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第31話 比翼連理 ① ~記憶の回廊~
しおりを挟む塔の中に入ると、そこは吹き抜けの空間だった。
中央には、ぐるりと螺旋を描く階段がひとつ。
どこまでも続いていそうなその階段は、天井の見えない闇へと伸びていた。
鈴音は迷わず、一段目に足をかける。
その瞬間――何かが、頭の中を駆け抜けた。
それは『闇』。
ただの暗さじゃない。
光も影も存在しない、完全なる『無』。
いや、『闇』すら存在しない、虚無そのものだった。
二段目。
そこに、光が生まれた。
影ができた。
三段目。
大地が現れた。
五つの大陸が、決して交わらぬよう平行に広がっていく。
四段目。
大陸が膨張し、その中に宇宙が生まれる。
五、六、七段目――宇宙に星が生まれ、星に海と陸ができ、植物が芽吹く。
鈴音は気づいた。
これは、世界の創造の記憶だ。
もっと知りたい。
そう思った瞬間、足が自然と速くなる。
星々に命が宿り、動物が生まれ、人へと進化していく。
火を見つけ、石斧を作り、矢を放ち、土と水と火で器を作る。
やがて人は、狩るだけでなく、育てることを覚えた。
だが――その作物と土地を奪い合うようになった。
自分たちが作った『牙』で、互いを傷つけながら。
争いは激化し、人はさらなる力を求めた。
それが『科学』であり、『魔法』だった。
それぞれの宇宙で進化した人類は、力を追い求め、そして――いくつもの星が、自らの手で滅びた。
足が重い。
息が切れる。
でも、止まれない。
知りたい。
彼に会いたい。
それがすべてだった。
滅びた星は、再び『闇』へと還る。
だが、その闇には、まだエネルギーが残っていた。
そのエネルギーが、新たな世界の誕生を後押しする。
今度の世界には、宇宙はなかった。
一つは、無色透明なエネルギーが漂う世界。
一つは、色とりどりの力がせめぎ合う世界。
一つは、役割に従って動く存在たちの世界。
そしてもう一つは、すべてを憎み、滅ぼそうとする世界。
それらは、ある一つの未熟な世界――まだ宇宙を壊していない『人間界』から漏れ出した思念を糧に、それぞれ異なる進化を遂げていった。
天界、精霊界、妖精界、地界。
それが、今ある四つの世界の起源だった。
天界は秩序を築き、精霊界はそれを守り、妖精界は見守り、地界は混沌をもたらす。
この四つの力が拮抗することで、世界は保たれていた。
だが――人間界で、ある魔法文明が滅びたとき、その衝撃が地界の奥底に眠っていた『何か』を目覚めさせてしまった。
その名は――オルゲス。
滅びの申し子。
破壊ではなく、『消滅』をもたらす存在。
世界を喰らい尽くす白蟻の王、『魔蟲ウォルヅァル』。
神々すら凌駕するその力は、世界を滅ぼしかけた。
だが、天・精・妖・人・地――五つの世界が手を取り合い、命を賭して彼を封じた。
その後、天界は地界を封じるために『地上界』を創り出し、再び均衡ある戦いが始まった。
千年ごとに魔王が現れ、地上界に攻め入り、天界が選んだ勇者がそれを討つ。
五度目には、四魔王が融合し、大魔王サンディムーアが現れた。
彼も封印され、その後も四度、魔王が現れたが、すべて封印された。
そして三年前――サンディムーアと四魔王が復活し、最大の戦いが起きた。
勇者たちは命を賭けて封印に成功し、生き残った者たちは、戦いを終わらせる方法を探す旅に出た。
答えはあった。
確かに。
だが――誰も、それを実行には移せなかった。
そうしているうちに、オルゲスが再び目覚め、今、世界は再び滅びの淵に立たされている――。
『なんてこった…関係ない、しかも女の子を巻き込んじまった…』
階段を駆け上がる鈴音の頭の中に、突然『声』が響いた。
映像じゃない。音でもない。
でも、確かに『聞こえた』。
「……義人くんの声!」
耳を通っていないのに、すぐに分かった。
その声が、誰よりも大切な人のものだと。
そして、言葉の意味もすぐに理解した。
『女の子』――それは自分のこと。
『巻き込んだ』というのは、あの転移のときのことだ。
『元の世界に戻しておきましょう。あなたには是が非でも、オルゲスらと戦ってもらわないといけませんから』
今度は、ラファエラの声。
ああ、やっぱり。
あたしがいたら、義人くんの足を引っ張るだけだもんね――
そんな諦めと寂しさが、心に冷たい風を吹き込んだ。
でも――
「でも、もし本当にそう思ってたら、あたしはここにいないはず…」
そう思った瞬間、次の声が届いた。
『待て!……実はこの娘、十日前に僕を好きだって言ってくれたんだ。一か八か、その『想い』に賭けてみよう』
『賭ける…って、まさか『あれ』を!? 無茶です! 成功条件の厳しさは、あなたが一番知ってるはずでしょう!』
『ああ、知ってる。でも、このままじゃ世界は数千年もたずに滅びる。これはチャンスなんだ。今を逃したら、もう二度と条件は揃わない。この娘の肩には重すぎる使命だけど――僕は、彼女の『好き』って気持ちに、賭けてみたいんだよ』
鈴音の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
『想いの強さ』――それなら、誰にも負けない自信がある。
でも、『賭ける』って言葉には、ちょっとだけ引っかかった。
それでも、信じてくれたことが嬉しかった。
義人くんが、自分の気持ちをちゃんと覚えていてくれたことが、何よりも。
『……いいでしょう。あなたがいなければ、世界は三年前に滅んでいた。あなたには、世界を賭ける資格があります。この娘のことは、私の使徒たちに任せましょう。余計な負担は減らしておくべきですから』
『頼む。それと、みんなにも伝えてくれ。僕が『あれ』をやる気になったって。僕は先に『創命宮』へ行って、準備を始めておく』
――そこで、声も映像も、ふっと途切れた。
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