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第13話 行雲流水 ① ~拒絶の理由~
しおりを挟む熱帯の暑さも異常な重力も消え、旅にでて初めて人心地のついた鈴音、リカート、バンボラの三人は、鉛のような疲労感の中で、幻想の世界にいた。
金で造られたような木々、エメラルドの葉、ルビーの実、サファイアの湖、瑠璃色の鳥や水晶のように透明な蝶が翔ぶ、そこはまさに夢幻郷である。
そして、三人を取り囲んでいる少女たちはみな、真珠の肌とプラチナの髪、トパーズの瞳をもち、美しい肢体を惜しげもなくさらしていた。
服のようなものを、一切身に着けていないのだ。
ただし、全身が淡い光に包まれているため、シルエットのような輪郭しか見ることはできない。
少女が光っているのではなく、光が少女の形をしているだけと見るのが正しいのかも知れなかった。
その証拠に、彼女たちは鈴音たちを取り囲んでいるというよりも、黄金色の森の外延に沿って漂っているばかりで、ちっとも近づこうとはしていない。
近づいてこないのではなく、近づこうと思うような感覚すらないようなのだ。
もちろん、だからといってその身が美しいことに変わりはない。
「きれい……」
夢見る眼差しで呟き、鈴音が手を伸ばす。
その指先が少女たちの身体を包む光に触れそうなほどに近づいた。
「やめろ!!」
パシッ!
鈴音の行動を見て取ったバンボラが、鋭い声とともにその細い腕を素早く払った。
瞬間、鈴音の腕は地面に向かって叩き落とされ、勢いに抗しきれず上半身がグラつく。細く白い腕にはバルボラの大きな手形が、赤くハッキリと付いている。
「なっ…」
突然のことに面食らい呆然とする鈴音だったが、その表情はすぐに不満と微量の怒りに変わった。
ただ手を伸ばしただけなのに、こんな仕打ちを受けるなんて納得できるわけがなかったのである。
抗議しようと口を開けたが、適当な言葉が見つからず、仕方なく鈴音は口を閉じ思いっきりジト目で睨み付けた。
「あれを見ろ!!」
そんな鈴音を無視し、バンボラは少女たちの後ろにある広場を指さす。
そこには大きな水晶の柱があり、中にはなにかが入っているようにも見える。
だが、周囲の目映さに紛れてよくは見えなかった。
目を凝らして、目が光に慣れてくるのを待つ。
「ああなりたいのか!!」
重ねて怒鳴るバンボラだが鈴音にも、隣で同じように水晶の柱を見ているリカートにも、『ああなりたいのか』の『ああ』の意味が見えていないためにわからず、バンボラが何をそんなに怒っているのか理解できずにいた。
ジッと見つめ続ける鈴音とリカート、その目が次第に光になれ水晶の中の影が、ある形をとりはじめる。
「えっ?」
「な、なに!!」
影が形となり、形が姿になると鈴音もリカートも驚きの声を上げた。
それは紛れもなく人間であった。
ミイラでも彫刻でもなく、生きていたときの姿のまま氷付にでもなったかのような状態で、何本もの透明な柱の中に一人ずつ立っているのだ。
「な、なんなの? あれ…」
水晶の柱から眼を離そうともせず、鈴音が問う。
その問いにバンボラは答えず、近くを這っていた十本足の蜘蛛をつまみあげると、少女たちに投げつけた。
投げられた蜘蛛が宙を跳び、少女たちの光に触れると一瞬にして水晶に閉じ込められ、固まってしまった。
「見ての通りだ。どんな仕組みなのかとか、何のためなのかなんてわかりゃしないが、あの光に触れると命を持つものはみな水晶に閉じ込められちまうんだ」
近づくでもなく、遠ざかるでもない動きで辺りを漂う少女たちに警戒の目を向けつつ、説明するバンボラ。
しかし、それによってもう一つ別の疑問が生まれた。
「あんたは何で、そんなこと知ってんのよ」
リカートの当然すぎるほどの突っ込み。
リカートとしてはさして考えを廻らせたわけではなく、言葉が口を突いて出た。
そんな表現がピッタリくる軽い問いかけである。
「…………」
その軽い問いかけへのバンボラの答えは沈痛とも言える重い沈黙であった。
「手前に若い男女が見えるだろ?」
黙っていても仕方がないとでも思ったのか、長く重い溜め息を一つ吐き出し、バンボラがおもむろに問い返す。
言われて、リカートと鈴音は視線を奥のほうから手前に移動させる。
そこには確かに動物の毛皮をふんだんに使った服に身を包んだ若い男女の姿があった。 むろん、水晶自体は別々なのだが、なにか一対のものとしての雰囲気がある。
「……?」
その二人を見た鈴音は、ふと首を傾げた。始めてみるはずなのに、どこかであったことがあるような気がしたのである。
既視感、というやつだろう。
なぜか、見覚えがあるような気がするのだ。
ひとたびそう感じると、もはや後戻りはできない。
奥歯にものが挟まったようなもどかしさに耐えつつ、鈴音は記憶を探った。
頭の芯が暑くなるほど考えたとき、やっとその答えが見つかった。
この二人は鈴音の知っている人物に似ているのだ。
そうと気がついて、その考えが正しいことを確認しようと、二人の面影を受け継ぐものに尋ねようとした。
が、その前に相手のほうが先に事実を認めた。
そうでなければ、わざわざ見るように促しはしないだろう。
「あれが、俺の両親だ」
バンボラの声は、感情を押し殺したように淡々としていた。
だが、その無表情な口調だからこそ、彼の胸に渦巻く悲しみと苦しみが、鈴音とリカートには痛いほど伝わってきた。
思わず胸が締めつけられ、知らず知らずのうちに涙がこみ上げてくる。
「俺の両親が行方不明になってるって話は、知ってるだろ。もちろん、親父の仲間たちが捜索してくれた。でも、見つからなかった。見つからないってことは、森にいないか、森の奥にいるかのどっちかだ。俺は、奥だと思った。だから、他の奴らが行かないような場所まで足を運んだ。……そして、二ヶ月前、ここを見つけた」
まるで教科書を読み上げるような、乾いた声だった。
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