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【戦場にて】
第14話 逆転と反転 ①
しおりを挟む王国軍第三軍とミヌミエーラ男爵領騎士団の混成軍——所属する兵たちはいつの間にか『レッドルア軍』と呼んでいた——は当初の目的を果たして第五皇女を捕らえた。
皇女の直属部隊も無力化に成功したわけだが、動きを止めてはいない。
わずかな休息を入れただけで、すぐに行動を開始していた。
「問題は足りるかどうかだな」
腕組みをしたカロスタークが、独り言ちた。
視線の先には空の荷馬車がある。
それも数十台という数だ。
物資の運搬に使っている荷馬車のほぼ全てだ。
戦争中の物資補給のために用意していたものである。
近隣の町や村から余剰の食糧などを集めるためのものだ。
戦争が長引いた場合に、近隣から買い集めるのに使うための物となる。
その食糧が、二人の商人に買い占められていたことで使いようが無くなっていた。
しかし今、この荷馬車が活躍する状況ができている。
帝国軍の総司令官だった第五皇女ヒルデガルドが立てた作戦のおかげだ。
その作戦とは、王国軍が補給物資の供給が途絶えるとの情報を基に考えられている。
物資——食糧——が無くなりそうな軍隊の前を、敵の補給部隊が横切ったらどうなる? というものだ。
もっとも確率が高い行動は、襲撃して鹵獲するというものになるだろう。
敵の物資を失わせ、自分たちの元には食料を手に入れられるからだ。
そこで、荷馬車の中に完全武装の兵を忍ばせて陽動部隊を作り、敵に襲わせたところで受け止める。
補給部隊に化けていた軍が持ちこたえている間に、全軍で包囲して叩く。
盗賊団や山賊討伐でよく用いられる古典的な作戦である。
しかし、飢えを前にした相手には効果抜群の策だ。
そう。
『飢えを前に』していたら、だ。
不安と焦燥に捕らわれていれば、多少のリスク——罠ではないかとの不安——があったとしても襲撃を回避する術がない。
司令官に『罠だからやめよう』と考える冷静さがあったとしても、兵は冷静さを保てない。
罠が発動し、大敗することになる。
だが——。
カロスタークは『飢えを前に』はしていなかった。
食糧の目途はついていたし、そのことは兵にも告げていた。
もちろん、疑う者はいた。
しかし、『翼人族』が疑いを払いのけた。
『翼人族』はその移動速度と範囲の広さから『亜人の町』を中心としたオオキビ畑の広がりと食糧倉庫の建設も目にしている。
だから、自信をもって「いっぱいあるよ?」と言えたのだ。
司令官の演説や説得よりもミーランの一言の方が重く、兵たちは食糧補給が確実にあることを信じた。
ゆえに、罠は不発。
レッドルア軍は一糸乱れぬ統制を維持して、針の穴を通すような『敵本陣への急襲』という作戦を成功させた。
それがどういう意味を持つか?
本陣からさらに奥——帝国側——、夥しい数の天幕がある。
帝国軍兵站部隊だ。
彼らが管理する天幕にある食料の山。
それが答えだ。
兵を忍ばせるためには空の荷馬車が必要だ。
だから、載せられていた物資を全て下ろさなくてはならない。
下ろした中身が、そこにある。
帝国遠征軍のための物資がだ。
これをもらい受ける。
第15話 逆転と反転 ②
「兵站部隊の数は約3万。兵士として訓練は積んでいますが、戦闘力は高くありません」
傍らに立ったネルケが情報をくれる。
部下を人質に従わせているマルガリータと異なり、彼女は率先してカロスタークの役に立とうとしているようだ。
「説得は可能?」
3万と言えばレッドルア軍の総数の半分。
戦闘できない戦力差ではないのた。
彼らは孤立しているが、背後に物資を抱えている。
味方の助けが必ず来るのだ。
彼らはそれを知っている。
必死の抵抗をされている間に、周囲に散っている十数万の兵に囲まれてはたまらない。
「あの・・・彼らの処遇はどうなりますか?」
「ああ。そこは気になるよな。・・・武装を解除したあとは停戦か終戦が確定するまで労役を課すことになる」
反抗や逃亡ができないようにロープで手足の動きを制限、見張りを付けて働かせるということだ。
「とりあえずは荷馬車への積み込みをやってもらう。あとは、乗り切らなかった場合は彼らに背負ってもらう」
「そういうことならば、説得は容易だと思います」
ホッと息を吐いて、ネルケが保証した。
「よし。なら、使者を頼む」
「はい!」
戦闘せずに無力化できるのなら、それに越したことはない。
「ああ、待て」
早速出ようとするのに声をかけて止めた。
「もし、渋るようならこう伝えろ。『お前たちの行動に第五皇女の待遇がかかっている』とな」
敵国への投降。
あとあとのことを考えて、すんなりとは受け入れないかもしれない。
だが、『人質』を盾にされれば?
第五皇女の御身のため、という大義名分を与えれば?
「それなら、即決ですね」
小さく笑って、ネルケは頷いた。
◇
結論から言えば、兵站部隊の隊長は即座に投降した。
皇帝への忠誠と自己保身が結託、軍人としての責務と国益への影響という懸念を脇へ置いての判断だ。
皇帝の愛娘が人質になっていて、倍の兵で囲まれている。
感情とか義務感で突っ走るような脳筋でない限りは、そういう判断になるだろう。
まして、数字が命の兵站部隊隊長なのだから。
ただ、帝国軍の物資を全て荷馬車に載せることはできなかった。
全体の六割というところだろう。
絶対的に荷馬車が足りていなかった。
王国第三軍とミヌミエーラ男爵領貴族軍、セザール騎士団の総勢約五万のための荷馬車なのだ。
マルガリータ軍他、分隊と自身も含めれば20万からなる軍を支える、帝国兵站部隊とは規模が違い過ぎた。
兵站部隊の兵にも背負わせたが、荷馬車と人では違い過ぎる。
持たせられた量は誤差の範囲でしかなかった。
「ま。問題はないけどな」
カロスタークがニヤリと笑った。
『物資』の六割。
さて、物資とは何か?
軍隊とは人の集団である。
戦うために集められ、統制された集団だ。
その集団が必要とするものとは?
武器や防具の予備、消耗品の矢、メンテナンスの道具、兵士のための服や衣料品、薬品などの医療品、野営の道具にその他の雑貨。
そういったものも含むのだ。
そして、当然の食糧と水。
今回、カロスタークが押さえたいのは食糧のみ。
10割もいらないのだ。
食糧以外は無視していいのだから。
「では、出発!」
シャリィアとミヌミエーラ男爵に指示を出す。
セザール騎士団は指示を出すまでもなく、カロスタークに付き従うので問題ない。
かくして、通称レッドルア軍は帝国方面に向けて北上を開始した。
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