風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第53話 祈りの終わり

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 スラインローゼが光となって消えていく。
 アモールは剣を抜くこともなく、サラサも魔法を使うことなく、すべてが終わった。

「最後まで、自分の都合だけで事を運びやがって……俺、もう神なんて信じんぞ。祈る気もなくなった」
 苛立ちと虚しさを吐き出すように、アモールが毒づく。
 それは、シレーネに真実を伝えなければならない自分への苛立ちでもあった。

「おや? まるでかつては真摯に祈っていた――ような言い方ですわね?」
 サラサが、端正な顔に似合わない皮肉をぶつける。

「でも、あの二人の想いが嘘じゃないことはわかる」
 アモールは、かすかに鼻を鳴らして受け流した。

「……まぁ、いい。目的は達したんだ。胸を張って、帰るとしよう」
 アモールは振り返らず、静かに歩き出した。


「ん?」
 しばらく歩いて、後ろから聞こえるはずの足音がまったくないことに気づいたアモールは、不安を覚えて振り返った。

「……んぐ、んんんんんんっ……!」
 サラサのくぐもった呻き。その右肩に、見覚えのある醜悪な顔がのぞいていた。

「……勘弁しろよ。いまさら、てめぇの顔なんぞ見たって、何の感慨もねぇぞ」
 そこにいたのは——ダルトン。
 忘れたくても忘れられない、あの顔だった。

「目的を果たした勇者が、感傷に浸ろうって時に邪魔しやがって……
 何しに迷い出やがったんだ、てめぇは!!」

『迷い出たわけではありませんよ。すべて計画通りです。

 あなた方が現れることも、ゼナとスラインローゼが異界へ旅立つことも……

 すべて、わたくしの掌の上のことだったのです』

 ダルトンの身体は、血のような色の霧に包まれていた。
 もはや人ではなく、意志を持った霧——そんなようなものだった。

『今のわたくしは霧そのもの。どんな攻撃も、わたくしを殺すことはできません。
 神とて不可能なこと。まして、この世界には神など存在しないのですからねぇ』
 アモールの剣が、ダルトンの身体を通り抜ける。
 確かに、物理的な攻撃は意味をなさない。

「……村の爺さんが話してたことがあったな。おまえみたいな化け物のことを『毒霧』って呼んでた。無惨に殺された人々の怨念が融合して生まれる魔物だってな」

 毒霧——それは、生への執念と死への恐怖が具現化した存在。
 不死であり、魔法でしか消滅できない。
 しかも、光の魔法でなければならない。

「この状況じゃ、確かに無敵だな。てめぇのエネルギー源は、地下にあった氷漬けの死体だろ? 取り除こうにも、ここからじゃ手が届かねぇ」
 アモールは冷静に分析する。
 ダルトンの言葉が、まったくの嘘ではないことも理解していた。

「俺には、痴人の夢としか思えないがね」
『ふふふふふ……なんとでも言え。所詮は負け犬の遠吠えにすぎぬわ』
 ダルトンはサラサを投げ飛ばす。

 自分に弱点などないと誇示するためのパフォーマンス。
 だが、それこそがアモールの狙いだった。
 サラサが安全な距離に離れたのを確認し、アモールは最後の魔晶石を取り出す。

「消滅が無理なら、動けなくすればいい。簡単な理屈じゃないか」
 魔晶石から放たれた四本の氷柱が、放射状に伸び、ダルトンの背後の壁に突き刺さる。

 霧であるダルトンは、物理的な攻撃をすり抜ける。
 だが、完全密閉された空間に閉じ込められれば、空気すらも漏れない——霧も出られない。

 しかも、ダルトンは不死の力を維持するために、常時魔法を使っている状態。
 つまり、別の魔法を使えば、その維持が途切れ、死を招く。

 投げ飛ばされ、軽い脳震盪で意識が朦朧としていたサラサは、頭を振って正気を取り戻す。
 その様子を見て、アモールが声をかける。

「サラサ、こいつ、このまま封印しちまってくれ」
 サラサは力強く頷き、氷壁へと歩み寄る。

『や、やめろ~! 正々堂々と戦いましょうよ! いきなり封印なんて、ルール違反ですよ!』
 ダルトンが必死に叫ぶ。

 だが、アモールもサラサも、その声には耳を貸さない。
 もともと魔法で形成された氷柱。
 封印作業はそれほど手間ではなかった。
 サラサが氷壁のあちこちに魔法陣と文字を描き、魔力を注ぎ込んでいく。

「……終わりましたわ。早く戻らないと、シレーネさんやマルコが心配しますよ」
 封印が完成したのを確認し、サラサが促す。

「そうだな、早く戻ろう」
 背後では、ダルトンが半狂乱で叫んでいた。
 だが、二人は振り返らず、静かに歩き出す。

 女神が異界へ去ったとはいえ、その影響力はまだ残っている。
 この階層に飛んできたときと同じ場所に立つだけで、アモールとサラサは、シレーネとメモリーの待つ部屋へ瞬時に戻ることができる。

『貴方たちのことは忘れませんよ!
 必ず復讐しに行きますからね!
 首を洗って待っていなさい!』

 瞬間移動の直前、ダルトンの悲鳴のような声が耳に刺さる。

「世界が終わるときまで、そこにいろ。てめぇは」
 空間転移の光に包まれながら、アモールが怒鳴り返す。
 それがダルトンに届いたかはわからない。
 だが、消滅させられなかった後味の悪さが、アモールの声に滲んでいた。

『おのぉれぇぇぇ!
 ずぅぇぇぇぇぇたぁいにぃぃぃぃ、
 ゆぅぅぅぅぅるぅぅぅぅさぁぁぁぬぅぅぅぞぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!』

 だが、霧の中に響いたその声は、誰にも届くことはなかった。
 ただ、冷たい氷の中で、永遠に反響し続けるのみだ。

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