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(R18)ファタール用改稿版
第3話 支えられた背中
しおりを挟む森は、夜の闇を抱え込んだまま沈黙していた。
枝に積もった雪が重みで軋み、風が吹くたびに白い粉が舞い落ちる。
私は、どこをどう歩いてきたのか覚えていなかった。
ただ——
——北へ。
その声だけが、胸の奥で響き続けていた。
「……ここ、どこ……?」
気づけば、村からは考えられないほど深い森の奥にいた。
見慣れた木々の並びではない。
雪の匂いも、風の音も、どこか違う。
まるで、森そのものが私を誘い込んだようだった。
「帰らなきゃ……」
そう呟いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
暗闇が、帰路を塞ぐように立ちはだかっていた。
木々の影が揺れ、雪の白さが逆に不気味さを増す。
「……誰か……?」
返事はない。
代わりに——
——ヴォォ……
風とも獣ともつかない低い唸りが、森の奥から響いた。
白いものが、ゆらりと揺れた。
最初は雪かと思った。
けれど、それは雪ではなかった。
輪郭が曖昧で、形を持たないようで、
それでいて確かに“こちらを見ている”気配。
「な、に……?」
白い影が、ひとつ、またひとつと増えていく。
雪の上を滑るように近づいてくる。
息が詰まった。
足がすくんだ。
「っ……!」
反射的に後ろへ下がろうとした瞬間、
足が雪に取られ、身体が傾いた。
白い影が一斉に迫る。
——もうダメ。
そう思って目を閉じた、そのとき。
「うひょー! こいつぁ大漁だな!」
空気が裂けた。
風が走り、雪が舞い上がる。
目を開けると、白い影の群れの中に、ひとりの男が飛び込んでいた。
剣をくるりと回し、影を切り裂く。
その動きは、風そのものだった。
軽やかで、鋭くて、
そしてどこか楽しげだった。
「雪影がこんなに集まってるなんて、危険を冒して来た甲斐があるってもんだ!」
男は笑っていた。
死と隣り合わせの場所でしか見せられない、
生の輝きを宿した笑み。
白い影がひとつ、またひとつと消えていく。
その姿を見ているうちに、
胸の奥の恐怖が、少しずつほどけていった。
——助かったんだ。
そう思った瞬間、全身の力が抜けた。
視界が揺れ、雪の白さが滲む。
「……あ……」
倒れかけた身体を、誰かの腕が支えた。
「っと、大丈夫か?」
声が、耳のすぐそばで響いた。
温かい。
森の冷気の中で、その温もりだけが異様に鮮明だった。
「……あなた……」
「名乗るのが先だな。俺はアモール。風のアモールって呼ばれてる」
笑いながら、彼は私をそっと抱き起こした。
その笑顔は、さっきまでの恐怖を忘れさせるほど軽やかで、
どこか危険な香りがした。
「さあ、ここは危ない。山小屋まで運ぶぞ」
そう言って、彼は私を抱き上げた。
抱き上げられることは珍しくない。
だけど、なんだろう?
何かがいつもと違う。
腕の中の温もりが、
儀式では決して得られなかった『熱』を思い出させた。
胸の奥が、きゅっと縮まる。
呼吸が浅くなる。
どうしてだろう。
祈りの最中には決して動かなかったはずの場所が、
かすかにざわついた。
身体が、自分の意志とは別の理由で反応しようとしている——
そんな予感だけが、静かに広がっていく。
儀式では、どれだけ身体を使っても心は冷えたままだった。
けれど今は違う。
この腕の温かさに触れていると、
胸の奥の空洞が、ほんの少しだけ揺れた。
「……大丈夫か?」
アモールの声が近い。
その近さが、さらに心を乱した。
私は答えられなかった。
声を出せば、何かがこぼれ落ちてしまいそうで。
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