だと、ようやく気が付けたの。一からやり直しましょう」
「悪いけど、そんな気はないよ」
「え? 『あの方』・・・いえ。アレの話は二度としませんから!」
『あの方』がいきなり『アレ』呼ばわりか。
なんて節操のない女なのか。
呆れ果てる。
「あのさ。そんなコロコロ態度を変えるような人間、信用できると思うか?」
「——っ。む、昔の思い出を美化しすぎて、ちょっと傲慢になってたことは謝るから!」
「ちょっと、ねぇ?」
とてもじゃないが「ちょっと」で済むものではなかったとカロスタークが指摘すると、エルザは俯いて何も言えなくなった。
下手に出たことがないので言葉を思い付けないのだろう。
「こういうわけなので、婚約は破棄で」
「そうか——。残念だが、やむを得ないな」
復縁を拒否されたエルザは、父親のシエルアージュ侯爵に引きずられるようにして連れ去られていった。
カロスタークにとって三度目の婚約者は、そうして姿を消したのである。
その後。
風の噂によるとエルザは、王国で一番過酷だとされる修道院に放り込まれ、世俗の穢れを払うべく身を清め続けているそうだ。
朝から晩まで神に祈りを捧げ、水垢離をして心身を清める毎日だとか。
よいことだ。
男がいない環境であれば、頭がおかしくなるような妄想もできないだろう。
「ま、もうどうでもいいけど」
見慣れてきたサロンの天井を見上げ、カロスタークはフランソワが聞き込んできた噂話を聞き流した。
シエルアージュ侯爵の別邸は、今もカロスタークの居所となっている。
もともとエルザのために建てたものだったのだそうだ。
そのエルザが修道院に入ったからには不要だということで、慰謝料代わりにもらったのだった。
使用人もそのままついてくる。
賃金はシエルアージュ侯爵の負担だ。
ただし、エルザ付きだった使用人は解雇された。
エルザに妙な知恵を吹き込んでいたことが、他の使用人によって証言されている。
侯爵家から解雇された初老の女・・・野垂れ死にがほぼ確定だ。
同情はしない。
「ここなら、七・八人は側室がいても大丈夫ね」
セザールが、なぜか楽しそうに言ってくる。
広いということで、すでにセザールとフランソワも一部屋確保しているのだ。
「いや、そんなにいらないけど?!」
側室だけで八人とか!
妻入れたら二桁か?
身が持たないだろ!?
戦慄するカロスタークだった。
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