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【ロチェス編】
第6話 亡国の姫 ④
しおりを挟む翌朝、姫は宣言通りに王城を訪れた。
わざわざカロスタークの邸宅へと出迎えに寄ってのことである。
命令される謂れも、同行する義務もない。
カロスタークには拒絶することもできた。
だが、結局は同行した。
固辞してあとあとまで付きまとわれたくなかったからだ。
国王ないし宰相が、歯止めを利かせてくれることを祈ろう。
姫はカロスタークを伴って王宮へ入った。
国王の私室の一つに通されたのだ。
大使や家臣であれば謁見の間に通されるところだが、客分とはいえ一国の王族なので私室へ通されたのである。
右隣には宰相の姿もあった。
「陛下、突然の訪問をお許しください」
軽く膝を曲げ、姫は優雅にカーテラシーを行った。
スカートの裾をつまんで会釈したのだ。
姫は王国の臣民ではない。
跪かずともいいのだ。
その代わり、姫の背後ではカロスタークが片膝をついて控えている。
こちらは臣下の身であり、姫の挨拶に同行しただけなのだ。
通常よりも遠くで、下げる頭もいつもより深くなっている。
「壮健そうで何よりだ」
「『健』はなるほど、その通りです、ですが『壮』となると当てはまらないもののように思われます」
『壮健』とは、身体が丈夫で健康な状態を指す言葉だ。
人の体調や元気さを表す際に使われる。
『壮』は力強さや盛んさを示し、『健』は健康やしっかりした状態を表す。
その組み合わせで、肉体的にも精神的にも元気で活力に満ちた様子を示すものだ。
姫は『健』康であることは肯定しつつ、『壮』の力強さと盛んであることは否定した。
自分の立場を鑑みて自虐的な言動をして見せたのだ。
国王の後ろめたさを刺激して、情に訴えようということだろう。
「八年前のお約束を、陛下はお忘れになっておいでのように見受けられます。それが残念でなりません」
亡命してきた姉弟を力づけようと、国王が口にしたことだ。
北王国の再興のために協力すると言ってしまっていた。
「忘れたことなどないぞ」
心外だと国王が反論した。
本音としては確約などするべきではなかったと思っている。
だが、今になって言い過ぎだったなどとは言えない。
「そうでしょうか? 一年前、ここにいるレッドルア伯——今は辺境伯ですが——が帝国を退けた際、王国が今一歩踏み込んでいればと考えていただきたいのです。むろん、北王国全土を取り戻せたとは言いませんが、半分くらいは取り戻せていたのではないかと思えてならないのです」
涙を浮かべ、姫は感情を揺さぶるような美声を放った。
3割くらいは演技だろう。
その場の全員が、そう思っている。
思っているが、指摘することはできない。
俗に言う『ツッコんだら負け』の罠だ。
姫の勢いに燃料を投下する結果になる。
「どうなのだ?」
黙っていた宰相が口を開いた。
言葉は短く、視線はカロスタークに突き刺さっている。
姫の『思い』に対する返答はどうなのか?
それを答えろと言うことだ。
昨日の姫の言葉が現実になる。
「可能性はありました。確かに。——確率はかなり低いですが——」
しかたがないので、カロスタークは戦闘を継続していた場合に帝国が行うだろう動きを予測して見せた。
順序だてて説明していく。
互いに決め手を欠いての消耗戦に突入する、という最悪の結果までを。
「この結論は帝国の側でも見通す者がいるでしょうから、場合によっては『北王国の半分くらいくれてやる代わりに戦争終結を認めさせよう』と考えることはあり得たかもしれません」
論理的にはあり得なくもないが、可能性はないに等しい。
「ないな。人間は感情に揺れる生き物だ。論理は理解できても、受け入れることはできないだろう。戦争は終わらなかったに違いない」
可能性はなくもないと玉虫色の結論を出したカロスタークの言葉を、宰相は切って棄てた。
政治的にも軍事的にも、そんな甘い考えで事は動かないと。
「姫も王族の身なれば、よくお判りでしょう」
噛んで含めるように、宰相が言葉をかける。
たった一人、正論を口にしようとも周囲の同調がなければ国家は動かない。
多数の人間を納得させ、従わせる根拠がなくてはならない。
だが、国家規模の政治や軍事に『根拠』など見つけられはしないのだ。
「挑まぬ者の手に、成果が残ることはありません」
姫は辛うじて、そう答えを返した。
可能性を論じても仕方がない。
やってみなければ答えはわからないのだ。
「挑めば成果が得られるというものでもあるまい。結果としてレッドルア伯は帝国の力を削いだのだ。満足すべき結果だと思う。異論があるのなら、それ以上の結果をもたらす人物なり策なりを用意してから言ってもらいたい」
冷ややかになる寸前の温度で、国王が姫を諭した。
文句を言っていいのはできる者だけ。
そして、できるのならば口で何かを言うよりも実際にやってみせよ。
頭はあっても、手足が伴わない姫に当てつける言葉だ。
今回の不満も、カロスタークにはもっと進む力があったのではないか?
そう言っているだけだ。
他力本願と言ってしまえる行動だった。
自分では何もしていないし、できないのだから。
姫が頭を下げ、謁見は終わった。
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