247 / 261
【歴史の礎編】
第23話 洞窟の中ではカナリアが先に死ぬ ②
しおりを挟む坂はどんどんとキツくなっていった。
タバルが、ふと顔を上げた。
首を傾げて耳を澄ましているようだ。
「なにか、声がしないか?」
「そうですね。なんというか、大勢が一斉に声を上げているような感じです」
副長も耳を澄まして相槌を打った。
「トイ! トイはいるか?!」
副長が誰かを呼んだ。
「は、はい! いますよ!」
後方にいた若い隊員が、ぴょんぴょん飛び跳ねて手を振る。
「こっちに来い!」
副長の命令を聞いた周囲の者が道をあけて、若い隊員を通してくれる。
「トイ。お前は耳がいい。この声がなにを言っているのか聞き分けてくれ」
「声? あー、これですか。ちょっと待ってください」
若い隊員は耳に手を添えて、目を閉じた。
「えっとですね。『難民にはパンとスープを!』『敵兵には矢と槍を!』って言うのを繰り返してます」
その言葉を聞いた他の隊員が、あっと声を上げた。
「じゃあ、間違ってないんだ!」
やっぱそうなんだ! と、嬉しそうだ。
「なにがだ?」
「匂いですよ! 小麦の! 焼き立てのパンの匂いです!」
「なんだと?!」
全員が一斉に鼻をスンスン鳴らして匂いを嗅ぎ始めた。
風呂にも入れず歩き詰めだった男たちの饐えた臭いが充満するなかで、確かに香ばしい小麦の匂いが漂っている。
「た、隊長」
副長が、タバルを呼んだ。
遥か前方を指差している。
ちょうど、橋の高さが最大になる地点だった。
前方がよく見晴らせる。
「早いわけだ」
乾いた呟きが漏れた。
列の進み具合の話だ。
何万人もの列にしては早すぎると感じていたが、理由がわかった。
五本の橋。
そこから伸びていく動線の両側に、祭りの夜店のような露店が並んでいる。
石造りの釜ではパンが焼かれているのだろうし、火に掛けられた巨大な鍋ではスープが煮込まれているのだろう。
雑兵たちがパンとお椀を持っている様子が、見て取れた。
腹を空かせた者たちの前に、暖かな食事が置かれているのだ。
列が進まないわけがない。
「なぜだ?」
数万人規模なのに、まったく混乱が見えない。
騒ぐ姿がまったく見えないのだ。
もっとこう、騒ぎが起きていそうなものだが、誰もが普通に笑顔でパンを口に入れている。
「隊長!」
再び副長が注意を促した。
今度は遥か前方ではなく、少し近い。
橋を渡って五十メートルほど離れた位置、露店が並び始める辺りだ。
若い女性がいた。
肌の露出は少ないが、女性ならではの起伏がはっきりと出る服装で。
その女性が、橋を渡り終えた者たちに近づいて、手振り身振りを交えて誘導している。
女性は一人ではない。
他に何人も待機している。
何十人かもしれない。
「案内人まで用意しているのか」
あえぐようにして、タバルが言葉をこぼす。
もちろん、案内人がいるだけで、こんなに順調な動きにはならない。
スムーズに行っている最大の理由は別にある。
カロスターク曰く、『埋伏の毒』が機能した結果だった。
埋伏の毒、敵の中に手の者を埋め伏せること。
すなわち、避難させた北王国の若者のうち、帝国軍に紛れ込んだ者たちのことである。
彼らには三つの役割が与えられていた。
一つ、安全な避難先の確保。
敵の中に紛れることで、これは完遂した。
二つ、帝国軍の食糧を食い潰すこと。
これも、うまくいった。
三つ目が、このタイミングでの心理的誘導だ。
0
あなたにおすすめの小説
老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~
ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。
婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。
そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。
新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。
しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。
全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。
信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。
********
展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします
森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。
彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。
そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。
どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。
近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。
婿候補は獣医、大工、異国の王子様。
うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中!
同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈
神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。
※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
靴を落としたらシンデレラになれるらしい
犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。
突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー)
私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし…
断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して…
関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!?
「私には関係ありませんから!!!」
「私ではありません」
階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。
否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息…
そしてなんとなく気になる年上警備員…
(注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。
読みにくいのでご注意下さい。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる