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【戦場にて】
第11話 帝国軍司令第五皇女ヒルデガルド ②
しおりを挟む南進する帝国軍本隊に、訪問客があった。
茶髪の商人である。
「華麗なるヒルデガルド様のご尊顔を拝する栄誉に浴し、感激に身も震える想いでございます」
挨拶に訪れた茶髪の商人は、地面にめり込むほどに頭を下げて平伏した。
相手の気性を知っているからである。
「言葉は飾らんでよい。飾らぬでも我は美しいによってな」
事実として美しいのだから、言葉の無駄な装飾はいらぬという意味だ。
「して。なに用か?」
「はっ。私めは財務卿の命により、王国軍の糧食を買い占めた者にございます」
「ああ。聞いておる。王国兵を飢えさせるという作戦であったな。さすがは財務卿、気が利くものだと感心したものよ。うまく行ったのであろうな?」
ギロリと睨みが利かされた。
万が一、失敗の報告でもするつもりなら覚悟しろ、そんな目だ。
「もちろんでございます。王国軍への補給は数日中に途絶えます」
「数日中?」
買い占めたのではないのかと、蔑みが入った。
「帝国側の町々の物は買い占めました。ですが、王都周辺から運ばれてくる軍の物資を買うことはできませんので」
王国軍が自ら用意した補給物資には手が出せなかったのだとの弁明だ。
「ふむ。なればやむを得ぬか」
しかたがないと、目の剣呑さがわずかに緩む。
「ここへ参る前、王国軍の指揮官の下を訪ねましたところ、相当に焦りを感じている様子でした。格好をつけて余裕ぶっては居りましたが、陣中を見るに物資はもうもつまいかと」
「遠路はるばるやってきて、エサがないでは困るであろうな」
「御意」
「では、エサを用意するとしようか。我は慈悲深いからのう」
ニタリ。
慈悲とは無縁そうな酷薄の笑みが浮かんだ。
その目前。
話が終わったことを察した女文官が、無言で茶髪の商人の元へ歩み寄る。
彼女の動きは機械的で、目には光がなかった。
まるで魂を抜かれた人形のように、ただ命じられた通りに動いている。
「……お客様への“礼儀”を」
そう呟く声だけが、妙に艶を帯びていた。
それは、ヒルデガルドの命によって定められた“儀式”の一環。
彼女の側近たちは、主の意向に従い、訪問者に“歓待”を示すよう訓練されている。
それが、帝国の“礼節”という名の狂気だった。
◇
ガタガタと音を立てて数十の荷馬車が進む。
荷台に幌をかけた荷駄隊だ。
警護の兵は少数の騎馬のみ。
防備の厚さよりもスピード重視。
どこかへ急ぎ補給物資を届けようとのことなのだろうと思われる。
先行している味方への物だった。
予定より遅れてしまい、慌てて運んでいるところなのだ。
味方の持参した物資の量からして、もうそろそろ尽きる頃と計算できるからである。
大敗して兵士が極端に減っていなければ。
荷馬車には相当に多くの物が積まれているらしく、轍が深い。
そして、急いでいるはずだというのに、脚も鈍かった。
その荷駄隊を付かず離れず監視する者がいる。
さらに、彼等を見張る者も。
◇
「食いつきましたぞ。監視が増えております!」
見張りからの報告が意気揚々と語られた。
「そうだろうとも!」
部下の女たちに足を揉ませていたヒルデガルドが、胸を反らして哄笑を響かせた。
「麾下の者たちに命じて、十重二十重に囲ませろ。叩き潰せ!」
「ははっ! ヒルデガルド様に勝利を!」
本隊指揮下の部隊が続々と出撃して行く。
「これでいい。さて――」
軍勢を見送るヒルデガルドが、部下たちを振り返った。
「お前たちには、羽根を伸ばすことを許す。男どもがいない今こそ、真の自由を味わうがよい」
その声には、どこか甘やかな毒が混じっていた。
ヒルデガルド直属の部隊――女ばかりで構成された精鋭二千。
彼女の命令は、時に常識を逸脱する。
だが、誰一人として逆らう者はいない。
解放の名のもとに与えられた“自由”は、彼女の気まぐれであり、試練でもあった。
それをどう受け取るかは、部下たち次第だった。
そして、部下たちはヒルデガルドの嗜好を知りすぎている。
自由すぎる地獄。
宗教画にありそうな『原初の楽園』が生み出される。
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