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第32話 比翼連理 ② ~再会~
しおりを挟む気がつくと、階段は終わっていた。
目の前には壁。
頭上には、低い天井。
「……ここが、てっぺん?」
鈴音は壁を、そして天井を軽く叩いてみた。
カコン。
軽い音とともに、天井の一部が浮き上がる。
力を込めて押すと、思ったよりもあっさりと開いた。
塔の輝きに照らされて、上から細かい砂がキラキラと舞い落ちてくる。
鈴音は思わず目を細めた。
そのとき――
「どうやら、間に合ったようね」
誰かの声が、静かに響いた。
さっきまで頭の中で聞こえていた声が、今度は空気を震わせて届いてくる。
間違いない、これは『肉声』――でも、声の主に『肉体』はない。
鈴音は反射的に声の方へ視線を向けた。
その瞬間、全身が固まった。
塔の中心に、六本の光の柱が立っていた。
一本の太い柱を囲むように、五本の細い柱。
それぞれの柱には、人影があった。
そのうちの一つ――耳で聞いた声から、女神ラファエラだと分かった。
もう一つは、あまりにも異形な影。魔龍アイオーンに違いない。
「ギリギリではありますけどね」
ラファエラの言葉に、別の声が応じる。
その声にも、鈴音は聞き覚えがあった。
「ノーランディアの…巫女頭様?」
恐る恐る問いかけると、声の主はふわりと微笑むように答えた。
「そうです。でも、ここでは『エスティリア』と呼んでいただきたいですね。ラファエラと同じように」
それはつまり――彼女が『書物の女神』エスティリアであるということ。
さらに、もう一人。
「ならば、わしも『ケイファスタン』と呼んでほしいものじゃ。ただの爺では、さすがに立場がないでな」
その声は、鈴音にとっても馴染み深いものだった。
『支衛の杜』でコアをくれた、あの老人――まさか、主神ケイファスタン本人だったなんて。
一瞬、体がゾワッとするような昂揚感が走ったが、すぐに現実に引き戻される。
「……ってことは、あの『コア』の話って…?」
「でたらめじゃ。おぬしをここに導くための方便よ。もちろん、それだけではないがな」
あっさり認める主神。
怒る気にもなれず、鈴音はただ呆れていた。
何か言ってやりたいけど、言葉が出てこない。
そのとき、聞き覚えのない声が、静かに言った。
「言いたいことがあるなら、私たちよりも――光の中心にいる『あの方』に聞くといい。この大芝居の原作者にして、総監督なのだから」
誰かは分からない。
でも、神の一柱であることは間違いない。
ならば――行くしかない。
鈴音は、光の中心へと歩き出した。
歩くたびに、確信が強くなっていく。
光の中心が脈打つように揺れ、空気が震えた。
そこに、彼がいた――
「……義人くん!」
気づいた瞬間、鈴音は駆け出していた。
そして、跳ねるように飛び込む。
「ほぼ一ヶ月ぶり、ってとこかな」
光の中の人影が、照れくさそうに微笑んだ。
鈴音は、しがみつくように抱きついた。
そして――
パァン!
