商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【歴史の礎編】

第31話 崩れるときはそよ風一つでも崩れる ②

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 ゆっくり行軍するリューイン軍のもとに、『翼人族』の女が舞い降りた。
 ファルケである。

「お疲れ様。なにがあったの?」
「それが・・・」
 ファルケが状況を説明してくれた。

「・・・。うーん。いきなり襲いかかるとはな」
 予想外だった。
 カロスタークが考えていたのは、ベルーノとエルウィンが合流したあと、二人の間で派閥が作られるというものだった。

 帝国軍をさらに分裂させるのが狙いだったのである。
 それがいきなりぶつかり合って、片方が消えてしまうとは驚きだった。

 すこし、追い詰め過ぎたか。
 ちょっぴり反省した。

「ま、いいや。手間が省けたのも事実だからね」
「会談に応じてよろしいのでしょうか?」
「かまわない。というより、推奨だね」
 そう言ったものの、カロスタークはふと思案顔になった。

「せっかくだから一気に済ませるか。タバルに、会談は明日の朝にするように伝えて」
 今から準備すれば夕方には会談可能なのだが、それを少し遅らせる。

「それを伝え終えたら、今日の仕事は終わりでいいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
 頭を下げて、ファルケが再び舞い上がる。
 少しだけ、羽ばたきに力が入っていたような気がした。

   ◇

 会談はタバルとエルウィンが陣を構えた場所から等距離の地点で行われた。
 天幕が張られ、双方とも随行者は数人ずつとなっている。

「お待たせして申し訳ない」
 開口一番、タバルは詫びた。
 昨日の夕方にはできたはずの会談を、遅らせたことについてである。

「いや、申し入れたのはこちらだ。頭を下げるべきは、あたいの方だよ」
 エルウィンは貴族階級で軍人としての階級もタバルより上。
 身分からすれば、エルウィンが上でタバルが下となる。

 しかし、今やエルウィンは敗者でタバルが勝者。
 しかも戦力差があり過ぎる状況。

 リューイン軍側からすれば、面倒事は無視して力押ししてもいい盤面なのだ。
 場合によっては停戦交渉どころか、降伏勧告を突き付けられていて当然の状況なのである。それを弁えないエルウィンではない。

「それよりも、聞きたいことが山ほどある。これに答えてもらうほうが重要だよ」
「なんでしょうか?」
「十五万もの兵を一晩で消して見せた、魔法の正体が知りたいのさ」
 ああ、そのことか。
 タバルは口元を緩めて頷いた。

「魔法ですか。言い得て妙ですな。確かに魔法と言える」
 クックックッと笑い、タバルは自分が見たことを話して聞かせた。
 まさしく、目の前で兵が消えていった状況を。
 そして・・・。

「ぷっ、ぶははっ!」
 エルウィンは噴き出した。
 腹を抑えて笑い出す。
 顔が真っ赤だ。

「そいつは、確かに魔法だね!」
 川に橋がかかり。
 渡った先に屋台街ができていて、案内役の女が待ち構えている。
 古い童話に出てきそうな、幻の街そのものだ。

「くくっ。そうかいそうかい。兵たちはみんな難民になったから消えたのかい」
 それならば、十五万が一晩で消えることもあるだろうと、納得できた。

 漠然と予想していた魔法の正体。
 人工的に発生させた土砂崩れや洪水に呑まれた・・・というわけでもない。
 消えたと言っても死んだのではなく、名称が変わっただけだから受け入れるのも楽だった。

