商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【エマ編】

第1話 見下ろした池には自分が映るもの ①

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「エマが来たようです」
 レッドルア邸で一息入れていると、アンヌが声をかけてきた。

「えーと。誰が来たって?」
 咄嗟に相手が思い浮かばず、カロスタークは聞き直した。

「エマよ。私たちが初めて会った時一緒にいた!」
 アンヌとの出会いは宰相主催の婚活パーティーだった。
 そこには他に男女四人がいた。

 そのうちの男一人は、この世のどこにもおらず。
 女一人は行方不明だ。
 よく似ている女がセザール騎士団の魔法職をしているとかいないとか。
 ともかく、そのときいたもう一人の女が来たらしい。

「応接室へ通してくれ」



「ご無沙汰しております」
 確かに見覚えのある女が、優雅にカーテシーをした。

「一別以来ですね」
 無難に挨拶を返し、カロスタークは身振りでソファを勧めた。

 自分も向かいに座る。
 部屋にいるのは他にセザールだけだ。
 用件がわからないので、アンヌでさえ同席を避けている。

「ありがとうございます」
 一言礼を言って、エマも座った。

「本日は宿場町における税収報告をと思いまして、お訪ねさせていただきました」
 なに用かと問う前にエマの方から訪問の趣旨を話し始める。

「ああ、そのことか」
 そういえば、得られた税収を王家とカロスタークへ支払う約束になっていたのだった。



 収支報告が淀みなく行われた。
 よくまとまっていると、カロスタークをして感心するレベルのものだ。

 報告の内容は完璧に整理されていて、非の打ち所がない。
 それは事実。
 ただ——。

 どうにも、その表情には違和感があった。
 こんなにスラスラと報告できる人なのに、目には力がない。
 よく見ると、肌のかさつきや髪のパサつきにも気が付いた。

 理知は働いているのに、余裕がないような。
 アンバランスさが気になった。

 気になり始めると、そればかりが目に付くようになる。
 メイクで隠されている隈、どことなく不安そうに揺れている気がする視線。
 他にもぽろぽろと見えてくるのだ。

 学院に通っていた頃のカロスタークなら、たぶん全く気にせず報告だけ聞いて終わっただろう。
 だが、セザールはじめ多くの女性と関わってきた今、見なかったことにはできそうにない。

 それに・・・。
 報告を聞いていて引っかかりを覚えた。

 これ、必要か?
 そんな疑問が、カロスタークの脳裏に浮かぶ。

 これだけまとまっている報告なら、口頭よりも書面の方が確実で楽なはずだ。
 それなら、彼女が自分で来なくても、使用人に書類を預けるだけで事は済む。
 わざわざ対面にする意味がない。

 事実、他の町の収支報告は書面がほとんどだ。
 報告のまとめ方からして、彼女がそのことを知らないとは思えない。

 つまり、彼女は理由があって対面での報告に踏み切った。
 報告は建前で、本音はカロスタークに会いたかった?
 そんな風にも思える。

「報告は以上となります」
 考えているうちに報告が終わった。

「———」
 話すことがなくなったからか、エマは物憂げな表情で心なしか俯いている。

「率直な質問、いいかな?」
「え? は、はい」
「なにか悩んでる? それとも困ってる?」
 知らぬふりはもちろんできた。
 だが、わざわざこういう形で訪ねてきたからにはカロスタークに何かを期待してのことだろう。
 だとすれば、無視はできなかった。

「ぁ」
 小さく声を上げて、目を上げた。
 図星らしい。

「なにがあったの?」
「社交界で嫌がらせを受けているのです。普通にしているつもりなのに、『男を漁っている』などと陰口を叩かれているらしくて——」
「あー」
 ドロドロとした貴族社会ならではの話だ。
 どこの世界も似たようなことはあるが、学院や社交界は特にねちっこい。

「嫉妬、ですかね? お美しい方だし」
「容姿は——どうでしょう? それよりも、宿場町の件で少し目立ったことが大きいかと。あの件が元で一人は今や侯爵夫人、二人は生死不明、残りの二人が私と夫ですからね」
 この二人も結ばれていたのか。
 あの婚活パーティー、実はすごいのではないだろうか?
 同じ部屋にいた者は全員が婚活に成功していたことになる。
 一組はそのあと破滅しているとはいえ、だ。

「夫にも相談したのだけど、『気にし過ぎだ』って言って流されて・・・それがずっと続いてて——もう限界だと思ってたところに、カロスターク様が王都に来ると聞いて。それで——」
「相談に来た、と?」
「わからないわ。相談したところでどうなるものでもない気がするし、ただ愚痴りたかっただけなのかも」
「なぜ私なのです?」
「——トラブルがあるたびに出世する人だから?」
「うぐッ!」
 痛いところを突かれて、カロスタークは仰け反った。
 自覚がないわけでもなかったからだ。
 事実、裏切りや反逆、騙し討ちのような策謀、ことが起こるたびに昇爵している。
 否定できない。

「あーっと、そうだ。次に社交界に出るときは付き添おうか?」
 社交界——と言うか、ようはどこかで開かれるパーティーということだ。

 通常、すでにパートナーがいる者が、違う相手と連れ立って歩くというのはない。
 ないが、マナーに反しているというわけでもない。
 無駄な注目を浴びるのでやらないだけなのだ。

 エマの場合。
 すでにそういう憶測——作り話——で貶められている。
 なら、いまさらだから問題ない。
 カロスタークの方はといえば・・・こちらもいまさら気にする理由はなかった。

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