商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【エマ編】

第4話 落とし穴を掘るぐらいなら、つらくても山を登ろう ①

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「ま、待ってよ!」
「私たちは悪くないの!」
 用が無くなったので、背中を向けて歩き出したカロスタークに、女性たちが縋りついた。

「いや。実際にエマを蔑み貶めたのだ。君たちが悪くないとはどう考えてもならないよ」
 応えてやる義理もないが。
 言葉の綾ではなく物理的に縋られると、振り解くのもひと手間だ。
 振り解く間に言葉でも抵抗を試みた。

「話しの元ネタは別のやつなの!」
「そいつから聞かされたことを言っていただけなのよ!」
 必死の形相で掴みかかってきた。

「だから! だとしても、君たちが悪いことは変わらないっての!」
 さすがに女性に手は上げられない。
 振り解くだけではすぐに掴みかかられる。

 焦りを感じ始めたカロスタークは、判断を迷った。
 このままじり貧で戦い続けるか、セザールに実力行使を許可して叩き伏せるかだ。

「私たちも悪かったわ。それはわかる!」
「だけど、もっと悪い奴がいるの! 私たちがこんな目に遭って、そいつが平然としているなんて許せない!」
 死なば諸共、道連れに!

 何やら悲壮感を滲ませる二人の叫びで、カロスタークは動きを止めた。
 聞き捨てならない。

 この女たちが何か勘違をして、いじめにかかっていただけならばこの場で終わりだ。
 しかし、裏に別の誰かの意図が動いているのなら、放置はできない。

「詳しく聞こうか?」
 主催した貴族にサロンを貸してもらおう。



 場所を移して、改めて話を聞いた。
 エマに関して、噂が流れているそうだ。

 人当たりがよく面倒見がいいという外面の下で、実は他人を見下しているらしい。
 陰では親しいはずの人たちをこき下ろすような悪口が止まらない性悪女。
 伯爵家の第二夫人に納まったはいいが、暇を持て余して男をとっかえひっかえ食い物にしている。
 ——等々。

「そんな話を聞いたら、強く当たりたくもなるでしょう?」
「私たちは耳に入った噂を聞き流せなかっただけ。被害者よ!」
 だとしても、被害者にはならないぞ!
 喉元までせり上がった怒声を押し留めるのに、カロスタークは少なからず苦労した。

「噂に乗せられたってことはわかった」
 ギャンギャン喚くのを抑えるべく、カロスタークは手を振った。
 あまり意味はなかったが。

「私たちは悪くない——あ。少しは悪いけど多少はマシになる——でしょ!?」
「さっきまでと印象が変わるわよね?!」
 なんか必死に叫ばれた。
 たいして違わないとカロスタークは思うが、それを言っても話が進まなくなるだけだろう。

「二割減くらいなら認めるよ。続きを話してくれれば、もう少し下がるかもしれないね」
 ここでそんなことを言っても、意味なんてないのだが。
 それで目の前の女たちの気が済むのならいいだろう。
 譲歩してやる。

「噂の出どころはジョルジュよ」
「あと、その第一夫人ね」
 さらりと元凶の名前が出た。

「っ!」
 エマが激しく動揺している。
 当然か。

 ニコラとはエマの夫のことのはずだ。
 そして、第一夫人。
 思い切り身内に裏切られていたようだ。

「エマが強欲でニコラの家を金蔓のように使っているとか」
「挙句に男と見れば誰でも誘って食い物にするとか」
 次々に噂の詳細が明るみに出てくる。
 かなりひどい。

「もう、いいです。なにか、どうでもよくなりました」
 黙って聞いていたエマが、落ち込んだ様子で小さく呟いた。

「いろいろと気力を削がれているのはわかるけど、いいのか? それで?」
「もとより好きで結婚したわけでもありません。家同士の結びつきの道具でしかありませんからね。邪魔に思われているのなら、家に閉じこもればいいだけです。ニコラの家のために良かれと、こうして動いていたわけですし」
 社交界に出て貴族と付き合うというのは、家の名誉や宣伝のためだ。
 それを不要と思われているのなら、無理して頑張る理由はない。
 あてがわれた家——本宅ではない別宅——に籠って外に出なければ嫌な思いをしなくて済む。

「こうして巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。もういいです。私のことは気にせず、レッドルア家のための行動をお取りください」
「いやだね」
 言葉少なにカロスタークは申し出を拒否した。

「え? な、なぜ?」
 びっくりしたようにエマは目を丸くした。

 背後ではセザールがそっと息を吐く音が聞こえている。
 呆れとも、安堵ともとれるものだ。

「見てられないからさ」
 カロスタークはこともなげに言い放った。

「エマが悪者にされていくのを見ていられない。セザールとのとき、あからさまに嘲笑され、後ろ指をさされた経験があるからだろうな」
 あのときの自分が、彼女に重なって見えてしまうのだ。
 一人にしてはおけない。

 あのとき、クレールやギョームがいなければ、カロスタークもどうなっていたかわからない。
 少なくとも今のようにはなっていなかっただろうと思う。
 今度は自分が誰かを支える番だ。
 そんな気がする。

「ところで、その夫とやらは今どこに?」
「あ。たぶん、そろそろ来る頃かと。招待されたほぼすべてに顔だけは出すことになっていますから。特に重要なところは私と第三夫人が受け持って関係を繋ぐ感じです」
 家長である旦那と第一夫人は挨拶回りだけをして、実務は第二と第三が受け持っていると。

「好都合だな」
 放置しないと決めたからには、さっさと鉄槌を喰らわすに限る。

「さて。君たち、汚名返上をするつもりはないかい?」
 ついさっき、周囲から避けられた女性二人の耳元にカロスタークは囁いた。

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