商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

文字の大きさ
232 / 261
【歴史の礎編】

第8話 使えるなら敵とも手を結ぶ ③

しおりを挟む
 

 北王国において最北端にあった街。

 ここは、帝国併合の戦争当時、最も辛酸を舐めた街として知られていた。
 帝国の軍勢が、北王国へと攻め入るさいに略奪と虐殺の限りを尽くしたからである。

 金目のものはすべて奪われ、食糧も根こそぎ持ち去られた。
 あとに残されたのは、身も心もボロボロになるまで踏み躙られた女たちだけという有様だったのである。

 これは、北王国が見捨てたからではなく、単に間に合わなかったからであった。
 直前まで、帝国は北王国との間で、平和協定の話し合いを行っていた。

 長く続いた両国の緊張状態が是正される。
 誰もが、そう信じていたところでの奇襲作戦。
 北王国は戦争の準備を整える間もなく滅ぼされたのだ。

 そのため、旧北王国の国民たちは自国の政府、とりわけ生き残った王族を恨んではいなかった。
 彼らの怨嗟は、すべて帝国に向けられている。


「あなた様は!?」
 その街に北王国が滅ぼされて以来、初の客人があった。
 エルフの隊商だった。

 もはや忘れ去られた街。
 いったい、なんの用があってのことかと、街の代表が応対に出て驚愕した。

 帝国の役人に見つかれば、即刻縛り首か斬首になる人物。
 こんなところにいるはずのない人物が、エルフたちの陰から現れたのだ。

「今回は、間に合ったようだ」
 ほっと息を吐いてかつて北王国の高官を務めた男は、代表の前に立った。

「間に合った? 今回は?」
 わけが解らず呆然とする代表に、頭ではなく感情に訴える言葉が告げられた。

「帝国の奴らが軍勢をこちらに向けた」
「っ?!」
 帝国軍襲来。
 もたらされた知らせは、街全体を震撼させた。

 いまはもう同じ国の民、味方なのだ。
 進軍して来るからといって恐れることなどない。

 ・・・そんな期待を、誰一人持たなかった。
 あの惨劇が再現される。
 その恐怖だけが、街の人々の胸に去来した。

 だから、高官の男から告げられた帝国軍の行動予測は、すんなりと受け入れられた。
 逃げるべきだとの忠告にも、誰一人異を唱えなかった。

 もちろん、食糧の不安に言及する者はいた。
 だが、それは予想されていて、手配も済んでいる。
 問題はない。

 食糧の支給が約束されると、街の住民たちから一切の躊躇がなくなった。
 それは他の街でも同様で、旧北王国の街は続々と、ゴーストタウンと化していった。

      ◇

 北王国が健在であった頃、対帝国用に最大規模の要塞として建造された『北砦』。
 ここに、王国への帝国遠征軍が集結を始めている。

 各地の貴族や将軍たちが、子飼いの常備軍を引き連れてやって来ていた。
 その数はおよそ500から1000。
 全体で七千ぼど。

 しかし、その後ろからは五倍から六倍に及ぶ人間が移動してきている。
 非常時動員で掻き集められた一般兵たちだ。
 遠征軍の総数は、最終的に五万を数えるまでに膨らむと計算されていた。

「集まるものだな」
『北砦』の望楼から、眼下を眺めて遠征軍司令『第五皇子ベルーノ』が笑みを浮かべた。
 皇帝の何十番目かの息子だ。
『第五』というのは現在生き残っていて、上から数えて五番目の年齢という意味である。
 その彼の眼下に、兵が集まっていた。

 軍において、数は力である。
 自分の指揮下に、五万もの人間が入ると高揚感を持たずにいられなかった。

「ですが・・」
 満足感で満たされているベルーノの背後で、彼の秘書官が不満げな声を上げた。

「なんだ?」
「あの兵士どもを、このまま要塞に引き入れてよいものでしょうか?」
 入れるべきではありません、という言い方である。
 ベルーノも、気が付いた。
 怪訝な顔になる。

「なにが問題なのだ? この要塞は南方攻略戦争当時には我らが占拠後、最大10万の兵士が進駐したのだぞ? 五万なら、半分でしかない」
「確かにその通りでございます。あの数を入れることは容易い。私が心配しておりますのは数ではなく質でございます」
「質だと? どういうことだ?」
「兵士と称してはいますが、その実態は先の大戦で捕虜とした北王国の奴隷共と、帝国で職にあぶれて食い詰めていたような奴らの寄せ集め。いつなんどき野盗と化してもおかしくないのです」
 秘書官の言葉を聞いたベルーノの顔に不安の色が浮かんだ。
 ありえる、そう思ったのだ。

「ああ。それはそうだな。だからこそ、使い捨てにもってこいで便利なのだから」
「はい。どうせ使い捨ての雑兵。要塞の外に天幕でも張って寝かせればよろしいかと存じます」
「では、そうしろ」
 秘書官に命じてベルーノは、要塞ひいては自分の足下へと集まってくる人間の群れに視線を落とした。
 望楼から見える兵の列は、まだまだ続いていた。
 アリのように。

    ◇

『北砦』要塞に到着した雑兵たちは、歩き詰めだった身体を休めようとしていた。
 誰もが着のみ着のままだ。
 荷物の一つもなく、疲れ切った身体を引きずるように歩を進めている。

「ようやくついたな」
「やれやれだぜ」
 そこへ、ベルーノの秘書官が駆けつけて来た。

「お前たちは要塞には入れん。今まで通り、外で寝ろ!」
 秘書官の言葉を聞いた雑兵たちの間から、一斉に不満の声が上がった。

「な、なんだよそれ! 俺たちはずっと歩き通しでここまできたんだぜ!」
「宿屋で休めるなんて思っちゃいなかったけどよ。せめて壁の内側にぐれぇ入れてくれたっていいだろ?!」
「やかましい! 気に入らないなら、どこへなりと失せろ!」
 秘書官が怒鳴った。
 そして、笑みと呼ぶには禍々しい嗤いで顔を歪めた。

「行くところがあるならな」
「クソ!」
 行くところがあるのなら、誰が好き好んで戦場に向かったりするものか!
 雑兵たちは仕方なく、要塞の外に天幕を張り始めた。

「ふん! 始めから素直に言うことを聞いてればいいんだ。ゴミどもが!」
 わざわざ聞こえるように秘書官が毒づく。
 雑兵たちは聞こえなかったことにして、無視をした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。 婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。 そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。 新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。 しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。 全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。 信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。 ******** 展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします

森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。 彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。 そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。 どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。 近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。 婿候補は獣医、大工、異国の王子様。 うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中! 同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈ 神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。 ※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...