商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【歴史の礎編】

第22話 洞窟の中ではカナリアが先に死ぬ ①

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 開戦前日。
 帝国軍内において、中級幹部による作戦会議が開かれた。
 もっとも、それは形だけのものだった。

 上層部の命令は「ともかく突っ込め」、「食い物を分捕れ」、「ついでに目についた人間は皆殺しだ」というものに終始していた。
 抽象的で具体性がない。
 いわば、方針だけを告げてあとは丸投げである。

 そして、そんな奴らにつき従う者にも、まともな作戦を望む者は多くない。
 一番乗りをするのは誰か、そんな賭けをして騒ぐばかりだ。

 「ひでぇもんですな。タバル隊長」
 そんななか、とある部隊の副官が、自分の上官に囁きかけた。

 帝国の貴族軍の一つだ。
 出身地の領主に命令されて参加した中隊規模の部隊である。

 「予想出来ていたことさ。どうにもならんよ」
 タバルは達観したように呟き、そっと目を閉じる。

 自分にどうこうできることではない。
 命令に従い、進む。
 結果がどんなものかは考えない。
 それが、この場の処世術というものだった。


 そして、帝国軍の侵攻が始まった。
 槍や剣を持たされた歩兵たちが、五列に分かれて橋を渡って行く。

 一本の橋につき十五人くらいが、横並びしてそれに後続がぞろぞろと続く形だ。
 まんま、アリの群れである。

「壮観だな!」
 延々と続く歩兵の群れを目にして、ベルーノは満足顔だ。

 これなら勝てる!
 負けようがない!

 町の一つや二つなら、すぐにでも落ちる。
 進軍を止められるとしても、それはリューイン州の州都に迫った辺りだろう。

「行けるとこまで行かせる! 数日はここで野営だな」
 自分と直属の兵たちは、安全が確保されたのを確認してから進めばいい。

       ◇

 さっさと進む者。
 なるべく後ろにと下がる者。
 雑兵の群れの中でも動きがある。
 そんな直中で。

「わかってはいましたが、本当に動きませんね」
 中年の男が、後ろを振り返ってぼやいた。
 次々に橋を渡る雑兵たちの後方、順番待ちをする部隊の副長だ。

「雑兵は端から使い捨て、欲しいのは金ではなく名誉とくれば、率先して動く理由はないだろうな」
 王国の町を一つでも落として見せれば、最低限の面目が立つ。
 それだけで、本国へ帰ってからの発言力が増すとなれば、危険を冒す意義も理由もありはすまい。

 ベルーノの考えは読めている。
 大勝利を手土産に帰国し、王国との全面戦争に及び腰の王を煽る。
 勢いづいた主戦論者たちを自分の下に従えて、国内における影響力を増大。
 権力を握る。

 わかりやすい野望だ。
 わかりやすいがゆえに、賛同者も集まりやすいわけだが・・・。

「分の悪い賭けだと思うのだがな」
 タバルは首を振った。
 現当主は自分たちをチップにして、賭けに出ている。

 生気の抜けかけた目が部下たちに向けられた。
 俺が死ぬだけならどうということはない。だけど、こいつらは死なせたくないな。
 そう思うが、それを決めるのは上の連中だ。

「隊長、動きます」
 いつの間にか、雑兵たちの姿が減っていた。

「ずいぶんと早いな」
 十五万からの人間が動いている割には、スムーズな気がする。

「橋がいいってのもありますが、渡った先になにもないのでしょう」
 なにを考えたのか、王国はかなり立派な橋を掛けている。
 幅も広くしっかりとした造り、数万人規模で渡ってもビクともしない。

『ライン川』は事実上の国境だが、実際的にはもっと先になる。
 王国の町まではさらに、半日か一日歩かなくてはならない。

「町に防御戦を引いているということかな」
 川沿いに軍を展開しての防衛戦ではなく、町壁を使っての籠城戦を企図しているのだろうか?

 町壁を使えば、そりゃ守りやすいだろうが、反面町の被害が大きくなるのに。
 指揮官は町の被害を考慮しない人間なのか?

「対外的には、トルーアン州狙いだとしてきましたからね。リューイン州の防御準備が間に合わなかったのではないですか?」
「ああ、それはありえるか」
 副長の言葉に、タバルは頷いた。

 トルーアン州に行く、自分たちのところに来るのはその後だ。
 そう思っていたのなら、川沿いに軍を展開していなかったことの理由にはなる。
 しかし・・・。

「こんな橋を残していたら、侵攻先を変えるかも知れないと考えないものかな?」
「考えなかったのでしょうよ」
 タバルたちも歩き始めた。
 雑兵たちもどんどんと進んで行く。

「少し上っているのか?」
 橋の上を進むにつれて、足下が緩やかな坂になっているような感触がある。

「耐久性を上げるために、中央を厚くしているのでしょう」
 弓形に反らすことで、強度を上げることができる。

 なるほど。
 ならばこそ、数万人規模の移動を支えられるわけだ。
 よく考えられている。
 なのに、防衛は軟弱?

 経済的な思考には強いが、軍事的な能力は低いということだろうか?
 そうかもしれない。
 すべてにおいて、同程度のパフォーマンスを維持できる人間なんていない。

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