風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第2話 北へ

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 祈りが終わり、広場に満ちていた熱がゆっくりと冷えていく。
 体のあちこちでカサつく音と、液化して流れる感触が増えていく。

 男たちは荒い息を整えながらも、まだ私を見ていた。
 女たちは遠巻きに、冷えた目で静かに見つめている。

 十九歳。
 同じ年頃の女たちは、もう皆、家庭を持っている。
 夫の隣に立ち、子を抱き、家を守る日々を送っている。
 その中で、白い衣をまとって跪く私は——

 どこか、世界から切り離された存在のようだった。
 私は立ち上がり、衣を整え、広場を離れた。
 背中に残る視線の温度差が、肌にまとわりつくようだった。

 粘性の液体が、ほどけて垂れ落ちる。
 全身を濡らす、慣れ切った気持ち悪さが、心を沈めていく。

     ◇

 村の外れ、北の大地を望む丘に出ると、
 夜気が一気に肺へ流れ込んだ。
 冷たいはずなのに、胸の奥は妙に熱かった。

 儀式の余韻ではない。
 もっと別の、名前のない熱。

「……シレーネ」
 背後から声がした。

 振り返ると、ボルガンが立っていた。
 肩に雪を積もらせ、息を白くしながら。

「やっぱり、ここに来てたんだな」
「……うん。少し、風に当たりたくて」
 本当は違う。
 儀式の空虚さから逃げたかっただけ。

 でも、それを言葉にする勇気はなかった。
 ボルガンは私の隣に立ち、北の空を見上げた。
 闇色の雲が重く垂れ込め、星ひとつ見えない。

「……つらかったか?」
 その問いは、優しさというより、痛みのように胸に刺さった。

「つらい、ってなにが……」
 わかっている。
 何を言いたいかは。
 でも、私はわかってはいけない。
 わたしは、『巫女』なのだ。

 言葉が続かない。
 胸の奥にある空洞が、言葉を吸い込んでしまう。

 ボルガンは私の横顔を見つめた。
 その視線は、儀式のときの男たちの熱とは違う。
 もっと深くて、もっと静かで、
 触れれば壊れてしまいそうな優しさ。
 そして、温かさ。

「そうか……おまえは、巫女だからな」
「そうだね。でも……十九にもなって、まだ『巫女』のままって、変だよね」
「変じゃない。おまえは……」
 言いかけて、ボルガンは口を閉じた。
 その沈黙が、言葉よりも雄弁だった。

 私は小さく笑った。
 笑ったつもりだったのに、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「ねえ、ボルガン。私……何か、間違ってるのかな」
「間違ってなんかない」
 即答だった。

 でも、その声はどこか震えていた。
 そのとき——


 ——北へ。


 風の奥から、声がした。
 耳元でもなく、空でもなく、
 もっと深いところ。
 胸の奥の、誰にも触れられたことのない場所に直接響くような声。

 私は思わず振り返った。
 そこに、ひとりの女が立っていた。

 雪の中に溶けるような白い姿。
 風に逆らうように揺れない銀髪。
 氷のように冷たいのに、どこか熱を孕んだ瞳。


 ——北へ。


 女は指を伸ばし、北の大地を示した。
 その瞳が一瞬だけ赤く染まり、
 次の瞬間、彼女は消えた。

「……シレーネ?」
 ボルガンの声が遠く聞こえた。
 私は呟いていた。

「北へ……」
 胸の奥がざわつく。
 儀式では満たされなかった空洞が、
 何かに触れられたように疼く。

「北へ……行かなきゃ……」
 足が動いた。
 理性より先に、身体が応えていた。

「シレーネ!?」
 ボルガンが腕を伸ばす。

 でも、その手は私に届かなかった。
 私は丘を下り、森へ向かって歩き出した。

 振り返ることはなかった。
 胸の奥で、あの声が響き続けていた。


 ——北へ。
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