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第14話 行雲流水 ② ~拒絶の理由②~
しおりを挟む二ヶ月前。
もはや生きてはいないだろうと覚悟しながらも、両親を探して森を彷徨い続けた。
そのバンボラが、最後に辿り着いた場所――それが、今まさに彼らが立っているこの場所だった。
森の民にとって、ここは『聖地』とされる場所。
森の恵みで生きる者たちにとって、絶対の禁忌。
暗黙の了解として、近づくことすら許されぬ地。
バンボラ自身、両親のことがなければ、決して足を踏み入れようとは思わなかっただろう。
だが、彼は踏み込んだ。
重力異常の森を抜け、そして――異様な姿となった両親を見つけた。
悲しみ、怒り、混乱。
あらゆる感情に押し潰され、彼は街へと逃げ帰った。
それ以来、森に入ることを恐れ、狩人としての誇りも忘れ。
そうして、酒に溺れる日々を送っていた。
鈴音たちが訪ねてくるまでは――。
「でも、なんでこんな森の奥まで? 禁忌の地だってこと、ご両親も知ってたはずでしょう?」
鈴音の疑問はもっともだった。
あの重力異常の森を抜けるには、相当な覚悟と理由が必要だ。
「親父が手にしてるものを見な」
バンに促され、再び視線を戻すと――彼の父親が、何かをしっかりと掴んでいた。
それは、漆黒の光沢を放つ毛皮を持ち、猫ほどの大きさで、頭には螺旋状の角が一本生えた奇妙な獣だった。
鈴音には見覚えのない生き物だったが、リカートはすぐに察したようだった。
「ダーリア、ね。癒しの力を持つ神獣。全身が魔法の薬として高値で取引される。特に、心臓から滴る青い血を飲ませれば、死人すら蘇るっていう……」
さすがは神官。
戦士であると同時に、魔法の知識も備えている。
「そう、その青い血さ。親父たちは、病で死んだ娘――つまり、俺の妹を生き返らせようとしてた」
自然の摂理、神に背くような行為。
なのに——
「周囲の止める声なんて聞きもしなかったよ。結局、親父たちが行方不明になってる間に、妹は埋葬された。……で、親父たちは、あの様さ」
バンの表情は変わらなかった。
血の気が引いたその顔は、まるで蝋人形のようだった。
だが、声だけが――その沈痛な想いを吐き出すように、かすれ、震えていた。
「チッ!」
平静を装おうとした自分に苛立ち、バンは舌打ちをして、鈴音とリカートから視線を外した。
「森の中心は、おそらくあの広間の向こう側だ。急ごう……」
――飲み込まれた言葉は、きっと「長居はしたくない」。
言葉にこそ出さなかったが、その背中が、態度が、すべてを物語っていた。
本人だけが、それに気づいていないのだろうが――。
「え!! で、でも…」
まだ辺りを漂っている光の少女たちに警戒の目を向けながら、先へ進もうとするバンボラを見て、鈴音が慌てて声を上げた。
だが、その腕をリカートがそっと後ろから引いた。
振り返った鈴音の困惑をたたえた瞳を、リカートはまっすぐに見つめ、静かに首を横に振った。
その目が語っていた。
「それは、今、口にすべきことじゃない」と。
『でも…』
鈴音も目で反論しようとしたが、結局は唇を噛み締め、こくりとうなずいた。
そして、リカートと並んで、バンボラの後に続いて歩き出す。
鈴音が言おうとしていたのは――「ご両親を、このままにしておいていいのか」ということだった。
だが、それは他人が口にしていいことではない。
ましてや、バンボラをこの地へと導いたのは、他ならぬ鈴音自身なのだ。
水晶に閉じ込められた者を助け出す方法を知っているわけでもない。
そんな状態で、軽々しく言っていい言葉ではなかった。
たとえ口にしたところで、それはバンボラの心に、さらなる傷を刻むだけだろう。
ありきたりな励ましで、どうにかなるような問題ではない。
バンボラが決めたことに従う――それが、今の鈴音にできる唯一の誠意だった。
「今は先に進むことを考えましょう。自分の問題も解決してないうちに、他人のことに首を突っ込むのは良くないわ」
リカートの言葉に、鈴音はうなずくしかなかった。
鈴音自身、誰かの助けがなければ旅を続けることも、生きることすらできない身。
そんな自分が、他人の悩みに口を出すのは、ただの思い上がりだ。
「そうね。自分のことさえまともにできない人間が、他の人のことにまで気を回すなんて、身のほど知らずだわ」
まずは、一つずつ。
確実に。
そう心に誓う鈴音だった。
自分を助けてくれる人たちのために。
自分を待ってくれている人のために。
そして――自分自身のために。
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