商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【戦場にて】

第12話 蜂を、蟻は知らず ①

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 「動きだしました」
 カロスタークの下にも報告が入る。
 監視していた者たちからのものだ。

 「敵補給部隊、南進しています」
 荷馬車の群れの動きが逐一入ってくる。

 「攻撃対象は確定でいいのか?」
 状況からして確定だとは思うが、最終確認のつもりでカロスタークが訊ねる。

 「はい。完全に監視下に置きました。あとは仕掛けるタイミングを計るのみ」
 セザールが答えた。

 「了解だ。仕掛けるタイミングはミヌミエーラ男爵に一任。各自、所定の行動をとれ!」
 「ははっ!」
 王国軍も動きを活発化させた。

 最前線に立つのはシャリィアだ。
 王国第三軍を率いて、最前線で部隊を展開させる。
 敵を半包囲して逃亡を防ぐ。
 それが役目である。

 一方のミヌミエーラ男爵の役目は、一番槍だ。
 真正面から攻めかかり、相手に先制の一撃を与える。
 一撃をもって防御の意思を挫くことが求められていた。

 なんとしても守り抜く、などと意思を固めて粘られては面倒。
 一撃で叩き潰し、慌てて逃げださせるのが目的となる。
 隙なく構えている敵は強いが、浮足立って逃げる敵は弱い。
 逃亡に走った敵はシャリィアが捕捉することになっていた。

 この二人が実働部隊。
 残りは司令部だ。

 総司令的立ち位置のカロスタークは、状況を俯瞰して各部隊の連携に注力する。
 彼の護衛はもちろん、セザールとその騎士団の仕事だ。

 「勝ちは見えている。全軍落ち着いて行動せよ」
 伝令に言づけて、カロスタークの仕事は終わりだ。
 
 あとは、結果を待つのみである。

 「ちょっと見たかったけどな」
 「へー、そうなんだ?」
 「ひっ」
 セザールのごく低音の声に、カロスタークは首をすくめた。

      ◇

 戦闘は開始10分で終わった。
 戦いにならなかったのだ。

 攻めかかるのはミヌミエーラ男爵領貴族軍1500。
 受けるのは、全裸の女性たち。

 そうだ。
 カロスタークが攻撃しようとしていたのは、補給部隊ではない。
 ヒルデガルドのいる本陣だった。

 カロスタークには『翼人族』の協力がある。
 二次元ではなく、三次元の広がり——『上空』があるのだ。

 上からならば、地上の動きなど見え見え。
 補給部隊を中心にして敵が囲むように動いていることがわかる。
 各部隊の動きも筒抜けだ。

 敵部隊の動きとニアミスをしないよう、上空と連絡を取りながら進めば敵に遭遇することなく動ける。
 もちろん、何度か敵の偵察兵を消す必要にはなったが、それだけだ。

 敵の軍勢の間を潜り抜けて本隊を直撃。
 それが、カロスタークの作戦だった。

 10万の兵が前進している。
 敵が来るとは考えず無防備になっていたヒルデガルド直属部隊は、ミヌミエーラ男爵領貴族軍を見た瞬間に膝から崩れ落ちて壊滅した。もはや、戦う意志など持っていなかったのだ。
 武器も持っていなかった。
 防具も。
 服すらもが手元になかった彼女らにできることは、殴りかかって串刺しになるか投降するかである。
 そして、彼女たちの選択は——選択の放棄だった。
 どちらも選ばず、その場でうずくまったのだ。

 好きにしろと。
 
 だから、ミヌミエーラ男爵は全員を捕虜とした。
 全員に普段の服を着る猶予を与えて。

 彼女たちはいっそ穏やかに、捕虜という立場を受け入れた。
 約一名を除いて。

 「どうして? なぜ?」
 捕縛されたヒルデガルドは、うわ言のようにそう呟き続けていた。

 物心ついたときから、欲しいものは即座に与えられ、
 不快なものは、気づけば視界から消えていた。

 彼女にとって世界とは、自分のために回る舞台装置だった。
 望めば夏に雪が届き、気に入らない者は、翌日には姿を消していた。

 だからこそ、軍を率いて王都に向かうと決めたとき、
 それが叶わない未来など、想像すらしていなかった。

「なにが起きているの……?」

 金切り声を上げようとしたが、それすら叶わなかった。
 口には猿轡が嵌められ、腕は後ろ手に拘束されている。
 両脚には鎖がかけられ、歩幅すら制限されていた。

 首にも枷がはめられ、顔を動かすこともできない。
 頬に止まった虫を払うことすら、できなかった。

 それは、彼女にとって初めての“世界の拒絶”だった。
 ままならぬ現実が、ようやく彼女の足元に届いたのだ。

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