「くくっ。すさまじいね。敵の司令官は魔法使いかなにかかい?」
 一滴の血も流さず、十五万もの兵を無力化してのける手腕は、そうとでも言わなければ表現できない。


「いやぁ、別に魔法は使いませんよ」
 応えたのはタバルではない。
 その随行者だった。

 エルウィンが眉を吊り上げた。
 将同士の会談の最中に、随行者が口を挟む。
 増上慢も甚だしい行為である。

 タバルともあろう者が、躾のなっていない部下をつれてくるとは!
 思わず凝視すると、タバルは困ったように宙を見上げて、頬を掻いていた。

「申し訳ない」
 目が合うと、深々と頭を下げてくる。

「紹介が遅れました。王国の総司令官カロスターク・カロ・レッドルア様です」
「カロスタークです。よろしく」
 タバルの紹介を受けて、無礼な随行者が会釈する。

「はぁ?!」
 驚愕の声を上げ、エルウィンは立ち上がった。
 総司令官と紹介されたのが、どう見ても自分より年若の子供と言ってもいい若者。
 驚き過ぎて、座っていられなかったのだ。

「こんな若いのが? ・・・いや、違う。だから、なのか」
 頭の固い年寄りの頭では、魔法とすら評したくなる策謀を思いつけまい。
 目の前の若者が思いついたことだとしたほうが、しっくりくるし腑にも落ちる。
 ゆっくりとエルウィンは腰を下ろした。

「驚かせてくれるじゃないか」
 ニヤリと笑って見せる。
 背中には冷や汗が滲んでいるが、それは見抜かれるわけにいかない。

「意表を突くのが得意でしてね」
「そのようだ。大した度胸だよ」
 腰に刷いたままのサーベルを、エルウィンは撫でて見せる。
 その気になれば、いつでも斬りかかれる。

 首を刎ねてくれようか?
 軽く脅しているのだ。
 気付いただろうに、カロスタークは脅しを受け流した。

「聞きたいことは終わりですか? 山ほどあると言っていたと思いますが?」
 人畜無害な顔だ。
 あまりにも自然過ぎて、この場で出会ったのでなければ3秒で忘れそうな印象しか残らない。だが。

 エルウィンは背中の冷や汗が増すのを意識した。
 この場で、であることが重要なのだ。
 勝ちが確定しているとはいえ、敵将との会談の場で自然でいられる。
 それがどんなに凄いことか。
 胆力に自信があった自分が、こんなに背中を濡らしているというのに。

「兵たちのことは理解したよ。だけど、あんたはどうしてコイツに付いたんだい」
 コイツ、とカロスタークを指さした。
 多分に挑発を含ませたつもりだが、カロスタークは眉一つ動かさない。

「理由はいくつかありますが。部下の行く末を考えたとき、それが最善だったから。ということになるでしょう」
「まぁ確かに、敗色濃厚だからね」
 数の優位を根底からひっくり返されたのでは、そのまま戦闘を続行するのは自殺行為である。
 部下に死ねと命令したくないなら、剣を捨てるほかあるまい。

「それだけではありませんよ。部下全員に家と畑をいただいたのです。それも、貸与ではなく完全譲渡でです」
「マジ?」
「大マジです。ちなみに、私には領主の称号が与えられました。部下の住む土地を管理するためにです」
 その情報を密かに流したことで、ベルーノに付いていた兵を逃亡させた経緯も伝える。

「なるほどね。一晩で三千からの兵が逃げたってのには、そんなカラクリがあったのかい」
 秘書官から聞いていた兵の逃亡理由が明らかになった。
 これも聞きたいこと、の一つだったが聞く必要がなくなったことになる。

「しかし、家と畑とは。ずいぶんと張り込んだものだね」
「誰も住んでいなくて、荒れた土地でありながら水源は確保できる。そんな場所を切り拓いて、下げ渡してるだけですよ」
 探るような視線を叩きつけるエルウィンに、カロスタークは肩をすくめて見せた。

 すでにある町をくれてやっているわけではない。
 基礎は整えているが、無人の荒れ野を切り拓けと押し付けているに過ぎないのだ。

「それにしたって、破格だよ。貸し与えるじゃなく、完全譲渡だなんて、聞いたこともない」
「私的には土地が全部国有地で、国民に貸し与える制度ってののほうが馴染み薄なんですけどね」
 モンモラシー領で住んでいたのは男爵家が細々と開拓していた地域で、男爵家の直轄だったから国有ではなかったのだ。
 普通に売り買いされる土地だった。
 なので、国からの借り物という意識がないのである。

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