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【ロチェス編】
第3話 亡国の姫 ①
しおりを挟むかつて、帝国南西部には小さな王国が存在していた。
大陸で一番北にあるがゆえに、北王国と言われた国である。
同じ王政を執る国同士、王国とは同盟関係にあったものだ。
しかし、8年前。
帝国の騙し討ちとも言える奇襲により滅ぼされた。
王国との攻守同盟を盾に、帝国との和平条約締結に動いていた矢先。
まさに、条約の議論が行われているその最中。
帝国は大軍を動かし、一気に北王国を制圧。
滅亡に追い込んだのだ。
当時の王は斬首となり、家臣の多くは処刑された。
政府の官僚や兵士は奴隷とされ、農民には重い税が課されることとなる。
処刑は王族にも及んだ。
女子供の区別なく、一切の例外なくだ。
90を超えていた王太后も、産まれたばかりだった第7王女も関係なく処刑された。
そんな中、生き延びた者がいた。
王の血を継いではいても正室や高位の妃の子ではなかった者だ。
継承権も低く、中央から追いやられ地方で暮らしていた。
そのおかげで逃げ伸びたのは運命の皮肉というべきだろう。
当時9歳だった姉と6歳だった弟。
亡国の姫と王子。
彼らは現在モンモラシー男爵領の南にある侯爵領に匿われていた。
姉弟の母方の親族に当たるからである。
敗戦から8年。
姉は17歳になり、弟は14歳になった。
国土を失っても王の血筋は残っている。
旧北王国の人々は祖国再興を夢見、いまも希望を捨てていない。
「姉上。いつですか? いつになれば祖国を奪い返しに行けますか?」
王位継承権一位の王子は、二位である姉に何度も聞いていた。
兵を率いて、祖国に帰る。
それが大望だった。
「いずれときは来ます。でも、今ではない」
唇を噛み締めて、姉はいつもそう答えていた。
国を取り戻すには兵が必要だった。
百や二百ではない。
数万から数十万単位の兵が。
今の姉弟には、到底集めようのない数だ。
「なにか、なにか機会がありさえすれば——」
姉は、悔しさに歯をすりつぶしながら、天を仰ぐ。
『亡国』というより『忘国』の姫だ。
そんな風に揶揄されつつ、ひっそりと暮らしている姉弟なのだ。
飢饉でも、災害でもいい。
帝国の礎を揺るがすことが起きれば、その時こそ・・・。
常にそう考えてきた。
そこへ舞い込んだのが帝国の侵攻だ。
総兵力25万を越える大軍が送り込まれたと聞かされて絶望した。
北王国の再興どころではない。
こうして身を寄せている王国自体が侵略されるのだと。
だが、そうはならなかった。
王国はこの危機を跳ね返した。
それどころか、逆に侵攻して領地を奪ったという。
残念ながら、奪った地は北王国の東にあった公国の跡地だが、帝国から領地を奪えるとわかったのは朗報だった。
不可能だと思っていたことだ。
数十万の兵が必要だと思っていた。
違うのだ。
戦略と戦術さえあれば敵の半数の兵でも勝てる。
胸が高鳴った。
このまま帝国に攻め込み続ければ祖国も——。
それから一年が過ぎた。
王国はもちろん、帝国も動きがない。
なぜ?
勝ったのなら、進むべきだろう。
もっと向こうへ、さらに先へ。
なのに、止まってしまった。
動かさなければならない。
もう一度。
もっと奥へ。
そして、西へ。
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