商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【フィオーレ編】

第5話 魚心あれば水心 ②

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 パーティー会場は建設されたばかりの商館だった。
 北王国出身の商人たちが共同出資で建てたものだ。
 これの竣工式を兼ねて、パーティーを開くらしい。

 まだ顔と名前が一致しない北王国出身名士との挨拶を、一通り済ませる。
 中には、このあとおいおい挨拶に来るつもりだったらしい人たちもいて、カロスタークの姿を見つけて大慌てで挨拶に来る者もいた。

「食事にする? それとも・・・踊る?」
 挨拶の波が途切れたタイミングでフィオーレが聞いた。

 王族を招待するほどの気合を入れているだけに、テーブルの上には豪勢な料理が惜しげもなく並べられている。
 ただ、見た目ほどは美味しくないこともカロスタークは知っていた。

 高い素材を使うことに傾注して、味は二の次なのだ。
 一般的な素材と組み合わせればもっとおいしくなるのに、安いものは使えないという妙なこだわりが邪魔をしてしまうせいだ。

「踊りましょうか。食事は領主館でもできすから」
「それは楽しみね」
 手を取り合って、ダンスのための空間へと進む。
 音楽隊による演奏が、ゆっくりと流れ始めた。

 もう少し軽やかな社交ダンスが始まるのかと思っていたのだが、ゆったりとしたロマンティックな楽曲だ。
 音楽が始まる直前、姫とコンダクターが視線のやり取りをしていたように思う。

 もしかして、仕込みか?

 ふと、そんな考えがカロスタークの脳裏を過った。
 可能性はある。
 パーティーの予定は元からあったのだろうが、招待された姫が何かしら要望を言えば取り入れられもするだろう。

 情感を盛り上げて、何か交渉でもしてくるのかな?

 考えて見れば、前回が前回だ。
 今回も何かしら目的があったとしても不思議はない。

 そう思っていると、フィオーレが身体を近付けた。
 ドレスの隙間から白く滑らかな肌が露出していて、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 一瞬、呆けそうになって、カロスタークは急いで精神を建て直した。
 ダンスパーティーである。
 高貴な女性をエスコートしているのだ。
 呆けてはいられない。

 手を取って会釈する。
 踊ることは互いに確認できているが、今一度「踊ってください」という意思表示だ。
 応えて、フィオーレもカロスタークの手を取る。
 楽曲の流れに合わせて、同時に足を踏み出す。

 基本的な動きだ。
 学院でさんざん特訓したことを思い出す。
 ここしばらくは工事現場や戦場にばかりで社交界から離れていたが、体は動き方を忘れずにいてくれたらしい。

「あなたと踊るなんて、考えもしなかったわ」
 無難にダンスを続けていると、フィオーレの唇から呟きが零れる。
 演出ではなく、本心だとカロスタークには感じられた。

「それなら、なぜ誘ってくれたのですかな?」
 フィオーレの腰を優しく回した手で支えて、リードしながら問いかけた。

 エスコートしてくれる相手がいないというのは言い訳だ。
 そんなのは今までもそうだったはずで、今日に限って存在しないということではない。

「私も年頃だって知ってるかしら?」
 その言葉で、カロスタークはフィオーレが16か17だったはずだったことを思い出した。
 多感な年ごろだが、立場ゆえに恋人はおろか友達もいないだろうことは予想できる。

「今、思い出しましたよ」
「っ。正直ね。なら、考えて教えてくれる? 私と恋を語れそうな相手を」
 どういうつもりだ?
 不思議に思いながらも、考えてみるカロスターク。

「————」
 考えれば考えるほど答えが限られていることに気が付いて、カロスタークは息を呑んだ。
 本当は溜息を吐きたかったが、それは相手に失礼すぎる。
 溜息を耐えるには唇を噛まなくてはならないが、それも無様だ。
 可能だったのは息を呑むことくらいだった。

「気づいてくれた?」
「——ええ。身分と政治的、軍事的な状況を考えると一人しか思いつけませんでした」
『誰』なのかは敢えて言及しない。

「こんなにぴったり息が合うとは思わなかったわ。まるで最初から決まっていたみたいよね」
 ダンスのステップのことを話しているようで、そうではない。

「ふー、運命なんて言い出して信じさせるつもりですか?」 
 パートナーとなれるほぼ唯一の存在が目の前にいる。
 彼女にとっては確かに運命といえるだろう。

「信じる必要はないわ。事実を受け止めてほしいだけよ」
「脅迫にしか聞こえないんだけど?」
 断られたら、孤独に生きて死ぬしかない。
 そんな未来を予測させておいて、この言い草は脅迫だ。
 だけど——。

 カロスタークにはフィオーレの言いたいことがよく分かった。
 フィオーレ姫も国王や宰相の考えに気が付いたのだ。
 北王国に関するもめ事をカロスタークに丸投げしようとしていると。
 逆に言えば、彼女の——北王国の――未来はカロスタークの手の中にあるとも言える。
 そうと知って利用しようとしているのだ。

「この手を取るかどうかは、あなたの選択。でも、一度逃したら後悔するかも」
 一度離せば。もう触れ合うことはないかもしれない。
 姫のプライドは高いのだ。
 ここまで言い寄ることは二度とないと思っていい。

「なるほど」
 カロスタークが少し笑って、ゆっくりとフィオーレの手を握る。

  「それなら、後悔する暇もないくらい楽しませてもらおう」
 国王と宰相も、フィオーレ姫自身も、そしてなによりカロスターク自身が望んでいるようだ。
 ならば、全力で受けるほかない。
 カロスタークの腹は決まった。

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