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(R18)ファタール用改稿版
第51話 神話の幕引き
しおりを挟むアモールが最後の青の魔晶石を手に取った瞬間——
スラインローゼが悲鳴のように叫んだ。
「やめて! ゼナを殺さないで!」
シレーネとの再会でも見せなかった涙が、頬を伝う。
その声は、女神でも母でもなく、ただ一人の『女』のものだった。
ゼナの瞳が揺れる。
「なぜだ……なぜ、あなたが私の命を乞う? この期に及んで、情けでもかけたつもりか!」
「違う……違うの。死んではいけません。……そばにいてほしいんです」
「言うな、スラインローゼ! おまえは……屈服させるべき存在だ!」
「違う! わたしたちは、いつも一緒だった。この世に生を受けてからずっと……
二人で歩いてきた。それが永遠だと思っていたのに……あなたは変わってしまった。
神々の長になった、あの日から」
ゼナの顔が歪む。
「私は……神々をまとめるために力を求めた。だが、神々は分裂した。私に従う者と……あなたの優しさを慕う者とに。分裂を防ぐには……どちらかが消えるしかなかったのだ」
「だから……わたしはあなたを守りたかった。あなたに反対する者を引き受けて……
あなたの盾になれると思ったの。……あなたのことが、好きだから」
「やめろぉぉぉ!!」
ゼナの絶叫が広間に響く。
両手で頭を抱え、苦悶の表情で後退る。
その身体から、煙のような影が漏れ出していた。
アモールにも、それが何を意味するかはわかった。
ゼナの中に巣食っていた“別の何か”が、
スラインローゼの言葉に追い出されようとしているのだ。
「アモール! 今よ!!」
サラサの声に背を押され、
アモールは女神の宝珠を取り出し、
全身の力を込めてゼナへと投げつけた。
宝珠がゼナに触れ、砕け散る——。
まばゆい閃光が広間を包み、視界が真っ白になる。
その中で、ゼナの体内から紅紫の影が弾け飛び、
散った宝珠の欠片がゼナへと吸い込まれていく。
そして——
神々しい後光が、ゼナの背に浮かび上がった。
彼の瞳から狂気が消え、
静かな光が宿る。
「スラインローゼ……私は……何をしていた……? 私は……あなたを……殺そうと……」
「ゼナ! 気持ちを静めて! また魔気に飲まれてしまいます!」
正気を取り戻したゼナが、自分を責め始める。
スラインローゼは、喜びを隠しきれず、震える声で言った。
「すまない……わたしが弱かったばかりに……あなたを遠ざけてしまった……」
「違う……私だ。あの時、あなたを止める勇気があれば……あなたを……守れたのに……」
「わたしも……もっと素直に……あなたを一人の男として慕っていると……
伝えていれば……」
互いに自分を責め、互いをかばいながら、二人はゆっくりと歩み寄り——
強く抱き合った。
アモールは深いため息をついた。
「……これだよ。やってらんねーよな。痴話げんかで世界壊しかけたって、どういう神様だよ……」
サラサも苦笑をこらえきれない。
「素敵じゃない、二人とも。気持ちが通じ合った瞬間ってわけよね」
「呑気なこと言ってるけどな……この痴話げんかのせいで、どれだけの人が死んだと思ってるんだ。俺たちだって、何度も死にかけたんだぞ」
塔の中で見た氷漬けの死体。
《記憶》の封印で見た少女たちの無惨な姿。
アモールの脳裏に、次々と浮かぶ。
「それは……ダルトンの仕業でしょ?二人の責任じゃないわ」
「隙を作ったのがいけないんだ。あいつらがしっかりしてれば、ダルトンなんかに付け入る余地はなかったんだよ」
そのとき、ゼナとスラインローゼが、身を寄せ合ったまま振り返った。
「……わたしたちも、かつての神々と同じように、異界へ旅立とうと思います」
「もはや、『神族』も残っていない。我々だけが残ったのでは世界を歪めてしまう――いや、すでに歪めているのだったな。この世界は、『人間』の時代に入るべきなのだ」
スラインローゼの言葉を、ゼナが補強した。
本当なら、三千年前にそうなっているべきだったのだと。
アモールは思わず問いかけた。
「……シレーネはどうするんだい?」
拒絶が、『本心』でないことはわかっている。
あれも、『素直になれなかった』結果だろう。
スラインローゼは静かに目を伏せた。
「……あの子の父は、普通の漁師でした。人の痛みを知る、優しい人でした。神を忘れ、人の身になっていた私に安らぎをくれた。シレーネにも、そんな人と出会ってほしい。
愛すること、愛されることの喜びを知ってほしい。それは、この世界でしか得られないものだから」
そのときのスラインローゼは、間違いなく『母』だった。
「では、行くのですね。もう、すぐに」
サラサの問いに、スラインローゼは頷く。
「逢ってしまえば、未練が残ります。身勝手とは思いますが……後のこと、お願いします。シレーネに、わたしの愛が届いていたなら……それだけで十分です」
長い呪文の詠唱とともに、スラインローゼとゼナは光に包まれ——静かに姿を消した。
なんとも、あっけない幕切れだった。
だが、その余韻は、広間にいつまでも残っていた。
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