風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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第21話 それぞれの明日へ ③エピローグ~シレーネとメモリー~

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 エピローグ 未来のシナリオ 3

 丘の上から見える海は、蒼く穏やかに広がっていた。
 氷の道も、氷山も、もうどこにもない。

 波の音は優しく、まるで世界が深呼吸しているようだった。

「マリーナ!」 「シレーネ!!」

 海岸から聞こえる二つの声。
 姿を現したのは、マリーナの父と、シレーネの幼馴染み・ボルガン。

 驚きと喜びが入り混じった声を上げ、二人の少女はそれぞれの大切な人のもとへ駆けていく。

 アモール、サラサ、メモリーは、遠慮がちにその後を追うだけだった。

 マリーナは父の胸に飛び込み、涙と笑顔を交えながら再会を喜ぶ。
 海賊退治の賞金で、母の夢だった酒場を開くという父の言葉に、マリーナは驚きながらも、嬉しそうに頷いた。

「てめぇの親父様を見縊るんじゃねぇ」

 照れ隠しのグリグリ攻撃に、マリーナは痛がりながらも笑っていた。

 少し離れた場所では、シレーネがボルガンにしがみついて泣いていた。
 アモールに泣きついたときとは違う、心から許せる人への涙。

 ボルガンは黙って仁王立ちのまま、シレーネを受け止めていた。


「もう、いい加減に泣きやめよ。涙の中で溺れる気か?」


 十分ほど経ってから、ようやく声をかける。

「・・・ごめん。もう泣かないから・・・あたしってば悪い子だね」

 袖で涙を拭きながら、幼い頃のような笑顔を見せるシレーネ。

「鎖にでも繋いで、側に置いておかないといけないな。危なっかしすぎるんだから、おまえは・・・」

「・・・大丈夫よ。もう離れたりしないから。ずっと・・・」

「ずっと・・・?」

「えぇ。ず~っと、よ」

「じ、じゃあ・・・けっ、結婚してくれるのか?」

 真っ赤になって問いかけるボルガンに、シレーネは無言で頷いた。

 朝焼けの光の中、二人のシルエットが重なり合う。



「見せつけてくれるよな・・・俺も独身主義返上して、彼女でもつくろうかな」

 アモールがポツリとつぶやく。

「じゃあ、わたしが立候補!!」

 メモリーが手を上げて宣言する。

「・・・本気にするぞ」

「してくれていいわよ。だって、わたし他に行くとこないんだもの」

 その瞳は、珍しく真剣だった。

「なるほどな・・・マリーナ、こいつを下働きとしてでも使ってやってくれ」

「それはかまわないけど・・・」

「良かった。じゃ、こいつ預けるから、こきつかってやってくれ。メモリーもいいな?」

「え~? なんで? 一緒に暮らしてくれないの?」

「バカ、勘違いするな。今の俺には家も財産もない。だから、それまで待ってろって言うんだよ。いつか、迎えに行くから」

「ほんとう?」

「ああ。だけど、俺って奴はタコみたいなもんで、一度あがっちまうとなかなか下りれない。だから、糸の端はしっかり持っててくれよ。どんなに長くなってもさ」

「はい」

 シレーネとボルガンは村に戻ったらすぐに式を挙げ、マリーナに対抗して宿屋を始める予定だという。

 あの様子だと、かかあ天下になるな——それが一同の共通見解だった。

 彼らはマリーナの父の船に乗り、最後の航海へと出た。
 新たな街での暮らしを目指して。

 カリスの港に寄港したとき、街は数千人の人々で埋め尽くされていた。
 天候の急激な変化で、世界が変わったことが明白だったからだ。
 北の大陸から熱い雪雲が晴れ、日差しの下で白く輝いている。
 人々は、新しい時代の幕開けを祝おうとしていた。

 その中には、シレーネの村の長老や村人たちの姿もあり、シレーネとボルガンはあっという間に人の波に呑み込まれていった。

 その様子を、アモール、サラサ、メモリー、マリーナは 港を離れる船の上から静かに見つめていた。


 メモリーは、風に髪をなびかせながら自分に向けて呟いた。

『記憶は過去にある。でも、わたしは未来を待ってる』

 神話の時代を、唯一身に宿す。
 本来存在しない『人間』の、それは灯だった。



 騒ぎに巻き込まれたくなかったというのもあるが、彼らには、勇者と呼ばれるべきはシレーネだけだと思えた。

 彼女がいなければ、誰も冒険に加わることなく、すべてが終わっていたに違いない。

 いつか必ず、逢いに来ることを心に誓って——アモールたちは、カリスの港町を後にした。

 さよならの一言さえ、告げることなく。




「行っちまったな。ほんとに良かったのか? さよならも言わないまま別れて」

 群衆を抜け、街を出たボルガンとシレーネは、海辺に立って水平線に沈む夕陽を見つめていた。

「いいの。あの人は風だったのよ。あたしの中を通り過ぎていくだけの。だから、さよならは言わない。季節が巡れば、いつかまた逢えるでしょうから」

「風・・・か?」

「そうよ。だって、彼の名はアモール。風と恋の神」

 ——そう、ある神話では、恋の神をアモールと呼ぶのだ。
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