商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【ロチェス編】

第10話 一芸は道に通じ、一事は万事を示す ①

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「まず初めに、君は挨拶からなっていない!」
 普通に挨拶したつものだが、いきなり叱責が来た。
 まだシャリィアを始め部下や兵たちがいるというのに、その前でだ。

「は? なにか失礼でも——」
「聞こえない。もっと腹から声を出せ。男らしくないぞ!」
 失礼とかではなく、単純に声が小さいと言いたいらしい。

 目の前にいるのに20メートル先の人間に話すような声量を驚いていたが、彼女にとってはこれが素で通常のことであるようだ。
 商取引とかでこれをやったら、まず確実に取引中止になるぞと、カロスタークは溜息が出た。

 軍隊方式を悪いとは言わないが、世の中の全ての場面に適応できるほど万能ではないことを知ってほしいものだ。
 声を出すことでメンタル強化をしたいのかもしれないが、今ではないしカロスタークがすべきことでもない。

 その後も、長々と説教を聞かされた。
 主に根性論の暑苦しい話だ。

 いや、もちろんそれを否定はしない。
 そういう世界観があることはわかっているし、良さも理解している。
 ただ、人には向き不向きがあるものだ。
 カロスタークに、そういうのは向いていないだけのこと。

 肉体言語は使えないが、他の面では常識的な対応ができるのだ。
 司令官としてやっていく分には問題ないはずだった。

 求められるのは軍事組織の運営能力である。
 予算配分や人事、補給に関すること、ようは事務方の仕事が多い。
 最前線で槍を持って走ることなどないのだ。

 だが——。
 長い説教を聞いていて、なんとなく分かった。

 肉体言語ばかりを叩き込まれた彼女は、身体を使わないことで功績を上げる人間が理解できない。
 理解できないものは怖い。
 自分に欠けている部分があると思うことが怖い。

 だから、自分の方が上なのだと思っていないと不安になるのだろう。
 自分の得意な世界に引き上げ——あるいは押し下げ——ることで優位性を保ちたいのだ。


「——。とまぁ、いろいろ言ったが、同じ王国に仕える者同士。見捨てるつもりはない。根性を叩き直して、いっぱしの将軍に仕込んでやるから頑張るがいい」
 最後に、やたら爽やかな顔でそう締めくくられた。
 完全に上から目線だ。
 後ろの精鋭たちが凄みのある笑みを向けて来てもいる。
 だけど。

「お手柔らかに、お願いします」
 カチンと来ないでもないが、手は出されていない。
 声は大きいし叱責もあったが罵声は飛んでこない。

 この程度なら、怖くはなかった。
 落ち着いて頭を下げられる。
 カロスタークは勝気な軍隊系女子の存在を受け入れるのだった。

「——っ」
 受け入れた、のだが——。
 なぜか、睨まれた。

「鈍感ってわけでもないだろうに。平然と受け入れて見せるわけか。いいぞ。見所だけはありそうだ」
「あー、もしかして威嚇されていたのでしょうか?」
「そうだな。怯えや気弱な様子が見えたら、とりあえずワンパン殴っていたかもな」
「それは、怖いですね。私はあなたが思っている以上に弱いですし簡単に死にますよ」
 本気で殴られれば素手で一発だけだとしても、死ねる自信があるカロスタークなのだった。

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