2 / 36
第1話 晴天霹靂 ① ~始まりの光~
しおりを挟む「好きです。付き合ってください」
その言葉は、まるで旧時代の告白テンプレートみたいだった。
でも、羽音鈴音はあえて、それを選んだ。
通販ドローンの音が遠ざかる中、彼女は彼の背中に声を投げた。
ずっと、ただ見ているだけだった。
スクールネットのプロファイルを何度も開いては閉じ、彼の『リアル』を知りたくて、でも踏み込めなくて。
彼は振り返り、驚いたように鈴音を見つめた。
そして、静かに首を振った。
「やめといたほうがいいよ。君みたいな子なら、もっといい相手が見つかる」
その声は、どこか遠くを見ていた。
枯れた老人のような視線と表情だった。
そして、ぽつりと呟いた。
「どうせ、長くは続かないんだから…」
その瞬間、彼の表情が一変した。
まるで、何かに気づいたように。
そして、逃げるように走り去っていった。
それは、涼音から逃げるというより、なにかを振り切るように。
「……なによ、それ。長く続かないってどういう意味? 私の気持ちが軽いって? それとも、あなたが消えるつもりなの?」
鈴音は叫んだ。
声が裏返っている。
悲しみというより怒りの成分が強めだった。
でも、その声は彼に届いたかどうかもわからない。
それでも彼女は、すでに決めていた。
また、会いに行く。
一度フラれたくらいで諦めるほど、鈴音の心は軽くない。
とりあえず、逃げた理由くらいは教えてもらわないと、納得なんてできない。
だって、あんな顔で、あんな言葉を残して――それで終わりなんて、ずるすぎる。
◇
だが、アタックする機会は遠ざかる運命にあった。
その日の翌々日から、世界は静かに崩壊を始めた。
突如として湧き上がった黒雲が、太陽を完全に覆い隠した。
昼夜の区別は消え、空は常に鉛色の闇に沈んだ。
気温は急激に低下し、作物は枯れ、電力供給は不安定になり、通信網も次々と沈黙していった。
世界中の都市が、まるで同じ悪夢を共有しているかのように、静かに、しかし確実に機能を失っていった。
人々は最初こそ「一時的な異常だ」と自分に言い聞かせていた。
だが、三日目には食料の買い占めが始まり、五日目には暴動が起き、六日目には政府の放送すら止まった。
七日目の夜、誰もが知った。
――この世界は、終わるのだと。
そして、八日目。
天を裂くような閃光が、闇の空を縦横無尽に走った。
それは、まるで神の怒りか、あるいは救済の兆しか――。
人々は、ただひたすらに待ち続けた。
奇跡を。
突然、稲光の数千倍にも達する閃光が、天を縦横無尽に駆け巡った。
その直後、空に十三の光が現れ、闇を切り裂くように輝きを放つ。
人々はその光景に言葉を失い、ただ空を見上げていた。
ニュースは混乱し、SNSでは「人工衛星の暴走」「新型兵器の実験」「宇宙からの侵略者」など、憶測が飛び交った。
だが、誰もが心の奥底で感じていた。
これは、ただの自然現象ではない――と。
十二の光は、まるで意志を持つかのように空を舞い、やがて地上へと降り立った。
その姿は、光に包まれた少女たち。
背には、まるで翼のような光の構造体が広がっていた。
彼女たちは世界各地に降り立ち、双手を天へと掲げる。
それに呼応するように、十三番目の光もまた、ゆっくりと地上へと降下していく。
その光もまた少女の姿をしていたが、他の十二とは明らかに異なっていた。
彼女の背には、二対、四枚の翼が広がっていたのだ。
その存在感は、まるで他の光たちを統べる『核』のようだった。
四枚翼の少女は地上に降り立つと、静かに右腕を前方へ差し出し、左手の掌を上に向けて、何かを受け止めるように構える。
その掌の中心に、淡く光る珠が現れ始めた。
その様子は、他の光たちを通じて空中に投影された。
世界中の人々が見守る中、光の珠は徐々に形を変えていく。
そして、一人の少年の姿を浮かび上がらせていく――。
◇
「瀬戸君!!」
その姿を見た瞬間、固唾を呑んで見守っていた少女が小さく叫んだ。
羽音鈴音だった。
叫んだあと、彼女は思わず走り出しかけた。
何が起きているのか、これから何が起こるのか――そんなことはどうでもよかった。
ただ、今を逃せば、もう二度と彼に会えない。
そんな確信めいた予感が、胸を締めつけた。
けれど、足は止まった。
心の奥に、もう一つの想いがあったからだ。
(行ってしまったら…お父さんが、ひとりになっちゃう)
迷いが、彼女の足を縛った。
そのときだった。
背後から、そっと肩に手が置かれた。
「……何を迷っているんだ。早く行きなさい」
驚いて振り返ると、そこには父がいた。
いつの間にか、彼女の後を追ってきていたのだ。
「でも……」
言いかけた鈴音を、父は静かに、けれど力強く制した。
「自分の心にウソをつくのはやめなさい。父さんは、おまえに一つだけ約束してもらえれば、それでいいんだ」
「約束…?」
「たとえどんな場所にいても、どんな状況でも――必ず幸せになる。とね」
「父さん…!」
鈴音は、紅涙に濡れた頬を父の胸に押しつけた。
その胸の温もりに、これまでのすべての愛情が詰まっていた。
数秒後、潤んだ瞳のまま顔を上げた鈴音は、最後の微笑みを父に向けた。
その顔に、もう迷いはなかった。
そして、彼女は燕のように身を翻し、勢いよく駆け出した。
振り返ることなく。
十三番目の光は、まだ空に浮かんでいた。
肉眼でもはっきりと見える距離。
自転車を使えば、二十分でその足元まで行けるだろう。
「やっぱり、あの子は君の娘だったな…」
自転車にまたがり、元気よくペダルをこぐ娘の背中を見送りながら、父はそっとつぶやいた。
それは、今は亡き妻への言葉だった。
鈴音の母は、生まれつき心臓に障害を抱えていた。
妊娠がわかったとき、医師たちは出産を諦めるよう勧めた。
命の保障はできないと。
だが、彼女は迷わなかった。
新しい命のために、自らの命を賭けることを選んだのだ。
そして、鈴音をこの世に送り出し、静かに息を引き取った。
そのときの妻の顔は、まるで使命を果たした者のように、穏やかに輝いていた。
あのとき、父は誓った。
「お前が命を懸けて産んでくれたこの娘に、後悔のない人生を歩ませてみせる」と。
「きっと、あいつはこれから――わたしたちには想像もできないような苦悩を背負うことになるだろう。だけど、これだけは確信している。あいつは、きっと幸せになれる。お前や、わたしと同じように…」
それは『祈り』ではなかった。
もう見てきたような『事実』だ。
そのぐらいの『確信』がある。
0
あなたにおすすめの小説
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる