風のアモール 

葉月奈津・男

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第20話 それぞれの明日へ ②エピローグ 未来のシナリオ 2~マリーナと父~

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 小高い丘の上に立ち、蒼く広がる水平線を見つめる。
 そこにはもう、氷の道も氷山もなかった。

 凪いだ海原が、ただ静かに横たわっている。
 波の音も、どこか優しく響いていた。

「マリーナ!」 「シレーネ!!」

 海岸のほうから、二つの呼び声が聞こえる。

 姿を現したのは、口髭をたくわえた大男と、逞しい山の男。
 どちらも優しい瞳をしていた。

「父ちゃん!」 「ボルガン!!」

 驚きと喜びが入り混じった声を上げ、 マリーナとシレーネがそれぞれの大切な人のもとへ駆けていく。

 アモール、サラサ、メモリーには再会する人はいない。
 二人の後を、遠慮がちにゆっくりと追いかけるだけだった。

「父ちゃん!」

 もう一度呼びながら、マリーナは熊のような大男の胸に飛び込む。

 どう見ても似ていない。
 むしろ、別の生き物のようにすら見える。

 間違いなく、マリーナは母親似だった。
 それにしても、こんな大男に抱かれて壊れなかったのは奇跡かも。

「マリーナ! このおきゃんが、親に心配かけるなんざふてい野郎だ!!」

 おきゃん——お転婆娘——マリーナほどこの言葉がぴったりな子もいないだろう。

「い、痛い! 痛いよ、この馬鹿力!!」

 身長が五倍近い父に首筋を抱え込まれ、マリーナが悲鳴を上げる。

「何だと! 久々に逢えた親に、挨拶ぐらいきちんとせんか!!」

「説得力ねぇよ! いきなり技かける親が言ったってな! だいたい、この半年なんの連絡もよこさねぇで、どこほっつき歩いてたんだよ!」

 丸太のような腕の中で、手足をばたつかせながらマリーナが喚く。
 語尾が涙声になっていることに、本人は気づいていない。

「ある海賊に賞金が懸かっててな。一攫千金を狙って追いかけてたら、連中がカリスの港でたむろしてやがった。捕まえて縛り上げてたら、おまえらが北の大陸に渡ったって情報が入ってな。だから、こうして迎えに来たってわけだ。ありがたく思えよ」

 その海賊とは、マリーナに因縁をつけた、あの連中に違いない。
 冒険の始まりを告げた因縁が、ここで回収されるとは——

 マリーナの父は、ただの船乗りではなかった。
 海賊退治専門の賞金稼ぎだったのだ。

「奴らをノーウッドの監獄島に引きずっていきゃ、母さんの夢だった酒場兼宿屋の開店費用ができる。そしたら、あの船も売って、どこかの港で、おまえと一緒に暮らそうって……思ってるんだがな」

「……父ちゃんも、覚えてたんだ。もう、忘れてるのかと思ってた……」

 意外そうに呟くマリーナに、父は照れたようにニッと笑う。

「てめぇの親父様を見縊るんじゃねぇ」

 照れ隠しなのか、両拳でマリーナのこめかみをグリグリ。
 痛みに顔を歪めながらも、マリーナの表情はどこか嬉しそうだった。

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