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【歴史の礎編】
第30話 崩れるときはそよ風一つでも崩れる ①
しおりを挟む「全軍突撃せよ!」
ベルーノからの直接命令が下ったのはまだいい。
だが、その相手があろうことかエルウィン軍だなどと、予想外過ぎた。
「味方を攻撃するだと?!」
あり得ない!
命令の内容を知り、秘書官は慌てて諫めに向かった。
たどり着くことは、ついになかったけれど。
ただ、秘書官の代わりに諫めた者もいたにはいた。
なのだが・・・。
「エルウィンは味方です!」
「バカめ、偽物に決まっておる!」
「なんですと!?」
「我々がこのざまなのだぞ! 食糧をたんまり持っておる者たちが無傷でいられるわけがない!」
完全な言いがかりである。
根拠もない妄言に過ぎない。
なのに。
「全軍突撃せよ!」
二度目の命令に、背いた者は少数だった。
すでに大概の兵士が、考えることを放棄していたのである。
一方でエルウィン軍側の兵は、味方が歓呼の声を上げて迎えに来たものと、思い込み反応がわずかに遅れた。
奇襲となったわけだが、攻撃しようとする場合には必ず予備動作がある。
剣を抜き、槍を構えなければ攻撃できない。
反応は遅れたが、対応は可能だった。
エルウィン自身が武人であり、その部下たちは隊長直々に鍛え抜かれている。
食糧を満載した荷馬車をつれているので、この数日間は食糧も満量支給だ。
攻撃する側は練度も低く空腹、士気も最低である。
数の上での有利はベルーノの側にあったが、明らかに攻撃を仕掛けている側が劣勢だった。
なをかつ、襲われる側が手加減する道理などない。
戸惑っていたのでは、自分か仲間が殺されてしまう。
だから。
「迎撃せよ!」
自失で数秒の間をムダにしつつも、エルウィンは冷然と命じた。
なにが起きているのかよくわからないから、なるべく殺さないように無力化せよ。
などと曖昧な命令をすることはできない。
部下を守るためには、攻撃してくる『敵』は討つほかない。
「うら!」
技量と士気の高さで勝るエルウィン隊が、猛然と反撃に入る。
戦いは一方的なものとなり、勝敗もまた一方的だった。
長くもない迎撃戦が終わったとき、エルウィンの内にわき上がったのは勝利の高揚感ではなかった。
混乱と疑惑である。
「一体全体、なにがどうなったっていうんだい?!」
サーベルの血を拭うことも忘れて、エルウィンは叫ばずにいられなかった。
敵国の民を斬ることも気持ちのよいものではないが、味方を斬る気持ち悪さといったらなかったのだ。
「戦闘に加わらなかった連中が降伏を申し入れてきています。彼らから、なにか聞けるでしょう」
副官の言葉に、エルウィンは眉をひそめた。
「・・・またぞろ、斬りかかってきやしないだろうね?」
「まさか。と言いたいところですが、警戒はすべきでしょうな」
「だろうね。兵たちに、その旨を伝えておきな。日に二度の奇襲を受けるなんてたまったもんじゃないからね」
降伏を申し入れたのはベルーノの秘書官だった。
ベルーノの全軍突撃を止められないと判断した彼は、自分の周囲にいたものたちの説得にかかったのだ。
兵たちの命を守るため・・・ではなく、自身の影響力を少しでも保つために。
もはや敗北は確定、捕らわれることなく逃げたらしい主人のベルーノも先がない。
こうなると、一人でも多くの兵を率いてでもいなければ、自分の立場が無くなると必死だったのだ。
「解せないね」
秘書官の話を聞いたエルウィンの困惑は、より深まった。
「十五万もの兵が一晩で消えたことになるよ?」
「なんらかの策謀があったものと推測します」
「策謀ねぇ」
どんな策謀があれば、そんなことができるのか。
根っからの武人であるエルウィンには、雲を掴むような話としか思えなかった。
「経緯を教えてくれそうな奴はいないのかい?」
冗談めかしてエルウィンが聞いた。
味方は壊滅状態、敵が策謀のタネを明かすはずがない。
尋ねたところで、答えの返ってくることなどないだろうと知っていて聞いたのだ。
だが、別の理由で返答は遅れた。
「敵、迫ります!」
見張りの兵の叫び声が届いたのだ。
「敵、ね。どっちのだい? さっき斬りかかってきたのは、味方のはずだったんだけどね」
すぐに動き出そうとする部下たちを抑えて、苦々しくエルウィンが質す。
『敵』の定義が崩れかけていた。
「間違いなく敵ですよ。これまた、元は味方ですけどね」
答えたのは秘書官である。
「いま話にでていた、経緯を教えてくれそうな奴、が指揮している部隊です」
「何者なんだい?」
「タバルのことですよ」
「タバルだって?! アイツが王国に付いたってのかい?!」
信じられない! とエルウィンの声が高くなる。
「バカがつく律儀者じゃないか! アイツが裏切るって相当だよ?!」
金や権力に屈するような男ではない。
少なくとも、エルウィンが僚友と頼める程度には、人間性と力量を買っていた男だった。
今回の出征では、唯一背中を任せられる相手だとも考えていた。
いざというときに、話を通すことのできる数少ない味方と見ていたのである。
そのタバルが敵方に付いた?
「接近中の部隊に使者を出しな。停戦と会談を申し込むんだ」
「受け入れますかね?」
副官は懐疑的だ。
「タバルが、あたいの見込み通りの男なら受けるはずさ。見込みが外れてたなら、あたいに人を見る目が無いってことだろうね」
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