商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【歴史の礎編】

第25話 言の葉を用いる ①

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「うまくいってるね」
 橋から一キロ。
 平原に建てられた物見櫓、その上から見下ろしてカロスタークは頷いた。

 リューイン州内から集めた料理人が急造の石窯で料理をする中、接待を伴う飲食店の女性たちと普通の服を着た『耳長族』の娘たちが、難民たちを誘導している。

 一月の間、まったく女っ気のなかった野郎どもから、戦意を抜くのに充分な環境だ。
 しかも彼女たちは、この二十日間王国各地からやって来る移民たちの受け入れと、送り出しも行っていた。
 人流制御の熟練者たちなのである。

 腹を空かせているだけの人間を誘導するのなんてのは、お手のものだ。
 他には、『竜鱗族』たちが移動を始めている。
『難民にはパンとスープを!』と叫んでいたのが、実は『竜鱗族』たちだ。
 でかい身体からでかい声を発して、帝国軍歩兵にメッセージを送り続けてもらった。

 だが、もうその必要はない。
 次の仕事に向けて待機場所に向かっているのだ。

「あの人たちはなんなのでしょう」
 フランソワが首を傾げた。

 指差す先は橋のたもとだ。
 橋を渡った辺りで、座り込んでいる一団がいる。

 他の者たちが前へ前へと出て、パンとスープを手にしているのでやたらと目立つ。
 武器は捨てているようだが、動く様子がない。

「常備軍かな?」
 いわゆる雑兵ではないのだと、カロスタークは予測した。
 だとすると・・・。

    ◇

 日が傾き始めるなかタバルたちは座り込んだままだった。
 誰もが沈黙の内に、雑兵たちが笑い合う姿を眺めていた。

 一月以上も共に行動してきたが、初めて見る姿である。
 表情を無くした灰色の顔、石像の群れのような印象が強い。

 彼らも人間だったのだ。
 当たり前のことに、いまさら気が付く自分に驚いている。
 知らずに感覚が鈍っていたのだ。
 人を人として見ない、どこかの誰かと同類になりかけていたらしい。

「隊長!」
 副官が声を上擦らせた。
 まだ、何か驚くことがあったのか?
 たいして興味もなく、タバルは副官の視線を追う。

 固まった。
 女がいた。

 肌の露出が多い服装だ。
 きっと邪魔だからだろう。

 なにに?
 もちろん、飛ぶためだ。

 女の背中には黒い翼があった。
『翼人族』なのだ。

「おまえら、帝国の常備軍か?」
 言葉を投げ掛けられて、何人かが腰を浮かせた。

 剣を抜こうとして、慌てる者もいる。
 捨てたことを忘れていたようだ。
 それらを制してタバルは立ち上がった。

「敵にでも聞くさ」、自分の発言だ。
 どうやら、答えを聞くときが来たらしい。

「その通りだ。私が隊長のタバルである。いかなるものであれ、責任は私にある。部下には寛大な措置を頼む」
 頭を下げた。
 副官や部下たちが騒ぎそうになるがやめさせた。

「おまえが隊長か」
『翼人族』の女が、翼を一度だけ羽ばたかせて寄ってきた。

 襲い掛かられるのか?
 それでもいい。
 すでに自分の命は諦めている。
 気になるのは部下たちの処遇だけだ。

「いま橋を渡ろうとしてる荷馬車も、その部下ってのに入るのか?」
『翼人族』の質問に、タバルは声を上げそうになった。
 荷馬車のことを忘れていたのだ。

 町で略奪を働いたあと、戦利品を積むために必要だろうと追加された後続隊である。
 元々の所属は別の部隊だが、いまはタバルの指揮下にあった。
 各部隊で煙たがられていたような者たちが、追い出されるようにして集められ結成された隊である。
 補給部隊の者たちが大量に粛清された結果だ。

「そうだ」
 まだ顔もよく知らないが、部下であることに違いはない。

「橋を渡ってきたら、あっちに行かせてほしいってカロスタークが言ってるぞ」
 あっち、と川の上流を示される。

「なにがあるのだ?」
「食糧だ。積み込むんだよ」
 食糧不足の自分たちとはえらい違いだ。

 当然か。
 そうでなければ、敵兵に食事を用意することなどできはすまい。

「そうか、わかった。我々も行っていいのか?」
「そうした方がいいぞ。カロスタークも聞きたいことがあるみたいだしな」
 どうやら、カロスタークというのが王国側の指導者の名であるらしい。

「わかった」
 部下に合図をする。
 副官が兵を連れて動いた。

 五本ある橋、一本一本に数人ずつ送り出している。
 状況を説明して、指示を伝えなくてはならないからだ。

「じゃあな」
『翼人族』の女が、フワリと舞い上がった。
 身軽なものだ。

「移動しよう」
 兵を促してタバルも動いた。
 自分たちをどうするつもりなのか、聞かせてもらわねばならない。



「ちっ。死に損なったせいでとんだ貧乏くじだぜ」
 わたわたと動き始める人間を見下ろして、ファルケが吐き捨てた。
 妹の後塵を拝して、こんなメッセンジャーまがいのことをさせられる。
 ムカつくことこの上ない屈辱だ。

「面白くねぇ」
 履き捨てる口の端が、我知らず口角を上げていることにファルケは気が付かなかった。
 ・・・気が付かなかった、コトにした。

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