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【歴史の礎編】
第11話 針を隠すなら藁の中、人を隠すなら? ②
しおりを挟むその頃、『北砦』要塞を出たパドックが、さらなる追い込みをかけていた。
トップとはもう取引ができない。
これ以上は警戒される。
それでは本末転倒だ。
ならばどうするか?
中級以下に取引を持ちかければいい。
夜。宿営しているところに入って行けばいいのだ。
壁があるわけでもない。
天幕だけなのだから、夜陰に紛れて商談に行くのに支障なんかない。
相手は素人、儲け度外視でのパドックが乗り出せば交渉は必ず成立する。
問題になるとすればやはり運搬だが、これは前例がある。
運ぼうとしなければいいのだ。
置いて行かせればいい。
空の袋などでゴミの山にカモフラージュさせて、残させるのだ。
補給部隊の荷馬車が、さらに軽くなっていく。
◇
帝国軍が、リューイン州まであと五日というところまで迫った。
その夜。
ついに糧食の横流しに気付く者が出た。
「ぱ、パドック殿!」
天幕に慌てた様子で駆け込んできたのは、補給部隊の下級管理者だった。
ついさっき、パドックに自分が管理する荷馬車から、小麦の袋30袋を売らされた男である。
「どうかなさいましたか?」
カモフラージュが終わるのを待っていたパドックが、落ち着き払った態度で聞き返した。
内心では、今にも兵に取り囲まれるかとハラハラだったが、そんなことはおくびにも出さない。
「どうもこうもありませんよ。小麦30袋、用意しようとしたら・・・なくなっていたんですよ!」
真っ青な顔で下級管理者の男がした説明によれば、パドックに売る羽目になった小麦を荷馬車から降ろそうとしたところ、小麦が入った袋は28しかなくなっていたのだという。
「袋や箱はあります。ですが、中身がみんな空なんですよ!」
思わず、パドックは顔を逸らした。
少しばかりやり過ぎたかもしれない。
数百ある荷馬車から、とうとう買い尽くされたものが出たのだ。
補給部隊では、荷馬車の速度を一定に保つため、全て同じ重さに調整している。
そのため、食事の度に全ての荷馬車から均等に食糧を降ろす。
だが、交渉相手によって大量に買えたり売り渋られたりで、パドックの方は均等にとはいかない。
たまたま多く買い取りできた荷馬車が、重なってしまったのだろう。
「なんということだ」
呆然としたような顔を作り、パドックはヨロヨロと立ち上がった。
「私より先に、買い付けた商人がいるというのか!?」
そんなことはない。
全部パドックが買ったのだ。
これは、目の前にいる管理者へ向けた演技である。
「わ、わたしはどうすればいいのだ?」
自分の管理下にある荷馬車が空になっている。
バレたら責任をとらされて首が飛ぶ。
男は崩れるように膝を折り、へたり込んだ。
「28では足りませんからね。もう二袋用意していただかないと」
30袋分の支払いは済んでいるのだ。
「そんな場合か! こっちは首が飛びそうなんだぞ?!」
掴み掛かるというか、床に膝をついているので、すがりつくような格好で男は泣き出した。
「焼けばよろしい」
「は?」
「荷馬車を焼くんですよ。敵の兵糧を焼くのは戦の常套手段ではありませんか。敵の工作員が入り込んで、火をつけたことにして、貴方の荷馬車と他の方が管理しているもの、何台か焼いてしまうのです。焼いてしまえば、中身が空だったことに気付く者はいない、と思われませんか?」
「そ、そういうことか!」
男がパッと立ち上がった。
「それなら守備兵の責任になる。俺のせいじゃなくなる!」
「その上、第一発見者として延焼を食い止めたとアピールできれば、褒章ものですな」
男の顔に人の悪い笑みが浮かんだ。
「一石二鳥どころじゃねぇな、それ!」
「焼く前に荷馬車の食糧を出してくだされば、それも買わせていただきますよ」
同じ笑みでパドックが囁いた。
焼かれる荷馬車の数が、何台か増えることだろう。
◇
炎が上がっている。
辺りは騒然としていた。
「火を消せー!」
「早くしろ!」
「急げ!」
声は出すが、兵たちは右往左往するだけで消火活動をしていない。
できないのだ。
荒野のど真ん中、飲み水の確保すらも難しい。
消火用水など望むべくもない。
そして、足元にあるのは砂ではなく硬い土だ。
砂をかけての消火もできない。
もちろん、火は消えた。
燃える物がなくなれば、火は消えるのだ。
「なぜ、火が出たのだ?!」
警備の責任者が、当然の疑問を誰彼構わずぶつけている。
荷馬車に火元となるようなものなどない。
煮炊きをする竃とは距離を置いてあるのだ。
「敵の工作員が入り込んだものかと」
補給部隊の、下級管理者を示す徽章をつけた男が進み出た。
「私は夜中に、時折自分の管理下にある荷馬車を見回ることがありまして——」
昨夜もたまたま見回りに出たところ、怪しい影があり声をかけた。
直後に火が出たと証言をする。
「この辺りの警備は誰の担当か?!」
「エルウィン将軍の部下たちです!」
すぐさま担当者が特定され、捕縛された。
宿営地の外に引き出され、座らせられる。
「燃えた荷馬車の処分をやっとくれ」
急報を受けた『エルウィン』は、副官にそう指示をした。
自分の部下の不始末の結果は、自分の部下でとらなければならない。
「あたいは、あいつらをあの世とやらに送らないとならないからね」
警備の不備を問われた兵を、将軍自ら処刑しようというのだった。
「運が悪かっただけだろうに、不憫なものだ。せめて苦痛なく死なせてやりたい」
自分のところの兵が、怠けていたとは思えない。
しっかりと警備をしていたと信じている。
だが、結果は結果だ。
ケジメはつけなければならない。
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