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【歴史の礎編】
第8話 使えるなら敵とも手を結ぶ ③
しおりを挟む北王国において最北端にあった街。
ここは、帝国併合の戦争当時、最も辛酸を舐めた街として知られていた。
帝国の軍勢が、北王国へと攻め入るさいに略奪と虐殺の限りを尽くしたからである。
金目のものはすべて奪われ、食糧も根こそぎ持ち去られた。
あとに残されたのは、身も心もボロボロになるまで踏み躙られた女たちだけという有様だったのである。
これは、北王国が見捨てたからではなく、単に間に合わなかったからであった。
直前まで、帝国は北王国との間で、平和協定の話し合いを行っていた。
長く続いた両国の緊張状態が是正される。
誰もが、そう信じていたところでの奇襲作戦。
北王国は戦争の準備を整える間もなく滅ぼされたのだ。
そのため、旧北王国の国民たちは自国の政府、とりわけ生き残った王族を恨んではいなかった。
彼らの怨嗟は、すべて帝国に向けられている。
「あなた様は!?」
その街に北王国が滅ぼされて以来、初の客人があった。
エルフの隊商だった。
もはや忘れ去られた街。
いったい、なんの用があってのことかと、街の代表が応対に出て驚愕した。
帝国の役人に見つかれば、即刻縛り首か斬首になる人物。
こんなところにいるはずのない人物が、エルフたちの陰から現れたのだ。
「今回は、間に合ったようだ」
ほっと息を吐いてかつて北王国の高官を務めた男は、代表の前に立った。
「間に合った? 今回は?」
わけが解らず呆然とする代表に、頭ではなく感情に訴える言葉が告げられた。
「帝国の奴らが軍勢をこちらに向けた」
「っ?!」
帝国軍襲来。
もたらされた知らせは、街全体を震撼させた。
いまはもう同じ国の民、味方なのだ。
進軍して来るからといって恐れることなどない。
・・・そんな期待を、誰一人持たなかった。
あの惨劇が再現される。
その恐怖だけが、街の人々の胸に去来した。
だから、高官の男から告げられた帝国軍の行動予測は、すんなりと受け入れられた。
逃げるべきだとの忠告にも、誰一人異を唱えなかった。
もちろん、食糧の不安に言及する者はいた。
だが、それは予想されていて、手配も済んでいる。
問題はない。
食糧の支給が約束されると、街の住民たちから一切の躊躇がなくなった。
それは他の街でも同様で、旧北王国の街は続々と、ゴーストタウンと化していった。
◇
北王国が健在であった頃、対帝国用に最大規模の要塞として建造された『北砦』。
ここに、王国への帝国遠征軍が集結を始めている。
各地の貴族や将軍たちが、子飼いの常備軍を引き連れてやって来ていた。
その数はおよそ500から1000。
全体で七千ぼど。
しかし、その後ろからは五倍から六倍に及ぶ人間が移動してきている。
非常時動員で掻き集められた一般兵たちだ。
遠征軍の総数は、最終的に五万を数えるまでに膨らむと計算されていた。
「集まるものだな」
『北砦』の望楼から、眼下を眺めて遠征軍司令『第五皇子ベルーノ』が笑みを浮かべた。
皇帝の何十番目かの息子だ。
『第五』というのは現在生き残っていて、上から数えて五番目の年齢という意味である。
その彼の眼下に、兵が集まっていた。
軍において、数は力である。
自分の指揮下に、五万もの人間が入ると高揚感を持たずにいられなかった。
「ですが・・」
満足感で満たされているベルーノの背後で、彼の秘書官が不満げな声を上げた。
「なんだ?」
「あの兵士どもを、このまま要塞に引き入れてよいものでしょうか?」
入れるべきではありません、という言い方である。
ベルーノも、気が付いた。
怪訝な顔になる。
「なにが問題なのだ? この要塞は南方攻略戦争当時には我らが占拠後、最大10万の兵士が進駐したのだぞ? 五万なら、半分でしかない」
「確かにその通りでございます。あの数を入れることは容易い。私が心配しておりますのは数ではなく質でございます」
「質だと? どういうことだ?」
「兵士と称してはいますが、その実態は先の大戦で捕虜とした北王国の奴隷共と、帝国で職にあぶれて食い詰めていたような奴らの寄せ集め。いつなんどき野盗と化してもおかしくないのです」
秘書官の言葉を聞いたベルーノの顔に不安の色が浮かんだ。
ありえる、そう思ったのだ。
「ああ。それはそうだな。だからこそ、使い捨てにもってこいで便利なのだから」
「はい。どうせ使い捨ての雑兵。要塞の外に天幕でも張って寝かせればよろしいかと存じます」
「では、そうしろ」
秘書官に命じてベルーノは、要塞ひいては自分の足下へと集まってくる人間の群れに視線を落とした。
望楼から見える兵の列は、まだまだ続いていた。
アリのように。
◇
『北砦』要塞に到着した雑兵たちは、歩き詰めだった身体を休めようとしていた。
誰もが着のみ着のままだ。
荷物の一つもなく、疲れ切った身体を引きずるように歩を進めている。
「ようやくついたな」
「やれやれだぜ」
そこへ、ベルーノの秘書官が駆けつけて来た。
「お前たちは要塞には入れん。今まで通り、外で寝ろ!」
秘書官の言葉を聞いた雑兵たちの間から、一斉に不満の声が上がった。
「な、なんだよそれ! 俺たちはずっと歩き通しでここまできたんだぜ!」
「宿屋で休めるなんて思っちゃいなかったけどよ。せめて壁の内側にぐれぇ入れてくれたっていいだろ?!」
「やかましい! 気に入らないなら、どこへなりと失せろ!」
秘書官が怒鳴った。
そして、笑みと呼ぶには禍々しい嗤いで顔を歪めた。
「行くところがあるならな」
「クソ!」
行くところがあるのなら、誰が好き好んで戦場に向かったりするものか!
雑兵たちは仕方なく、要塞の外に天幕を張り始めた。
「ふん! 始めから素直に言うことを聞いてればいいんだ。ゴミどもが!」
わざわざ聞こえるように秘書官が毒づく。
雑兵たちは聞こえなかったことにして、無視をした。
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