右頬に、熱い平手打ちが炸裂。
「……あ、ご、ごめんなさいっ!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を慌てて離す鈴音。
義人は何も言わず、そっと彼女の涙を拭った。
――左手で。
右手は、真っ赤な手形を押さえながら。
「謝らなきゃいけないのは、僕の方だよ。一度は君を振っておいて、こんな重い使命を押しつけてしまったんだから」
彼の目は、どこか怯えていた。
自分の選択が、彼女を壊してしまうのではないかと。
「いいの、そんなの。 あの時の『長く続かない』って言葉――世界が長く続かないって意味だったんでしょ? そんな秘密抱えてたら、あたしと付き合ってる場合じゃないよね」
義人は、何も言わなかった。
でも、その言葉に救われたような顔をしていた。
彼女の本気に、ちゃんと気づいていた。
でも、自分はいつも一歩引いてしまう。
そんな中途半端な関係になるくらいなら、最初から一人でいた方がいい――そう思っていた。
でも、彼女は分かってくれていた。
「だから、許してあげる。 ……でもね、これが終わったら、あたしまた告白するから。 たとえどこにいたって、絶対に言いに行くから。その時は、ちゃんと受け止めてよね」
鈴音は、上目遣いで睨みつけながら、低い声で言った。
ちょっとだけ、どすをきかせて。
それは、言葉以上に――心の儀式だった。
「……そうだな。そのためにも、世界を終わらせるわけにはいかないな」
義人は、静かに、でも力強くそう答えた。
世界が、静かに終わりに向かっていた。
塔の上から見える景色――かつては山の向こうに広がっていた荒野が、今やすべて『荒地』に変わっていた。
その先には、巨大な砂嵐。
まるで壁のように立ちはだかり、ナメクジのような遅さで、でも確実にこちらへと迫ってくる。
「なに…あれ…?」
鈴音が震える声で尋ねると、義人がそっと肩を抱き寄せた。
「あれが『オルゲス』の本体だよ。すべてを無に帰す、純粋な破壊の力。巨人の意志を伝える、最後の代弁者さ」
やっと再会できたばかりなのに、今度は恐怖でしがみついてしまう。
でも、義人の腕の中は、どこまでもあたたかかった。
砂嵐は、止まらない。
ただ、淡々と、世界を飲み込んでいく。
「ねえ、義人くん。『オルゲス』って、もともと何なの? リカートが言ってた創世神話じゃ、世界の住人は巨人の意志や肉体から生まれたって…」
「『良心』だよ」
「……え?」
「自分が作った世界に対する、自責の念。それが実体化して、エネルギー体として安定した存在になった。それが『オルゲス』さ」
あまりにもあっさりと語る義人に、鈴音は言葉を失った。
だって、良心が世界を壊すなんて――そんなの、納得できるはずがない。
「この世界が、巨人の理想からあまりにもかけ離れてしまったんだよ。0と1だけで世界を作れたらよかったんだろうけど、『感情』という数値化できない不確定要素が入り込んだことが、事の始まり」
義人は、鈴音の表情を見て、続けた。
「巨人が望んだのは、仲間だった。敵でもいい、誰かと一緒にいたかった。だから空想した。空想の中で、友達を作って、恋をして、デートして――平穏な世界を夢見たんだ」
でも、現実は違った。
「妄想はどんどん広がって、現実の肉体がついていけなくなった。巨人は、生きることをやめた。その妄想が、残留思念として肉体に宿り、世界の種になったんだ」
鈴音は、ただ黙って聞いていた。
「でもさ、今の世界が、巨人の理想通りだと思う?」
義人の問いに、鈴音は首を横に振った。
「だよな。平穏な世界を望んだはずなのに、現実は争いと悲しみに満ちてる。だって、この世界は『楽しい気持ち』だけでできたわけじゃない。妬みも、怒りも、憎しみも――全部が混ざってる。巨人の中にあった『いじけた気持ち』が、理想を邪魔してるんだ」
せっかく作った世界が、自分のせいで壊れていく。
それを見ていなきゃいけないなんて、まさに地獄だ。
だから、巨人は決めた。
全部、無に帰そうと。
「でも、それをやられたら、今生きてる僕たちはどうなる? 命を与えておいて、『失敗だったから』って消されるなんて――そんなの、許されるわけがない」
義人の声が、静かに、でも強く響いた。
「だから、僕たちは抗う。完全な楽園なんてない。でも、巨人が『納得できる世界』を作ることは、できるかもしれない。もしくは、『争いもまた世界の一部』だって、納得してもらうしかない」
義人は、周囲に立つ五人――五芒星を形作る神々を一瞥し、鈴音の手を取って、光の柱の中心へと導いた。
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