商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【フィオーレ編】

第10話 駆け引きは相手に「勝った」と思わせてこそ ①

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「うまくいったな」
 国王は、私室で宰相と会っていた。
 側には王妃もいる。

「思いのほかスムーズに進んだようです」
 控えめな笑みで宰相が首肯した。

 報告が届いたところだ。
 カロスターク辺境伯からは「北王国の姫と親しくなりそうです。外交的な問題もあると思い確認を取りたい。これは王国として許可が降りますでしょうか」という内容の手紙が届いている。
 もう一方の当事者であるフィオーレ姫からは、「帝国打倒の旗印としてカロスターク様ほどの適任はなく、この身を捧げて支える所存。北王国国民の希望のため、お許しいただきたく」との要請も届いた。

 カロスタークには北王国の姫を妻とする者として、北王国出身者への影響力を。
 フィオーレ姫には、対帝国の軍事司令官を得ての民心掌握の手立てを。
 国王と宰相には懸案だった北王国関連の問題を押し付ける先を。
 それぞれがそれぞれに欲しいものを手に入れたことになる。

 王妃の献策を得て、国王と宰相が望んだとおりの結果だ。
 カロスタークもフィオーレ姫も、国王と宰相が描いた絵の通りに動いている。
 一見、三者がwin.winにも見えるが、現実的には国王sideの一人勝ちだった。

 国王、王妃、宰相。
 三人ともが、人の悪い笑みを見せている。

「ただ、一つ計算外のことがありました」
 いいことばかりでもないと、宰相が口を開く。

「なんだ?」
 警戒を滲ませて、王が目を細めた。

「北王国出身の有力者から、連名で要望が出されております」
「要望か。連名でと言うのがキナ臭いな」
 いいことのあったためしがない。
 国王が鼻を鳴らした。

「『北王国の王族が嫁ぐ相手が辺境伯と言うのはちと困る。侯爵にあげてくれまいか。要望を飲んでくれるなら、それなりの資金援助くらいはしよう』とのことです」
「侯爵か」
 ふーっと息を吐いて国王は頷いた。
 その程度なら造作もない。

 爵位を上げたところで、王国政府にはあまり意味がない。
 国王の腹が傷むわけでもない。
 それで北王国出身の小うるさい連中が黙ってくれて、金も提供するというなら断る理由がなかった。

「問題は、国内の他の貴族ですな。僻む者もおりましょう」
 年に一度の割合で昇爵して、ついに最高位の侯爵だ。
 気にならない貴族などいるはずもない。

「北王国絡みの問題全てを背負わされる者に僻むとか、愚かな者たちじゃな」
「それが貴族というものですから」
「確かに」
 小さく笑うが、国王はすぐに表情を引き締めた。

 この『僻み』というものは、軽く見ているととんでもない大火をもたらすことがある。
 王国の歴史――公表されていない王家のみが管理する歴史――で、それは明らかだ。

 周囲から見れば「くだらない」そんな理由で馬鹿な真似をした大貴族がいかに多いか。
 そのたびにどれほど多大な血が流されたか。
 王家とその周辺の者たちは、その歴史を戒めとして脳裏に焼き付けている。

「なにかガス抜きの手立てが必要じゃな」
 眉間を指で揉みながら、国王が息を吐く。
 頭の痛い問題だった。

「そうですな。ただし、そのためにレッドルア辺境伯——いえ、侯爵ですな——への負担が大きくなり過ぎれば、北王国派は抗議してきます。双方がほどほどに見逃せる程度のものでなければなりません」
 これが頭の痛くなる理由だ。

 どちらかの感情や利益を守ってやるのは簡単だが、安易にそれをやればもう一方の反感を買う。
 政治とはバランス感覚なのだ。

「貴族が納得し、レッドルア侯爵の負担にならないことでなくてはならんが、そんなものあるのか?」
 国王に聞かれ、宰相も眉間のシワを深くした。
 なかなかに難しいことなのだ。

「どう思う?」
 宰相が悩む顔をしばし眺めた国王が、黙っていた王妃に声をかけた。
 法制度上は問題がないが、王妃は本来政治と軍事に口出しをしないことになっている。

 かつて、おかしなことを言い出して混乱させた王妃がいて、その意見に従って悪政を敷いた国王がいたから生まれた慣習だった。
 寝室で国の大事な政策が決まるというのは、よくないということだ。
 ここは私室だが、意味は変わらない。

「簡単ですよ」
 ウフフ、王妃が軽い態度で答えた。
 宰相が警戒色を強め、国王は困ったように眉を顰める。

「レッドルア侯爵の得意分野で力をお借りすればよろしいでしょう」
「得意分野じゃと?」
「ええ。もともと商人で、お金を動かすことに秀でている方なのでしょう?」
「それは、そうだが?」
「なら、金銭的な負担を課せばよろしい。貴族が留飲を下げるだけの体面をもちつつ、実際には負担にならない。そんな形の負担をね」
 自信満々、王妃が答えるが・・・宰相が口を挟んだ。

「そのような負担がありますか?」
 いい手だとは思うが、その負担が具体的なものでなくては意味がない。

「レッドルア侯爵に聞けばよろしいのです。理由を説明すれば、何か考えてくれるでしょう」
 本人に自分を縛る負担のアイデアを出させる。

 ある意味、辛辣な手立てだ。
 それが通るなら諸般の懸念は払しょくできる手立てでもある。

「侯爵昇爵で王都に呼ぶでしょう? その時に相談すればよいですわ」
 その言葉が決め手だった。

 なんであれ、レッドルア侯爵には王都に来てもらうことになる。
 そこで考えを聞き出せばいいのだ。

「それでいこう」
「さようですな」
 国王と宰相は、汗を拭きながら、頷き合うのだった。

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